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2014.06.08 Sun 島津亜矢「チャンチキおけさ」とフォークソング

 6月5日、わたしの地域では大阪テレビの「木曜8時のコンサート」に島津亜矢が出演し、「大器晩成」と「チャンチキおけさ」を歌いました。
 3月の神戸のコンサート以後はテレビ映像でしか見ていないのですが、今回の放送ではまず表情の明るさが格別だったように見受けられました。ごく最近は北海道ツアーで多少のどが苦しい時があったようですが、体調ものども快調のようでファンとしてはうれしい限りです。
 また、ここ数年の島津亜矢の歌は心のゆとりというか、機械用語でいえばいい意味の「遊び」がやわらかい歌唱力をもたらし、聴く者の心に心地よくゆっくりと沁みていくようです。音楽番組では他の歌い手さんの歌をそばで聴ける(彼女が出演する番組では口パクの歌手はいないと信じます)チャンスでもあり、いつ見ても熱心に歌を聴いている彼女の姿があります。以前はとても緊張していたのかギクシャクした雰囲気を感じましたが、最近はリラックスしたやさしい表情がテレビ画面からも伝わってきます。
 ここ数年の彼女の変化もありますが、周囲の変化もあるように感じられて、時代を追い越してしまった孤高の歌姫・島津亜矢がようやく受け入れられる時代がやって来る予感がします。
 「大器晩成」については何度か書いてきましたが、この歌に限らず彼女のオリジナルの曲を今の彼女が歌い直すセルフカバーアルバムがあったらいいなとずっと思っています。
 当然のことながら島津亜矢は長い歌手人生でひとつの歌を何度も歌ってきていますが、とくにここ数年の歌を聴くと今までとまるでちがう物語を綴っていてびっくりします。代表曲のひとつである「大器晩成」も、以前は若々しい彼女が荒野にひとり両手を広げ、天と地にひびけと歌う壮大なスケール感がありましたが、今はそれ以上に荒野の一部はすでに水を蓄える田畑に変わり、秋には実りを分け合う豊かな風景が浮かんできます。その風景をいとおしく見守るように、彼女の繊細で透明感のあふれる歌が包んでくれるようです。
  「チャンチキおけさ」は大江裕との共演でした。島津亜矢は以前にもこの歌を歌っていて、LUXMANさんによる貴重な映像があります。
 わたしはこの歌には思い出があります。このブログを始めるきっかけをつくり、また島津亜矢を教えてくれた亡き友人のKさんとの思い出です(Kさんのことも以前のブログに書いています)。
 1968年だったか69年だったかはっきり覚えていないのですが、ある日、Kさんから「今度、NHKのドラマのエクストラをすることになったんやけど、一緒に行ってくれへんか」と頼まれ、わたしはまだ結婚していなかったのですが、妻と二人、NHK大阪のスタジオ見学に行きました。
 そのドラマのことは今調べてもわからないのですが、Kさんがエクストラとして出演した場面は、居酒屋で客たちがで小皿をたたいて「チャンチキおけさ」を歌う場面でした。こちらはガラス越しに見学できたのですが、鳥打帽をかぶったKさんの後ろ姿と、「知らぬ同士が小皿たたいてチャンチキおけえさぁ」と歌う歌声を今でもよくおぼえています。
 Kさんがそのドラマのエクストラとして出演することになったのは、このドラマに出演していた新人の女優の関係者にKさんと同郷の和歌山出身の人がいて、そのひとに頼まれたという事情だったと思います。 
そのドラマがどんな物語だったのかはまったくおぼえていないのですが、和歌山の山村で育ったものの父親が家を捨てて行方がわからず、父親方の祖父母の家に身を寄せ、お母さんを先頭にひとりずつ大阪に出てきて暮らしをつくってきたKさんの生い立ちを聴いていたわたしには、この時に歌われた「チャンチキおけさ」がとても切なく聴こえたのでした。
 1957年に「船方さんよ」とのカップリングで世に出た「チャンチキおけさ」を子ども心に聴いていたわたしは、歌詞をきちんと聴けばそんな歌ではないのですが、三波春夫の派手なイメージから調子がよい明るい歌だと思い込んでいました。
  「月がわびしい路地裏の、屋台の酒のほろ苦さ。知らぬ同士が小皿たたいてチャンチキおけさ」と歌うこの歌には、言うまでもなく高度経済成長のアクセルが踏み込まれた頃、地方から出てきたひとびとの夢はまだ破れてはいなかったかも知れないですが、もしかすると故郷を捨てることになってしまうかも知れない予感が隠れていて、望郷の思いと都会の孤独感が混在するこの歌に、かなりたくさんの人びとが心を震わせていたことでしょう。
 その切ない思いはKさんの心にもあったはずで、マンション暮らしが多かった彼が後年によく故郷の森や川について語っていたことを思い出します。
 大江裕の人柄の良さや一生懸命さはわかるのですが、彼が思っている「演歌」がどうも体質に合わず、少し苦手なわたしでしたが、今回、島津亜矢と歌った彼に対しても好感を持ちました。率直に言えば不思議な不協和音ではありましたが、島津亜矢の懐深く柔らかい歌と、どこかの温泉劇場でくりひろげるような大江裕の大時代的な歌とが混ざり合うことで、大江裕の調子のいい歌声がかえって切なく聴こえ、すでに帰らない時代の風景への望郷の思いがよく表現されていたと思います。
 それにしても、島津亜矢はすごいひとです。彼女と共演した歌手をいつのまにか好きにさせてしまうのですから…。

 話は変わりますが、先日BSの民放の番組で、フォークソングの時代を特集していました。そこで武田鉄矢が「フォークソングは歌謡曲が捨ててきた言葉を歌にした」と言いました。わたしは武田鉄矢がきらいではありませんが、この発言には違和感を持ちました。
 わたしは今の歌謡曲や演歌のジャンルのありようはどちらかというと好きではありません。しかしながら、ボブ・ディランに象徴されるアメリカのフォークソングを歌い始めたひとたちの中から、自分が歌う日本語の歌を自分でつくるシンガー・ソングライターが現れ、彼女たち・彼たちが自分の日常を歌い、時代の風を歌い、社会のありようへのプロテストを歌った歌もまた、大きく見れば歌謡曲そのものであったというのがわたしの考えです。
 そんなに簡単に「歌謡曲が捨てた言葉」と言ってしまうと、70年代の大衆音楽が歌謡曲から演歌、そしてフォークソングからニューミュージックと急激に分解した歴史の真実を見失うことになるのではないでしょうか。あの時代の荒波の中で、歌とは何か、自分の歌いたい歌とはなにかともがいたフォークシンガー、シンガー・ソングライターがいたように、既成の歌謡界の鬱屈した体制を打破し、新しい歌謡曲づくりに悪戦苦闘した阿久悠をはじめとする歌謡界の若い世代がいたこともまた事実なのですから…。
 もっとも、わたしもまた長い間歌謡曲を聴くことがなかったのですが、島津亜矢のおかげで歌謡曲をもう一度見直すことが出来たのでした。

三波春夫「チャンチキおけさ」

島津亜矢「チャンチキおけさ」

島津亜矢「大器晩成」

過去の記事 島津亜矢の「大器晩成」、そして「度胸船」 2012年3月26日
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