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2014.03.14 Fri また人生を変える時が…。そして「かあちゃん」

 しばらく仕事が忙しかったので、なかなかブログの更新が進みませんでした。その上に、先月、友人の結婚お祝いの会の前後から、周りでインフルエンザが大流行し、わたしの妻から妻の母親に感染し、母親は救急車で、能勢から見れば都会の山下駅の近くの川西市民病院に入院し、一か月がすぎてしまいました。
母親は87才の高齢で、糖尿病、心臓の大動脈瘤、腎臓、認知症とそのうえ今回のことで脳の深い部分に新しく出血がみられ、病状が急変することもありうるので、家族が付き添ってもらうのがベストであるといわれ、妻はずっと病院で寝泊まりしています。
 そのため、わたしは家の用事と自分の食事、そして、時々妻と後退して付き添い、その間に妻が風呂に入ったり家の用事をしたりと、そんな暮らしが続いています。
 わたしは友人から、もっと料理したりできないとだめだと言われていて、ほんとうに妻に甘えてきたなとつくづく思いながら、何十年ぶりかで料理をつくる真似事をしています。
 文章を書いていると言葉のボキャブラリーの少なさを感じるのと同じように、料理では何をつくるかということや、いろいろ食材があることを知らないことと、その食材の料理の仕方など、料理、さらには暮らしのボキャブラリーの欠落をつくづく思い知らされます。
 じゃがいも、にんじん、たまねぎを使い、カレー、ハッシュドビーフ、ミネストローネ、ビーフシチュー、クリームシチュー、肉じゃがといった料理を毎日食べるのもどうかと思い、昔から自分で料理をする場合の定番で、鶏と小松菜と厚揚げを炊いたものと、ホウレンソウのおひたしを間に挟むのでが、それでもメニューが圧倒的に少なく、勉強しなくてはと思っています。
 それと、思いがけず一人暮らしをすることになり、猫の世話やごみ出し、洗濯、あまりしないけれど掃除など、暮らしていくためにやらなければいけないことをほったらかしにしてきたことを反省しています。
 たしかに、稚拙ながら料理をつくるのはとても心の健康にいいことがわかり、通常の生活に戻っても妻に言われるように、「最低でも週に一度はわたしが料理をつくるように」しようと思います。さいわい仕事は週に3回なので、休みの日にのんびりと地元の食材を使い、料理をつくるというのはとても贅沢な時間であるように思えます。
 
 一か月の入院で、母親のインフルエンザは治っていて、今はリハビリでどれだけ入院前の状態に戻れるかという段階まで回復してくれました。入院前はまだ自分でトイレに行ったり、2、3段の段差は毎日上り下りできていて、時にはそれ以上の階段にもなんとか上り下りしていたのですが、それは少し難しいかもしれません。わたしたちは家に帰ってもらうために、この際、車いすに乗ったままでも生活して行けるように家の改造をすすめることにしているのですが、ただ完全に車いすでの暮らしとなると、とても体重が重く、妻の体力の問題から家出の暮らしを断念せざるを得ないかも知れないとも思っています。この地域では残念ながらホームヘルプ事業がとても貧困で、居住施設での暮らしを選ぶことがほとんどのようです
 ただ、想像以上の回復で、手助けがあれば自分の力でベッドから降りたり、車いすに移動できたり、食事も自分で食べることができるようになりました。リハビリの先生から「段差を上るのは無理になるかも知れないけれど、手を持って歩くのもずいぶんできるようになり、これなら自宅で暮らせるのではないか」と言ってもらい、なんとか家に帰れそうです。そのためにはリハビリ専門の病院でもう少し体力の機能の回復にチャレンジしてもらおうと、病院からはすでにリハビリ専門の病院に転院をすすめられていて、近々転院することになりそうです。
 そんなわけで、大阪服部緑地の家から能勢の家へと、お母さんと妻とわたしの3人の暮らしは、最初は近所に花見に行っていた状態から車いすを利用するようになったものの、ずっと車いすを利用するのではなく、家の中ではトイレも行ける状態でここまで来ましたが、いよいよもう少しちがう暮らしが始まりそうです。
 それにあわせて、わたしたち夫婦の暮らしの在り方も、また変わる時が来たように思います。わたし自身のことで言えば、少なくとも来年の6月には仕事を辞め、それから後の人生をどうするのかいまだに自分で決められずにいるのですが、どちらにしてももうどこからも仕事のお誘いはないと思うので、お金を得ることはできなくなります。
 一般企業で働いたのは20年なので、厚生年金分が少なく、一般企業で定年まで働いたひとの半分以下のようで、妻の年金をあわせても経済的には苦しい生活がはじまることになります。
 けれども、地元の食材を食べ、質素にすれば暮らせないというわけでもなく、働きに行くことでかかる経費もなくなりますし、なんとかやって行けるのではないか、またやって行くしか仕方ないと思っています。そして、それもまた楽しい暮らしのように思えるようになりました。
 今度のことで、わたしも今年で67才になり、たしかに山里の能勢を終の棲家として暮らしていけるのか、車いすを利用するようになった場合、夫婦でどこかの居住施設に移らなければならないのか、ほんとうにこれだけのお金で暮らしていけるのか、などなど、いろいろなことを考えてしまいましたが、まあ、先のことは先のこととして、3人の新しい暮らしを始めることの中から、わたし自身の新しい人生についてぼちぼち考えて行こうと思います。
 いま、ささやかというには少し贅沢に、島津亜矢、曽我部恵一、小島良喜のライブ、唐十郎の芝居に行かせてもらっているのですが、これがどの程度つづけられるかわからなくなってきましたが、できれば続けたいと思います。
 
 というわけで、明日は半年ぶりに島津亜矢のコンサートに行ってきます。何よりも楽しみにしているのが、「かあちゃん」です。いわゆるくらい歌なのでファンの方々の間でも評判がよいとは言えませんが、わたしは大好きな歌です。そして、また一段と色っぽくなっているはずの彼女の歌を堪能してきます。

島津亜矢「旅愁」
2011年のリサイタル「曙光」より 作詞 阿久 悠 作曲 杉本眞人 ギター演奏 斉藤 功。第一部でこの年のアルバム「悠悠~阿久 悠さんに褒められて」の全曲を歌った異色のリサイタルでした。島津亜矢はたくさんの持ち歌を持っている中で、リサイタルの第一部の構成を新曲アルバムの全曲にすることに「なじみのない歌が多く、どんなものか」という意見もありましたが、わたしはこのアルバムが大好きで、実は全曲歌ってほしいと思っていたものですから、その願いがかなってとてもうれしかったことを思い出します。それまで、リサイタルのDVDを見て一番良かったのは2004年のリサイタルでしたが、2011年のリサイタルはライブではもちろん、いまDVDを見ても個人的には一番良かったと思っています。
たしかにお約束の歌が入らないと盛り上がらないのかもしれませんが、その時に島津亜矢が一番歌いたかった歌たちがこのアルバムの歌たちだったのです。いろいろな声が聞こえてきても、これらの歌で第一部を構成したチームのひとたちにも、歌った島津亜矢にも身震いするほどの感動を覚えました。大阪公演は彼女が体調を崩して、年末ぎりぎりに開かれたことも、とてもいい思い出です。
今回のコンサートでも並々ならぬ気持ちを込めて、島津亜矢は「かあちゃん」を歌っているはずで、この歌を歌う彼女の姿を見届けられることが一番の喜びです。この一曲に、彼女の歌手としての覚悟、生きざまが表れていると思いますので…。
「SINGER2」の歌たちも、たしか後援会のつどいで歌ったと聞いたことがありますが、これらの歌たちも今はなくなってしまったリサイタルの復活とともに、ぜひ全曲を生で聴かせてもらいたいと願っています。

島津亜矢「かあちゃん」
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