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2014.07.05 Sat 新歌舞伎座・島津亜矢特別公演「おしずの恋」

島津亜矢新歌舞伎座2014-1
大阪新歌舞伎座 島津亜矢特別公演

 7月4日、大阪新歌舞伎座に、島津亜矢特別公演(座長公演)の初日の舞台を観に行きました。
 一昨年の名古屋御園座での初の座長公演「会津のジャンヌ・ダルク~山本八重の半生~」、昨年の千穐楽に満員御礼となって話題を呼んだ大阪新歌舞伎座での「獅子(ライオン)の女房~阪田三吉の妻・小春の生涯~」につづく3度目の座長公演となりました。
 ファンならずとも、だれもが認める最近の島津亜矢の進化は、まずなんといっても歌唱力の深みにあることでしょう。もちろんデビューからずっと、そのずばぬけた歌唱力は多くの人々の認めるところでしたが、最近の彼女の歌からはひとつの歌がひとつの風景、ひとつの物語にとどまらず、いくつもの風景と物語が錯綜する豊かな世界がひろがっています。それはまさしく、芝居の経験から獲得したものに間違いないでしょう。
 もちろん、名作歌謡劇場や浪曲歌謡などで培ってきたものが前段にあったとしても、大勢の役者たちや製作スタッフとひとつの芝居をつくりあげる経験は、彼女に計り知れない宝物を届けてくれたのだと思います。
 歌の世界が孤独な魂の叫びをもうひとつの孤独な魂に届けるモノローグの物語だとすれば、芝居の世界は孤独な魂が他者の魂と出会い、もうひとつの現実(幻想)をつくりだすダイアローグの物語といえるでしょう。めくるめく芝居のイリュージョンに抱かれ、島津亜矢はたったひとりで立ち向かってきた舞台空間から解き放たれ、魂のキャッチボールがつくりだす豊かで深くて広がりのある、やわらかい舞台空間へと足を踏み入れたのでした。

 江戸日本橋の有名な彫金師。島崎来助(左とん平)の娘に長唄を教えているおしず(島津亜矢)。おしずは、貧しいながらも健気で明るく、下町の人々から「おたふくさん」と呼ばれ愛されていたが、実は、来助の内弟子・貞二郎(田中健)にひそやかな恋心を抱いていた。
 ある日、おしずは長唄の師匠・絹(三林京子)から妹・おたか(松岡由美)の縁談の話を持ちかけられる。問題は、兄・栄二(前田耕陽)のことだった。栄二は幕府転覆を狙う悪党として追われる身。縁談をまとめるため、おしずは栄二の籍を抜くことを決意し、おたかの縁談は成就する。
 一方、来助は貞二郎とおしずを結婚させようと奔走し、おしずの恋は図らずも実ることとなる。貞二郎とおしずがしあわせな夫婦生活を送っていたある日、貞二郎はおしずの「とある秘密」に気づき、嫉妬と疑念にさいなまれる。おしずの「秘密」とは…。おしずの恋の行方は…。

 今年の芝居は3作目にして原作もの、それも山本周五郎の「おたふく物語」を気鋭の映画監督・テレビドラマのディレクター・六車俊治が脚本・演出する「おしずの恋」でした。わたしは実は時代小説を読んだことがまったくなくて、今人気の藤沢周平、佐伯泰英、池波正太郎から、司馬遼太郎、山本周五郎にいたるまで、はずかしながら一冊も読んだことがないのです。
 ただ、わたしは無類のドラマ好きで、これらの人気作家の原作によるドラマはよく観てきました。中でも山本周五郎といえば「樅の木は残った」、「赤ひげ診療譚」、「さぶ」など、戦後すぐから60年代に発表された小説は2000年代に入ってもテレビドラマや映画、芝居などで何度も上映・上演された人気作家です。
 今回の芝居の原作「おたふく物語」は山本周五郎の妻と妹がモデルともいわれ、とくに市井に生きる庶民や名もなき人々への暖かいまなざしと深い愛を描く山本周五郎らしい短編小説ですが、テレビドラマ、映画、芝居ではヒロインのおしずを藤村志保、森光子、池内順子、十朱幸代など実力派の女優が演じてきました。
 いまの島津亜矢が役者として彼女たちに太刀打ちできるはずもありませんが、ただひとつ、彼女たちにぜったいに負けないものがあるとしたら、この小説に描かれたおしずの「いじらしさ」を表現できることだと思います。なぜなら、それは「島津亜矢」そのひとであるからです。
 左とん平、三林京子、田中健、松岡由美、前田耕陽をはじめ、ベテランから中堅、若手と、共演している役者たちは芝居のプロフェッショナルで、演技力だけをとらえれば島津亜矢は学ぶことばかりだと思います。しかしながら、舞台の面白さは登場人物が芝居の中のフィクションを生きながら、それを演じる役者たちがひとつの場を共有することで生まれる信頼関係がどれだけ観客を引き寄せるかにあります。
 島津亜矢が演歌歌手の座長公演という枠組みにたよらず、プロの役者に甘えるのではなく、ひたむきに学ぶいじらしさはきっと共演者の心をふるわせていることでしょう。
 そのいじらしさがおしずのいじらしさを体現することで共演者たちの演技を深め、この複雑な人情劇に詰め込まれた「ひとを想う気持ち」と「やさしい心遣い」が舞台全体からあふれていました。
 その意味で、この演目を選んだこのチームが島津亜矢の人柄と可能性を見極め、シンパシーを持って取り組んでいることがわたしたちにも伝わり、正直のところ初日でまだ、いわゆる足が板についていなかったにもかかわらず、心温まる芝居でした。

 今回は山本周五郎の小説らしく細やかで繊細な心の動きと、そんなに派手な動きもないお話で、ドラマツルギーをアクションにではなく登場人物の心の動きに求めるとても難しい芝居でした。
 先人たちの芝居や映画はたっぷり時間をかけて物語を作っていますが、座長公演という制約された時間でこの人情劇を仕上げるには多少の無理があるとは思います。それでも、おしずの恋に収れんさせた脚本・演出は、与えられた時間の中でぎりぎり原作のせつなくも心温まる物語を舞台に定着させていて、六車俊治の才能が感じられました。
 初日の浮足立った感じは出演者にもスタッフにもあったようですし、一時は大道具がこわれそうにもなりましたが、なんとか無事に一部の芝居は終わりました。
 それらの心配も一日一日舞台が進むことでなじんでいくことでしょうし、場面転換もスピーディーになっていくと思います。
24日の千穐楽まで長丁場ですし、その後の明治座の舞台も控えています。島津亜矢さん他、出演者の方々がお元気でありますように願っています。
 わたしは再度、新歌舞伎座の千穐楽に行くことにしています。千穐楽でこの芝居がどうなっているか、とても楽しみです。
第二部のことなどは次の記事にさせていただきます。

 終演後、お世話になっている広島のMORIさんとお茶を飲みながら少しお話しました。
 MORIさんは千穐楽はお泊りの予定だそうですが、この日は日帰りで来られていて、すこしの時間でしたが楽しいお話を聞かせてもらいました。ありがとうございました。
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