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2014.01.11 Sat 島津亜矢・歌を語る歌手から歌を読む(詠む)歌手に

 1月8日のBS朝日「日本の名曲 人生、歌がある」に島津亜矢が出演し、「出世坂」、「霧の摩周湖」、「かあちゃん」を歌いました。
 この番組は最近の音楽番組とはちがい、フルコーラスで歌を聴かせてくれて、島津亜矢にとっては本領を発揮できる貴重な番組になっています。
 当然のことながら司会をつとめる五木ひろしの思いが込められていて、ほんとうに歌が大好きで、歌を大切にしたいと願う彼の気持ちが番組からこみあげてくるようです。
 島津亜矢はたしかスタートの放送から今回が2回目で、出演回数が少ないのが残念です。
 それでも、この番組の制作・運営スタッフがさりげない形で島津亜矢をとても大事にしていることが伝わってきて、島津亜矢のファンとしてはうれしい限りです。NHKの中にもいるように、この番組の関係者の中にも島津亜矢の音楽的な進化と冒険を見届けようとしている静かな隠れファンがいることは確実で、案外五木ひろしもその一人なのかも知れません。

 さて、今回の放送で歌われた最初の曲は「出世坂」でした。この歌については以前、「BS日本のうた」の鳥羽一郎とのスペシャルステージでも歌われました。
 デビュー曲「袴をはいた渡り鳥」につづく歌ですが、わたしは初期のレコーディングで収録されているこの歌を聴いた時、正直言うとこの歌い方ではもたなかっただろうなと思いました。熊本から出てきた少女が健気にこの歌を精いっぱい歌っているのを聴くとほほえましく、また今でも涙が出ることもほんとうです。
 しかしながら、まだ幼さの残る少女がいかにも演歌という感じのこぶしをきかせまくる歌唱に不自然さを感じないではいられませんでした。ところが3曲目になるのでしょうか、「度胸船」ではその不自然さはなくなり、地の果て海の果てから千年かかってやってきたような天性の声と歌唱力がわたしの心をとりこにしました。そんなわけでわたしは個人的には「度胸船」がとても好きです。
 「出世坂」はコンサートで歌われる時も少し苦手な歌だったのですが、先の鳥羽一郎との共演のステージでこの歌を聴き、わたしは自分の感性の鈍さを恥じました。なんと、すでにこの歌はかつての少女の「いかにも演歌」とはまったくちがう、力強さと潔さを持ちながらもそれをあえてふりかざさず、演歌が本来もっているはずの、その歌を口ずさみ心で噛み砕きながら身をかがめ、ひたむきに今日を生き明日を夢みるだれか、わたしでもありあなたでもあり彼女でもあり彼でもある、匿名のだれかにそっと届けるように歌われていたのでした。
 恩師・星野哲郎は、島津亜矢の今に至る進化を16歳の少女の幼い歌心の中に見出していたからこそ、1960年代に戻ったような時代錯誤といわれても仕方のない「袴を抱いた渡り鳥」と「出世坂」をあえて島津亜矢の船出に用意したのだと思います。
 1986年という時代は、加速するバブルが世の中を映す鏡をゆがませ、近々にやってくる崩壊への道以外には日本社会の行く道が閉ざされようとする中で、最後のあだ花が咲き乱れるような退廃的な空気すら漂わせていました。そんな時代にこの2曲がすんなりと世の中に受け入れられるとは、星野哲郎自身が思うはずもなかったでしょう。それでも彼はあえて厳しい道を彼女に用意したのではないかと思います。
 わたしは日本の歌謡曲が「巷」をなくしたのが1980年代ではないかと思っているのですが、星野哲郎は歌が巷で生まれ、巷で育ち、巷に消えていくことを知っていた最後の詩人だと思います。そして、最後の愛弟子の島津亜矢に、「大器晩成」の歌詞のように目先の浮き沈みにぶれることなく、時代錯誤と言われても歌(演歌)の王道を歩いて行ってほしいと願っていたのだと思います。テレビやCDや携帯やスマホによって歌が提供される時代に、島津亜矢の「出世坂」は今もなお必死に生きる人々のよりどころとしての巷にこそ流れる歌であることを、いまさらながらに教えてくれました。
 2曲目は布施明の特集のコーナーで、「霧の摩周湖」を歌いました。布施明といえば、わたしが本格的に島津亜矢を好きになったきっかけとなった番組「BS日本のうた」での共演が忘れられません。「霧の摩周湖」は以前に歌った貴重な映像がありますが、この歌もまた、進化し続ける島津亜矢によって歌い直され、ずいぶんちがった歌に聴こえました。
 オリジナルの布施明の声には少しけだるさがあり、そのけだるさがこの歌を大人の静かな失恋(?)を語るシャンソンのような歌にしていると思います。以前の島津亜矢はこの歌を少し朗々と歌い上げた印象があったのですが、今回の歌唱はあくまでも抑えた声量で、しかも歌の隅々まで丁寧に歌いながら、すでに若くはない大人の女性の切ない失恋と、明日から新しい一歩を踏み出す前の行き惑う心の揺らぎ、そしてそれらを濡らし肉感的に立ち上る霧の情景が見事に歌われていました。
 島津亜矢の進化は演歌に限らず、むしろポップスによっても鍛えられてきた結果だと思うのですが、次々と新しい声を獲得することでいまだにその限界は訪れる気配がなく、「霧の摩周湖」もまだまだこれから熟成されていくことでしょう。
 そして、新曲「かあちゃん」をやっとフルコーラスで聴くことができました。この歌はますますシャンソンの趣を深めていたと同時に、「帰らんちゃよか」や「旅の終わりに聞く歌は」、そして名作歌謡劇場に加えて、これから切り開かれるだろう新しい島津演歌の大切な一曲であったことを後から振り返ることになるかも知れません。
 そして、この歌が「SINGER2」の後に発表されたことは大きな意味があると思っています。「SINGER2」はポップスのカバーアルバムでありながらオリジナリティにあふれていますが、「かあちゃん」にはあのアルバムにおける数々の冒険や実験が見事に昇華され、新しい荒野へとまた一歩踏み込んでいく島津亜矢の新しい歌・島津亜矢演歌の誕生を予感させてくれるのです。

 「出世街道」、「霧の摩周湖」、そして「かあちゃん」と、今回歌った3曲は16歳でデビューから現在まで、ただひたすらに歌い、走り続けてきた島津亜矢の軌跡を象徴するものとなりましたが、肋骨に涙が落ちるような今回の歌唱は聴く者の心のひだのデリケートなひとつひとつを震わせ、いったいこのひとはこれから先、どこまで進化していくのかと思いました。
 よく「歌は語るもの」と言われますが、島津亜矢はすでに10年も前に「歌を語る」歌手であったことがいくつもの映像が証言しています。それからの決して楽ではなかったであろう、いばらの道と言ってもいいのかもしれない長い年月は、いつのまにか彼女を「歌を語る」歌手から歌を「歌を読む(詠む)」歌手へと進化させてしまったのでした。
 「歌を語れる」歌手もそんなに多くはいないと思いますが、「歌を読める(詠める)」歌手はさらに数少ないのではないでしょうか。
 番組では五木ひろしをはじめ、出演歌手の熱演が繰り広げられましたが、その中でも吉幾三の「ありがとうの唄」と布施明の「カルチェラタンの雪」は圧巻でした。
 とくに吉幾三の「ありがとうの唄」は演歌のジャンルでは異色のシンガー・ソングライターの面目躍如といった感があり、こんな歌を島津亜矢が歌えばいいなと思いました。
 明日、12日はNHKの「BS日本のうた」に出演し、松原のぶえ、原田悠里とのスペシャルステージで「かあちゃん」他、「愛染かつらをもう一度」、「大利根月夜」などを歌うようですが、その中でも石原裕次郎の「嵐を呼ぶ男」をどう歌うのか、とても楽しみです。また感じるところがあれば報告したいと思います。

過去のブログ記事 2013.04.15 Mon 鳥羽一郎と島津亜矢「BS日本のうた」2

過去のブログ記事 2013.04.11 Thu 鳥羽一郎と島津亜矢「BS日本のうた」1

島津亜矢「出世坂」(2013年)

島津亜矢「出世坂」(1987年)

島津亜矢「霧の摩周湖」

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フィレオ― : URL 後援会

Edit  2014.01.12 Sun 15:35

今日は

先日のBS朝日良かったですね。
「出世坂」 良かった!
恋する経済さん、勝手な意見ですがもっとストレートに書けないでしょうか?

私は欧米型の人間ですから、白は白、黒は黒はっきり言います。
グレーは言いません。
けなしているわけではなく、はっきり書いた方が多くの人に理解されると思います。

私はとうとう、後援会に入会させてもらいます。
はっきりモノ言うと誤解されたりしますが、どちらとも言えませんは
日本人独特なのでしょう。

ジーニアスの亜矢姫様どんな歌、歌っても安心して聴く、、、。
それがファンだと思います。
大丈夫、姫様、現代を代表するプリマです。

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