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2014.05.25 Sun 島津亜矢と天童よしみ「BS日本のうた」2

 5月18日のNHKの「BS日本のうた」のスペシャルステージでの島津亜矢と天童よしみの共演は予想通りというべきか、予想以上の感動を届けてくれました。
 演歌の実力歌手が2人そろえば、2コーラスで順番に歌うところを3コーラスに増やしてもおかしくないところ、反対になんと1コーラスに徹した構成は賛否両論を覚悟の上の明確な意図を持った演出だったと思います。この番組の中で大きな時間枠を持っているとはいえ、40分という短い時間に二人の魅力を引き出すために演歌、それも男歌を1コーラスで歌い継ぐという思い切った構成は、歌から歌へとバトンを渡すことで2人をユニットとして機能させることに成功しました。それを可能にしたのは2人の歌唱力とともに、長年の信頼関係にあったことは前回の記事に書きました。
 島津亜矢の「演歌桜」、天童よしみの「あんたの花道」から爆笑トークをはさみ、2曲目にそれぞれの「大器晩成」を歌いつぎ、つづく「無法松の一生(度胸千両入り)」ではすでにトップギアに入りました。
 「無法松の一生~度胸千両入り」といえば、昨年のスペシャルステージでの島津亜矢と鳥羽一郎の共演を思い出します。鳥羽一郎が自分のパフォーマンスを落としてでも島津亜矢を前面に押し出し、「度胸千両」を熱唱する島津亜矢に観客とともに大絶賛したシーンが今でも心に残ります。
 今回は真逆で、天童よしみファンには申し訳ないのですが、島津亜矢が天童よしみを前面に押し出し、それに応えて天童よしみは心に火がついたように「度胸千両」を熱唱しました。この歌の途中から天童よしみは最高のパフォーマンスを惜しみなくさらけ出し、島津亜矢はそれを支えるように絶妙の歌唱力を発揮していきました。
 実際のところ、並外れた歌唱力と稀有の声量と声質を持ち合わせた島津亜矢と共演する歌手はなかなか見つからないのは事実ですが、最近の彼女は時にはバイプレイヤーに徹するディレクターのような役割を果たし、彼女と共演する歌手の魅力を引き出せる歌手になったのではないかとわたしは思います。
 そんな多彩な歌手になってきたのは「名作歌謡劇場」シリーズを経て本格的な芝居に取り組んできたことも大きな理由の一つでしょうが、2000年代はじめにすでに「歌を語る」歌手として絶頂を極めた後、長い時を栄養にした「歌を読む(詠む)歌手」へと大きく進化し、変貌を遂げたからにちがいありません。
 この歌の後、今度は天童よしみから順番に「柔」、「浪曲子守唄」、「名月赤城山」、「ついてくるかい」、「流転」、「山」と1コーラスでつないだ後、あの「瞼の母」へとステージは最高の熱気に包まれました。
 島津亜矢の「瞼の母」は2012年でしたでしょうか、同じスペシャルステージでの水森かおりとの共演を思い出します。この時は水森かおりがZARDの「負けないで」を地元の高校生たちを交えて楽しく歌い、会場が盛り上がった後に島津亜矢が「瞼の母」を歌ったのですが、歌い終わると会場の空気が一瞬凍りついてしまったほどの鬼気迫る歌唱でした。
 今回は天童よしみの歌と島津亜矢のセリフという、この2人ならではの演出でしたが、ひとりひとりが歌うのとはちがうすばらしい歌になりました。島津亜矢がセリフを「歌う」たびに、天童よしみのボルテージが上がって行くのが伝わってきて、これこそが天童よしみに竹中労が夢みた「演歌を越え、大陸を渡る演歌」なのだとわたしは思いました。
 セリフだけというのは結構難しいはずのパートを演じ、天童よしみを「燃え上がらせた」島津亜矢に拍手を送りたいと思います。最後に2人が絶叫する「おっかさーん」は、当分わたしの心から出て行ってくれないことでしょう。
 島津亜矢は歌い手としての才能もテクニックも無尽蔵に持ちながら、あえて一見とても不器用な歌手人生を選んできたように思います。星野哲郎をはじめとするそうそうたるひとたちの後押しを受けてデビューしたものの、なかなか自分の歌が受け入れられず、苦悩する彼女が出した答えは母親の全面的なバックアップのもとで独立し、再出発することでした。
 再出発後、「愛染かつらをもう一度」がヒットし、その後は既成の音楽業界のルールを尊重しながらもそれとは一線を画し、コンサートを中心に独自の活動を続けてきた島津亜矢にとって、もっともたいせつなものは全国各地で彼女が来るのをひたすら待っていてくれるひとびとなのだと思います。「瞼の母」や「一本刀土俵入り」など「名作歌謡劇場」シリーズはその中から生まれたものなのでしょう。
 その後、島津亜矢は「かあちゃん」を、天童よしみは「一声一代」を歌いましたが、この時だけ天童よしみの2コーラスに対して、島津亜矢は1コーラス半になってしまいました。ここはこのステージのコンセプトから言えば2コーラス半にすべきだったと思います。
 最後に歌った「美しい昔(雨に消えたあなた)」はベトナムのチン・コン・ソンが作詞・作曲し、カーン・リーが歌った「Diem Xua」という原題の反戦歌(恋歌)です。
 1970年、カーン・リーは大阪万博に出演して日本語盤の「雨に消えたあなた」をリリース。 1975年に南北ベトナムは統一されます。そしてカーン・リーは旧南ベトナム政府の下級官吏と結婚し、子どもももうけます。ある日、共産軍の兵士がやってきて「反革命の疑いがある」との理由で、目の前で夫が射殺されてしまいます。悲しみにくれるカーン・リーに、チン・コン・ソンは「わたしはこの国の将来を見届けるつもりですが、あなたは子どものためにすぐに逃げるべきです。」と言います。その夜、カーン・リーは生後5ヶ月の乳飲み子を抱いて小さなボートでベトナムを脱出します。
 その後この歌は、1979 年のNHK ドラマ「サイゴンから来た妻と娘」の主題曲となり、「美しい昔」に改題して1979年12月に再リリースされました。美しくも切なく哀しいメロディーと、カーン・リー自身の悲惨な体験が重なり、ドラマの反響とともに日本でもブレイクしました。カーン・リーやチン・コン・ソンと交流のあった加藤登紀子をはじめ、日本の歌手もカバーしていますが、天童よしみは今も自分の持ち歌と同じ思い入れでこの歌を歌い続けています。島津亜矢もこの歌をカバーしていて、今回の2人のステージのラストにふさわしい選曲でした。
 前からあった個人的な信頼関係で出発した歌をめぐる旅は、このステージでともに歌い込むことによって新たな信頼を生み出しました。それぞれがソロで歌った後、2人が手をつなぎ、歌い始めると、そうたびたびはやってこない歌の女神が降りてきました。
 涙は世界でもっとも小さな海だと言ったのは寺山修司ですが、わたしは「美しい昔」を聴きながら、人類が誕生して以来、幾時代をこえて人間は心に涙をためてきたのだと思いました。長い歴史はおびただしい血で染まり、時代のきしみと度重なる暴力によってそれぞれの時代のそれぞれのひとびとの心にたまる涙を、ひとびとはまた歌うことで希望へと変えてきたのだと思います。
 そして、涙には悲しい涙もくやし涙もあるけれども、うれし涙もまたたくさんあることを、この歌を歌い終えた島津亜矢が流した涙が教えてくれました。

 2人の共演に感動したことと竹中労が作詞した「風が吹く」を聴きたくて、天童よしみのDVDを買ってしまいました。もちろん、島津亜矢の新曲も買いました。これからゆっくり楽しみたいと思います。
 次回は、5月24日の豊能障害者労働センターのバザーについて書こうと思います。

島津亜矢「瞼の母」

過去の記事 島津亜矢「瞼の母」2011年6月15日

過去の記事 島津亜矢・水森かおり「BSにほんのうた」2012年2月13日
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フィレオ― : URL ファンと言う悩み

Edit  2014.05.26 Mon 17:45

ブログを持ってる人は良いですね。
ファンと言う言葉 fan 熱狂的な愛好者・・・。
私は島津亜矢好きですが。
応援の仕方それぞれですよね~
「美しい昔」知りませんでした。
亜矢ちゃんこういう歌好きなのでしょう。
先輩を立てる姿に感動しました。
次は浅草行きます。
亜矢ちゃんの応援ありがたく感謝です。

tunehiko : URL 自分で音楽できるひとの方が幸せです。

Edit  2014.05.26 Mon 23:20

フィレオ― 様
いつもご意見いただきありがとうございます。
ブログはしょせんブログです。
どんなに言葉を連ねても、亜矢さんの音楽にほんとうには近づけません。
けれども、自分で演奏したり歌うひとは、音楽で亜矢さんの音楽に近づけます。

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