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2014.03.05 Wed 島津亜矢「王将」・歌謡コンサート

 3月4日、NHKの「歌謡コンサート」に島津亜矢が出演し、「王将」を歌いました。
 昨年の座長公演の演目が阪田三吉の妻・小春の物語だったこともあり、この歌は彼女にとっても思い入れのある縁の深い歌であることでしょう。
 NHK・BSの歌番組「BS日本のうた」でも歌っていて、アルバム「BS日本のうた4」にも収録されています。また、2010年リサイタルでもこの歌を熱唱しています。
 このひとは20代で歌唱力が並外れているため、残されているどの映像を見ても歌がすでに完成されているのですが、それでもやはり現在に近づくほど歌を読む力が増してきて、時間の芸術でしかないはずの歌が聴く者それぞれの人生の風景を呼び起こし、まるで一本の映画を観ているような錯覚にとらわれてしまいます。
 あまりにも若かった時の傷つきやすい青春、街の路地にひそんでいる陰影のある空間、歌が誕生したばかりのひそやかな泉、その奥行きを測るようにぞくっとする低音に心をふるわせ、のびやかでやわらかい高音に誘われ、「ここより他の場所」へと旅に出る…、彼女が歌う3分間の歌は、わたしが生きてきた長い時のはざまに綴られた「もう一つの人生」を、始まりも終わりもないもつれたフィルムに焼き付けてくれるのでした。そういえば今はもう映画館の映画でさえフイルムではなく、デジタルのデータに収められるようになってしまいましたが。
 ともあれ、まだ若い彼女が残してきた映像や音、長い年月の間に開いてきた全国各地でのコンサート、そのどれもがすでに完成されているはずなのに、彼女の進化はいつも昨日より今日、今日よりも明日へと終わらず、これから先もどこまでわたしを連れて行ってくれるのかまったくわからず、そのためそんなに歌舞音曲にお金をかけられないわたしでも年に何度かは足を運んでしまいます。
 たしかに誰にでもやってくる声の衰えは彼女にもやってくるでしょう。しかしながら、若い時のそれがまた魅力だった怖いもの知らずの歌ではなく、最近の見違える進化はあきらかに豊満で成熟した女性の、若い時とはちがう色気がただよっていて、思わずぞくっとしてしまいます。
 声の張りも響き渡っていた若い時のややハード高音がひびきわたる声から、肉厚があるというか肉感的であるというか、高音も低音もバリエーションが増え、かたくてきらきらした高音と真綿のような柔らかい高音、まるでサックスのような太い低音と、心のもっとも深くしなやかな場所に静かに届く繊細な低音といった感じで、かえって今の方がより遠くの心に届く歌声だと思います。それはまるでコーラスのように、あるいはジャズのセッションを聴いてるようないくつもの歌声といくつもの楽器の音が聞こえてくるようなのです。

 そんなことを思いながら「王将」を聴いていて、わたしはいま少し元気をなくしていたのですが、彼女の歌を聴いて少し元気を取り戻した気がします。わたしは歌はどこまでもひとつの心から生まれ、ひとつの心に届くものと思っていて、たとえば震災の頃のように歌そのものが大多数の人の悲しみを癒してくれる「歌の力」を持っているという考えを持っていません。わたしが演歌が好きなのは、ロックとおなじようにひとつの心の叫びや憤りや悲しみや喜びが心の回路をとおり、肉体の岸辺から海を渡ろうとする時、届くはずもなかった海の果ての海岸で愛の歌を待ち続けているひとつの心に共振するように伝わってしまうという神話を信じているからです。
 言い方を変えれば、演歌は合唱する音楽ではなく、言葉は悪いですが「盗む音楽」で、思いもしなかった伝播力と通底器をくぐりぬけて膝を抱いて行きまどうたったひとつの心に届く音楽だと思います。時にはひとつの歌が大量に垂れ流される「ヒットナンバー」よりもはるかに人の心を救うことができることがあり、そのたったひとの歌は人によってそれぞれで、AKBの一曲であるひともミスチルの一曲であるひともいて当たり前で、わたしにとってその一曲が島津亜矢の一曲であったということなのでしょう。

 「王将」は1961年、一緒に出演していた畠山みどり(このひとは私に演歌を、というより星野演歌をおしえてくれた人です)が歌った「出世街道」は1962年の歌で、思えば歌が人生のともだちになることもあると教えてくれた寺山修司とともに、わたしの思春期を彩った大切な歌のひとつなのだと改めて思いました。わたしはその後、しばらく日本ではグループサウンズからフォークソング、海外ではビートルズからはじまってそれほど多くを知っているわけでは全然ないのですがロックに親しむようにもなって行きます。
 わたしはロック音楽を聴くより前に、三橋美智也や春日八郎、三波春夫、畠山みどり、そして村田英雄など1960年代に時代を染め上げた数々の歌謡曲、演歌を聴いてよかったとつくづく思います。
 彼らの歌のすべてが好きだったわけではありませんが、今でもこの頃の歌を聴くと道路がまだアスファルトに覆われていなかった頃、町の風景が黒土と黒土に溶ける静かな夕日に守られていた頃、母と子3人が身を寄せ、身を固くしてその日その日を暮らしていた頃、青春まであと1メートル、子どもが大人へと飛び立つ前の不安と期待がうごめいていた頃、あの頃の空気、あの頃の匂いがよみがえるのでした。そして、島津亜矢が歌うと風よりも遠く、心と時代の果てまで一気にわたしを連れて行ってくれるのです。
 その中でも村田英雄の歌はなぜか心に残っていて、「人生劇場」や「柔道一代」、「無法松の一生」と、数多くの歌の一節がすぐに浮かんできます。島津亜矢の「無法松の一生 ~度胸千両~」をはじめて聴いた時、ほんとうにびっくりしました。彼女の歌を聴いた途端、村田英雄の歌ではなくなってしまったからです。決して「個性的に」に歌い方を変えたりまったくしないのにこの歌の切ない心情をこれほどまでに歌えるのは、歌唱力とか伸びのある声とかでは果たせない「歌詠み人」の神髄・島津亜矢だからなんでしょうね。
 彼女は三波春夫の足跡をたどる長い旅をつづけた間にも村田英雄の歌を歌ってきましたが、どの歌もとてもすばらしいものになっています。わたしは意外に「夫婦春秋」にとても惹かれています。
 「王将」もまた、だれもが「吹けば飛ぶような将棋の駒に」という歌い出しをくちずさめるほどのヒット曲ですが、この歌に限らず1960年代前半の歌を圧倒的な表現力で歌ってくれるひとはすでに彼女しかいなくなってしまいました。
世界のどこかに歌の墓場があるならば、島津亜矢は消えて行った無数の歌たちをもう一度よみがえらせる「ディーバ(歌姫)」にまちがいありません。
歌を、もっと歌を!

島津亜矢「王将」リサイタル2010挑戦より
この熱唱もすばらしいものですが、もうおわかりと思いますが、わたしは先日の歌謡コンサートの歌唱の方が好きです。
今の歌唱には、上手く行かないこともある、負けることもあるだろうという一抹の思いもこめられているように思います。

島津亜矢「無法松の一生(度胸千両入り」
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フィレオ― : URL 歌唱

2014.03.07 Fri 20:28

今晩は
何時も楽しく読ませて頂いて居ります。
歌コンでの歌唱仰有る様に流石だと思います。

何時も思うのですが、三波、村田、春日、三橋、
歌謡曲の巨人ですが、島津亜矢、同じステージに立って
ちっとも不思議でない歌手だと思います。

今そういう歌手居ない。
だから、歌好きの人で亜矢ちゃんのコンサート一杯になるのです。

BS朝日での「霧の摩周湖」 素晴らしかった。
ご本人の前での歌唱、立派でした。

声は確かに、一般的には衰えます。
でも、田谷リキゾウ(の様な)藤山一郎(の様な)80歳過ぎても

ちゃんと歌える人居りました。
亜矢ちゃんの発声なら大丈夫!

まだまだこれからです。
御苦労なさったあなた様ならお解りでしょう。
努力には、結果があります。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2014.03.08 Sat 09:48

フィレオ―様
いつもお便りありがとうございます。
わたしは去年の秋の大阪でのコンサート以来、テレビでしか亜矢さんを見ていなくて、 こんど15日に神戸のコンサートに行き、思いっきり楽しんでこようと思っています。
生で聴くと、いつも彼女のオーラと止まらない進化に圧倒されてしまいます。

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