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2014.03.16 Sun 島津亜矢・神戸のコンサート1

 3月15日、神戸の国際会館で開かれた島津亜矢のコンサートに行きました。たしか昨年の9月の大阪でのコンサート以来、半年ぶりになります。
 実際のところ、一人の歌手のコンサートに行くのは年に一度で充分だと、常識的にはそう思います。もちろん年に10回以上、一日2回公演をどちらもごらんになるファンのひとたちもたくさんいらっしゃるわけですが、わたしの場合はそうも行きません。
 それでも今年も7月の新歌舞伎座での座長公演には行く予定をしていますし、秋には大阪方面のコンサートがあれば出かけたいと思っています。
 わたしは惚れやすい性格で、テレビで見てすぐに歌手や役者を好きになってしまいます。例えばごくごく最近、たまたま「僕らの音楽」で小南泰葉という歌手を知り、好きになってしまいましたし、演歌では福田こうへいも好きなひとりです。それでも、注目しているという感じで、「いきものががり」などはデビュー当時から大好きですが、まだライブには行ったことがありません。
 それにくらべて、なぜか島津亜矢の場合は入れ込んでしまい、半年に一度はライブに行かないと大きな落し物をしているような気持になってしまうのです。それはもちろん、わたしもまた島津亜矢のファンのひとりであるだけのことかもしれません。しかしながらそれだけではないもの、もしかすると演歌の世界だけでなく、日本の大衆音楽の行方とその可能性が、島津亜矢のここ最近のめまぐるしい進化から垣間見えるように思い、彼女の進化の速すぎるスピードについていくには、半年では今昔のごとくなのです。
 それほど最近の彼女の進化は大化けのくりかえしで目を離せません。かつて美空ひばりも、ちあきなおみも、それぞれの時代と格闘していました。美空ひばりは歌うことで戦後の復興と日本の大衆民主主義をささえたと言っても過言ではないでしょう。ちあきなおみは70年代から80年代、歌謡曲がポップスと演歌へと分裂していく時代にポップスでも演歌でも名曲を今に残しましたが、歌いたい歌を求めつづけた果てに、歌うこと自体をやめてしまいました。
 島津亜矢はすでに日本において「大衆」が幻想でしかなくなった86年にデビューして以来、演歌をよりどころにしながらポップスのジャンルに切り込み、天賦の才能を努力でささえながら演歌でもポップスでもない新しい大衆音楽の誕生にもっとも近い所まで歌い続けてきました。
 美空ひばりの多様な音楽性を、冒険することを失ってしまったようにわたしには思える「演歌」の小さな箪笥の引き出しから解放し、その無限の可能性を引き継ぎ、ちあきなおみが歌うことをやめてしまった所から歌いはじめ、歌いつづけることを16才の少女だった島津亜矢は宿命づけられていたのだと思います。
 ヒットチャートや安易なエンターテイメントに振り回されず、カラオケマシーンにプロの歌手までもてあそばれる音楽シーンの惨状とも無縁の地に立ち、歌を必要するひとたちと共におよそ30年をただひたむきに歌い続けてきた彼女に今、歌の女神は次なる歌の荒野を用意しているのだとも思います。
 美空ひばりもちあきなおみもひとつのジャンルでは語れない天才でしたが、島津亜矢もまたあらゆるジャンルの歌を見事に歌い、彼女のファンは演歌ファンからジャズ、ポップスファンにまで幅広く、彼女の歌を聴いたひとの中から必ず熱烈なファンになるひとが続々とあらわれています。わたしもまた、その一人であることを誇りに思います。
 そして50年代、60年代の歌謡曲の全盛期、世界的にも歌が時代の鏡であるばかりか、歌が時代を変えることもあった稀有の時代、さらにさかのぼれば中山晋平などの日本の大衆音楽の黎明期にまでさかのぼる歌のリレーのバトンを受け取り、かつて阿久悠が激しく求めた新しい歌謡曲への夢を引き継げる歌手、この星のどこかにある歌の墓場で眠るいくたの星屑のひとつひとつをすくい上げ、キラ星のようによみがえらせる歌手として、歌の女神は島津亜矢に過酷な道を選ばせてきました。
 しかしながらすでに機は熟し、今こそ島津亜矢によって切り開かれ、大衆音楽としての新しい歌謡曲が生れる時がやってきたのだとわたしは思います。
 最近の彼女の大らかさや優しさの後ろには、やけどをするほどの熱いオーラと、歌に対する静かな決意にあふれ、大きな果実に向かって猛スピードで爆走していると感じるのはわたしだけではないはずです。
 そのうえ、今年で3年目を迎える芝居経験が彼女の音楽的冒険をさらに過激に根源的な場所へと先を急がせていて、その空圧感がテレビでもCDでもびしびしと伝わってくるものですから、彼女の肉声がほとばしるコンサートに行き、その風圧を直接感じたくなってしまうのでした。
 そんなわけで、その日もやけど覚悟で島津亜矢の熱風に当たりに行きました。
 今回のコンサートでの一番の関心は、まだコンサートなどで聴いたことがない新曲「かあちゃん」を2回歌うと伝え聞き、この歌に込めた島津亜矢の想いがどのように聴こえるのか、とても楽しみにしていました。
オープニングの「流れて津軽」から「俵星玄蕃」まで、怒涛のごとく押し寄せる島津亜矢の肉声は、約1800人のお客さんでびっしりつまった神戸国際会館ホールにひびきわたり、あっという間の2時間でした。

 今回のコンサートで強く感じたことを書いたのですが、すでに記事が長くなってしまいました。コンサートの様子は次回に、「かあちゃん」のことや、今回は2階席でしたので、会場回りの様子がよくわかり、それについて思ったこと、複雑で繊細な肉声によって繰り広げられる官能的な歌の世界、「一本の鉛筆」のことなど、コンサートの流れに沿いながら報告していきたいと思います。

島津亜矢「出世坂」
一部でまずぞくっときたのがこの歌でした。この歌は島津亜矢全集で聴きましたが、星野哲郎のアナクロニズムとあわせて、CD収録時の一生懸命に「演歌」らしく歌う島津亜矢に、ずっと後にはじめて聴いたわたしは、この歌い方では続かなかったろうと思っていました。ところが、NHKのBSで鳥羽一郎と共演した時には、とくに低音の広がりがすばらしく、またこの歌を彼女に贈った星野哲郎の深い想いまでが迫ってくる素晴らしい歌になっていました。
今回のコンサートでは、それが生音で聞こえてくるだけでなく、またひとつ大きな歌になっていて、ここからすでに熱風がわたしの心を包み込んでいきました。
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フィレオ― : URL テレビと生歌

2014.03.17 Mon 20:19

今晩は。
一年に一回では物足らない、と言うより辛いでしょう。

私は六回以上行かないと、じっとして居られなくなります。
CDもビデオも有りますが、やっぱし生ですね・・・。

生を見て、がっかりする歌手もいますが、亜矢姫は逆です。
幕が開いてスポットが当たり、亜矢ちゃん姫、確認したとき平静を

失いドキドキいたします。
以前に聴いたことないボリュームその声素晴らしい!

仰有る「出世坂」私も大好きな曲の一つです。
他サイトに書きましたが某局がいろいろあるのだったら

海外へ進出して欲しい。
絶対うけますよ。  ファンと言う意識変えてみて、これだけ

歌える人居ません。
今、日本を代表する歌手です。

カーネギーホールで「俵星玄蕃」歌って欲しい。
一度、亜矢ちゃん姫 聴いたら他の歌手目じゃない

某局は、音楽解らないので、アメリカにCD売り込みましょう。
皆で事務所、動かしましょう。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2014.03.19 Wed 23:11

フィレオ―様。
いつもコメントをいただき、ありがとうございます。
そうですね。島津亜矢さんは世界で活躍できるひとですね。けれども、彼女はいつも目の前の人たちをとても大切にするひとですから、まずはひとつひとつのコンサートに全力で取り組まれるのですね。
年に6度は経済的に無理ですが、3回は行きたいと思います。

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