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2013.12.25 Wed 島津亜矢「かあちゃん」2

 島津亜矢の新曲「かあちゃん」をはじめて聴いたのは、12月15日の「NHKのど自慢」の放送でした。この日、島津亜矢は森進一と共にゲスト出演しました。
 わたしは、妻の母と同居をはじめた2003年の暮れからこの番組を見るようになりました。戦後すぐにラジオ放送から始まったこの番組は、戦後民主主義を象徴する番組といっていいでしょう。また、視聴者参加番組としても先駆的な放送だったと思います。少し前にNHKのアーカイブスで、始まったばかりの「のど自慢」の放送現場の映像をみましたが、琵琶や三味線で弾き語りで歌い、途中で司会者が口頭で合格不合格を告げても歌い続けたりと、とても牧歌的な情景でした。
 この頃の出演倍率がどうだったのかはわからないのですが、うまい下手よりは参加することに意義があるという出演者も多かったのではないかと思います。
戦後の社会と戦前の社会を比べて、「たったひとりの人間に国民が拍手する社会から、国民ひとりひとりがお互いを拍手しあう社会」と言った寺山修司の名言通り、この番組と紅白歌合戦は歌が国家によって禁じられたり歌うことを強制されるのではなく、歌いたい歌を歌い、聴きたい歌を聴く自由が、戦争の傷跡がまだなまなましく残る混乱と貧困の只中にいた日本人の希望であったことでしょう。
 放送ではフルコーラスで歌うことは少なく、この歌もそうでしたが、それでも島津亜矢のこの新曲には胸に迫るものがありました。母親の通夜の情景を歌った歌ですから、聴く者に悲しさや切なさが用意されていることはまちがいありません。しかしながら一方で、キラキラした輝きやウキウキした楽しさを求める今の風潮の中では、亡くなった母との遠い思い出のようにオブラートに包まれた悲しさや切なさは受け入れられても、明日荼毘にふされる母親を前にした息子の生々しい心情は聴く場所も聴く人も選ぶことになりかねません。
 ある意味、とても難しい歌唱が求められる歌だと思いますが、彼女は淡々と切々とつぶやくように歌い、歌の中の息子と同じ心情で母の亡きがらをみつめながら、一方でその情景を少し鳥観するように静かに見守り、その特別な夜の特別な時間を聴く者の心に歌い置いていくようなのです。
 歌番組ではほとんどフルコーラスで聴けないことに多くの方々から批判が寄せられ、最近では五木ひろしが司会する「日本の名曲 人生、歌がある」(BS朝日)のように、フルコーラスをウリにする番組が登場するほどですが、今回のわたしのように短縮バージョンで聴き、フルコーラスで聴きたくて急いでCDを買うひともいるならそれもいいかなとも思います。

 それはさておき、早速CDでこの歌を何度も聴いているうちに、なぜかシャンソンを聴いているような感動を覚えました。そういえばわたしの青春時代、ビートルズとほぼ同時期にシャンソンをよく聴いていたことを思い出しました。
 わたしの青春真っただ中の1960年代はロック、R&Bなど、アメリカ大陸を発祥とする音楽に取り囲まれながら、わたしはといえばビートルズすら友人たちの包囲網にあってやっと聴くようになった具合でした。
それよりも、なぜかイブ・モンタン、ジョルジュ・ムスタキ、エディット・ピアフ、シャルル・アズナブールなどのシャンソンから、シルビー・バルタン、フランス・ギャルなどのフレンチ・ポップスまでの音楽、またゴダール、トリュフォーなどの映画、アンドレ・ブルトンやランボー、ロートレアモンなどの文学、さらにはサルトルやフーコーなどの哲学と、フランスから吹いてくる風の方に心を奪われていました。
 その中でもシャルル・アズナブールは、友人のひとりが持っていたテープ(カセットではなかったような気がします)をいつも聴いていました。
 その中の一曲に「ラ・マンマ」という曲があり、1963年にフランス・ギャルの父親ロベール・ギャルが作詞し、シャルル・アズナヴール自身が作曲したこの曲はあるイタリア人家族の設定の下、死んでいこうとする母親、それを見守る子供たちの気持ちをドラマチックに歌い、当時の大ヒット曲でした。
 島津亜矢の「かあちゃん」を聴いているうちに「ラ・マンマ」を思い出したは、島津亜矢の歌唱が母親の死に直面する子どもの心情をあたかも叙事詩のように淡々と切々と語りかけてくるからでした。
 おぼろげな記憶を頼りにユーチューブで検索し、残されていた「ラ・マンマ」を何十年ぶりに聴くと、時代も場所も音楽のジャンルも、また島津亜矢の歌唱もアズナブールとはまったくちがうのに、「ああ、こんな風に歌は時代も海も越えてひととひとの心をつなぐ地下水道をながれているのだ」と思いました。それほど、2つの歌はつながっていると思いました。 そしてこの2つの歌をつないでいるものは、さきほど書いた歌の叙事詩性にあることにも教えられました。
 そう思っているとまたひとつ、同じように母の死に立会う子どもの歌が日本にもあった事を思い出しました。その歌は、雪村いづみの「約束」でした。この歌もまた1964年に藤田敏雄作詞、前田憲男作曲による名曲で、この歌の場合はもっと幼い子どもが母親の臨終に立ち会うというストーリーでした。わたしはそれまで美空ひばりも江利ちえみも雪村いづみもとくに関心がなかったのですが、彼女の中でも異色だったこの歌がとても好きでした。この歌とも「かあちゃん」はつながっていました。
 そして、これらの歌がすべて、自宅で死を迎える母親のもとに子どもたちがかけつけ、決して受け入れられないはずの母との別れに立会い、それでも人生を生き抜かなければならない子どもへのひそやかな応援歌であることがわかります。
そして、最近の歌にこんな場面がないのはほとんどの人が自宅ではなく、病院で最期を迎えるようになったことと無縁ではないでしょう。それが良いのか悪いのかは論を待つこととして、少なくとも歌の叙事詩性の喪失のひとつの原因だと思います。
 そして、島津亜矢がおそらくどの歌手にもない「叙事詩性」の復権を担う数少ない歌手であることを、新曲「かあちゃん」の歌唱によって、またひとつ発見できた感動と共に、歌の作り手にも叙事詩人・島津亜矢が歌わなければならない「叙事詩性の復権」を求めたいと思います。
 そして、歌ではないですが宮澤賢治の「永訣の朝」にこれらの歌のルーツといってもいい叙事詩の中にある叙情を感じます。

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)

ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
宮澤賢治「永訣の朝」

島津亜矢「かあちゃん」視聴できます。

シャルル・アズナブール「ラ・マンマ」

雪村いづみ「約束」
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