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2014.09.22 Mon 鈴木雅之と島津亜矢と「The Covers」

 NHKのBSプレミアムで毎週月曜日の深夜番組「The Covers」に、鈴木雅之が出演しました。今年の春から始まったこの番組は、ボーカリストやシンガー・ソングライターが影響を受けた歌をカバーし、その歌や歌手にかかわるエピソードなどを司会のリリー・フランキーと夏菜が聞きだすという番組です。
 「歌は、歌い継がれることでスタンダードとなり、永遠の命を授けられます。ジャンルや世代を超えたアーティスト達が、影響を受けた曲や、思い出深い一曲を魅力的なアレンジでカバー。名曲達を新鮮な感動と共にお届けします。」と番組紹介にあるように、今の音楽シーンを牽引するひとたちの音楽のルーツをカバー曲を通して辿るとともに、かつて巷に流れ、ラジオからこぼれ、テレビ画面からオリジナルの歌手たちの歌声があふれた数々のヒットナンバーが、今をときめくキラ星たちによってよみがえります。
 NHKの音楽番組「SONGS」とは一線を画し、時代の移り変わりと、それぞれの時代をくぐり抜けてきた人々ひとりひとりの個人的体験とが共振するカバー曲の魅力を伝えてくれる番組です。
 わたしは島津亜矢の数々のカバーを聴いているうちに、彼女のカバー曲への取り組み方にとても共感するようになりました。北島三郎や美空ひばりをはじめとする演歌はもちろんのこと、むしろポップスのカバーにおいてその特徴はきわだっていると思います。
 たとえば演歌の歌い手さんが歌う美空ひばりの歌を聴くと、程度の差はありますが美空ひばりの歌唱を真似るところがあり、美空ひばりの歌唱が乗り越えられないお手本のように感じる時があります。それほど美空ひばりが特別な天才であったことは間違いがないのでしょうが、一方でそうしておけば無難だとする計算も感じてしまいます。その分、一方でポップスの歌手による美空ひばりの歌のほうが新鮮に聴こえてしまう場合もあります。
 かつてはちあきなおみが独自の演劇性を持ってカバーした数々の演歌がありましたが、わたしが思うにはちあきなおみを(美空ひばりもそうですが)演歌歌手と呼んでしまっては本当の姿とちがいすぎると思います。
 島津亜矢の場合は、美空ひばりを尊敬しながらも、決して美空ひばりの歌唱を真似ることはありません。といって、安易に自分の歌唱や歌の世界に引きずり込んでしまうこともないのです。彼女の場合は演歌やポップスというジャンルにかかわらず、オリジナルの歌手とおなじようにその楽曲と向き合い、オリジナルの歌手とそのチームが表現しようとしたことや、またその歌がある時はテレビやラジオや有線放送から、またある時はパチンコ店や商店街の街頭放送を通じて路地から路地へ、その時代の空気とともに人から人へと伝わった足跡をたどっていくようなのです。
 ですから、彼女のカバー曲を聴いていると単に懐かしいヒットナンバーではなく、またオリジナルの歌唱を損なわないのにまったく新しい歌、それも今の時代の空気につつまれた今の音楽の泉から生まれたばかりの新しい歌としてよみがえることに感動します。

 それはさておき、なぜ鈴木雅之なのかというと、実は彼のカバー曲への取り組み方が島津亜矢ととても似ていると思ったからです。
  「ぼくの原点はカバーなんです。たとえオリジナルの楽曲であっても、たまたまぼくが誰よりも最初に出会った曲で、その時点ですでにカバーなんです。ぼくがカバーを原点と言うのは、歌はすべてギフト(贈り物)で、その贈り物を自分の色に染めてまた別の誰かに贈る、それがカバーなんです。」
 今回の放送での発言と、ずっと以前に「ミュージックフェア」に出演した時の発言をうらおぼえのまま思いだしているのですが、おおむねこんなことを言っていたと思います。
 わたしは彼の話に同感であるだけでなく、島津亜矢のカバーを聴くたびにわたしが感じるものとまったく同じであることにうれしくなりました。それ以来、鈴木雅之が何かと気になるようになりました。
 鈴木雅之は1980年、「シャネルズ」として発表した「ランナウェイ」で一躍スターになったひとで、当時は1950年代の黒人音楽へのオマージュから顔を靴墨で塗り、派手なタキシードという出で立ちで話題になりました。その頃はわたしはすきではありませんでしたが、今から思えばこの人が音楽の原点を「カバー」と言い切る潔さとつながっていたのかも知れません。もちろん、その頃からこの人の実力は広く認められていて、ソロになってからは「ラブソングの王様」という異名もあるボーカリストとして活躍しています。本人は作詞作曲も手がけるアーティストでもありますが、「シンガーはそれぞれのジャンルでいるけれど、ボーカリストはどんなジャンルの歌でも自分の色に染めて歌うことのできるひと」と、「ボーカリスト」であることを一番の誇りにしていると語っています。
 これらの言葉がすべて島津亜矢について書かれていると思うほど、この二人の音楽に対する取り組みが、ほんとうによく似ていると思います。
 わたしは演歌歌手が大体において「歌が上手」であるとは思うのですが、そのひとのせいではなく、どこか窮屈な思いをしている感じがします。正直言うと過去の遺産にたよる今の演歌のジャンルにわたしはなじめないのですが、それでも最後の最後、歌謡曲の本流はやはり演歌であると思っていて、その意味ではこじんまりと「おやくそく」を繰り返すのではなく、演歌のジャンルにこそ音楽的な冒険を求められる今、島津亜矢の「ボーカリスト」としての志しにこそ希望があると信じています。そして、島津亜矢のカバーの豊かさと広さに耳を傾け、率直に評価する人々がもっと現れていいと思っています。
 今回の「The Covers」の最初に鈴木雅之が歌った、斉藤和義の「歌うたいのバラッド」は1997年の名曲ですが、この歌をもし島津亜矢が歌うとすればどんな歌になるのかと、とてもドキドキします。その意味でも「SINGER」のシリーズで島津亜矢がポップスの名曲をつぎつぎと歌っていくことは、ポップスのジャンルにおいても演歌のジャンルにおいても大きく深いカルチャーショックを与えることになると思います。
  「The Covers」は今のところJポップスのひとばかりですが、演歌歌手の先頭を切って島津亜矢の出演を強く望みます。この番組のコンセプトから言えば、他の演歌歌手のカバーよりも図抜けた斬新さでポップスのジャンルを突き動かす島津亜矢がまず「殴り込み」(ごめんなさい、失礼な言い方でした)をかける第一人者であると確信します。この番組の制作関係者に切に望みます。

鈴木雅之 『鈴木雅之カヴァーアルバム「DISCOVER JAPANⅡ」ダイジェスト映像』
「ジョニィへの伝言」や「愛燦々」などの映像はみつからないので、最近のカバーアルバムのダイジェスト版の映像を紹介しました。
斉藤和義「歌うたいのバラッド」
豊能障害者労働センター在職時に、今はベテランのスタッフになっているTさんが斉藤和義を教えてくれて、その中でも最初に聞いたのがこの歌でした。先に紹介した鈴木雅之のアルバムの最初にカバーされています。
島津亜矢「熱き心に」
鈴木雅之と親交の深かった大瀧詠一作曲の作品で、鈴木雅之の25周年のカバーアルバム「DISCOVER JAPAN」にも収録されています。作詞阿久悠のこの名曲をドラマチックに歌う島津亜矢の歌唱はその大器ぶりを証明していて、もっともっと評価されて当然と思うのはわたしだけでしょうか。
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S.N : URL 「The Covers」に出演してほしいです

2014.09.23 Tue 16:05

tunehiko 様

いつも『島津亜矢』さんについての記事を楽しく読ませていただいております。
私も『島津亜矢』さんに「The Covers」や「SONGS」に出演してほしいと
思っています。実現すれば最高ですね。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2014.09.23 Tue 17:38

S.N様
ごぶさたしています。
新歌舞伎座の公演の時はありがとうございました。
ポップスの女王であったり演歌の女王であったりで、島津亜矢さんのファンは大変です。
でも、そんなことでなやんだりできるのも、一方ではありがたいことですね。

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