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2013.12.10 Tue そして、映画「ハンナ・アーレント」

映画「ハンナ・アーレント」

 「鉛の時代」、「ローザ・ルクセンブルク」をへて、やっと「ハンナ・アーレント」にたどり着きました。
 26年ぶりのマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の映画に登場する女性は、「全体主義の起源」などの著作で有名な哲学者、ハンナ・アーレントでした。
 ハンナ・アーレントはドイツ出身のユダヤ人で1933年にフランスに亡命、1940年、ナチスの強制収容所に連行されるが脱出し、九死に一生を得て翌1941年にアメリカに亡命しました。1951年にアメリカ国籍を取得、同年に英語による著作「全体主義の起源」を出版し、センセーションを巻き起こします。
 わたしはこの人の本を読んでいないのですが、ここ数年の間に読んできた本にたびたびその名前が登場し、彼女の思想の一端が紹介されていましたので、彼女の名前と「全体主義の起源」という著作はかろうじて知っていました。

 映画「ハンナ・アーレント」は、深夜、田舎道のバス停で一人の男が降り、懐中電灯を持って歩いていると、バスを追いかけるように走っていたトラックが急に止まり、男が拉致されるところから始まります。その男はナチス親衛隊で600万人といわれるユダヤ人を強制収容所に送り込み、「処理」という名で虐殺した責任者アドルフ・アイヒマンで、1960年、逃亡先のアルゼンチンでイスラエルの諜報部に逮捕されたのでした。
 ハンナ・アーレントは裁判のレポートをザ・ニューヨーカー誌に掲載する約束を交わし、取材記者としてアイヒマンの裁判を傍聴するため、イスラエルに向かいます。
 イスラエルに行く前、ハンナの家に集まったアメリカ在住のユダヤ人の友人たちは、すでに哲学者、思想家、著作家としての名声を獲得し、大学教授もつとめるハンナによるレポートへの期待を語り合います。それはその裁判を見守る世界中のユダヤ人をはじめ大多数の人々がそうであったように、20世紀最大の悪魔、残虐非業の凶悪犯罪者としてのアイヒマンを断罪するレポートでした。実際のところ、ハンナもまたアイヒマンの裁判に立会い、人間はいかなる理由とどんな過程をたどればそこまでの残虐な犯罪行為をしてしまえるのかを知りたかったのだと思います。
 ところが裁判でハンナが知ったのは、アイヒマンが悪魔や妖怪ではなく、凡庸な役人でしかないことでした。尋問に答えてナチスの官僚用語を繰り返し、役人として命令に従っただけだと主張するアイヒマンには動機もなく、反ユダヤ主義という信念すらないことに、彼女は愕然とします。
 混乱と苦悩の2年間をへて、ハンナは本質的な結論にたどり着きます。ナチの大量虐殺は悪魔のような人間が引き起こしたのではなく、自分で考え、判断することをせず、自分の業務がもたらす結果への責任を想像することもない人間の凡庸さが引き起こしたのだと…。彼女はその絶望的な事態を、悪の凡庸さと呼びました。
 さらに、一部のユダヤ人組織の指導者がナチスに協力したことでアウシュビッツでの殺戮が助長された事実にも言及します。
 悪の根源は凡庸だからこそ、ナチスだけではなくいかなる体制の下でも起こり、繰り返される危険を彼女は予感します。悪の凡庸さ、陳腐さは先例のない新しい悪で、だれもがヒトラーやアイヒマンになりうることだと…。
その悪と立ち向かうことができるのは、世の中のヒステリックな現象にまどわされず、冷静に自分を見つめ、社会と対峙し、思考することからはじめなければならないと彼女は結論します。
 ユダヤ人であり、ナチスの虐殺の犠牲になりかけたハンナですが、この裁判に立会うことでたどり着いたこの結論は、ニューヨーカー誌に発表されると世界中からバッシングを受けます。雑誌社への抗議の電話にとどまらず、アーレントのもとにも電話、手紙の抗議が押し寄せ、イスラエル政府からの恫喝もありますが、彼女がもっとも悲しんだのは親しい友人たちが次々と離れ、彼女に対する攻撃の先頭に立ったことでした。
 大学から辞職を勧告され、彼女は学生への講義という形で反論し、「悪の凡庸さ」と「考えること」の大切さを学生に訴えます。
 マルガレーテ・フォン・トロッタ監督は「ローザ・ルクセンブルク」と同じように、どんなに理不尽なバッシングを受けても決して揺るがないこの哲学者の信念を描く一方で、やきもちを焼くほど夫を限りなく愛し、友人を失う悲しみに耐える一人の女性の心を描くことも忘れませんでした。
 若いころから父親のように慕っていた旧友の死の床にかけつけた時、「同胞への愛はないのか」と問われ、彼女は応えます。「一つの民族を愛したことはない。私が愛するのは友人だけ」と。そして、映画のラストシーンでは、夫から「こうなるとわかっていても書いたか?」と問われ、「ええ、記事は書いたわ。でも友達は選ぶべきだった」と、応えるのでした。
 孤立を恐れない強い信念と、憎しみの連鎖を断つ論理と背中合わせに、去ってゆく友への悲しい友情、せつない心を抱きしめるハンナ・アーレントは、しかしながら絶望するだけではありませんでした。この映画の最大の見せ場ともいえるラストシーン近く、8分にも及ぶ講義を通して、彼女はまっすぐに彼女を見つめる学生たちに希望を託し、学生たちもまた、教授連中や世間のバッシングに惑わされず、彼女の講義の中に希望を見出すのでした。

 「鉛の時代」、「ローザ・ルクセンブルク」、「ハンナ・アーレント」と、トロッタ監督は現実に起こった政治的、社会的、あるいは反社会的な事件や出来事からひとりの女性の人生を描くことで、その時代そのものに光を当て、とらえ直すという、興業的にはとても難しい映画をつくってきました。だからこそ、これらの映画は冒険にあふれ、映画の中からとび出してくるドキュメンタリーとドラマツルギーが観る者の心を震わせ、勇気をつくりだす刺激的な映画になっていて、ほとんど映画の奇跡と呼んでもいいと思います。
 人びとの心に留め置かれ、時代の嵐にさらされても決して消えないささやかな希望の灯をともす映画、それこそがまさしくマルガレーテ・フォン・トロッタ監督の映画だと思います。
 ハンナ・アーレントを演じたバルバラ・スコヴァは「ローザ・ルクセンブルク」から26年の時を経て、60代の女性の美しさに満ちていましたし、ローザに負けず劣らず、アーレントの講義もまた心躍らせるものがありました。
 そして、世間のバッシングのさ中においてもハンナをなぐさめ、勇気づけた親友の作家、メアリー・マッカーシーを演じたジャネット・マクティアは「アルバート氏の人生」の時の役柄からうって変り、心豊かで理知的な女性を見事に演じていて、ますますファンになってしまいました。

映画「ハンナ・アーレント」オフィシャルサイト

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: 管理人のみ閲覧できます

2013.12.11 Wed 19:57

このコメントは管理人のみ閲覧できます

tunehiko : URL Re: コメントありがとうございます。

2013.12.12 Thu 21:28


コメントありがとうございます。
この映画は恋愛映画でもアクション映画でもない、娯楽映画とは言えないかもしれませんが、私ぐらいの年齢のひとたちが劇場前で並ぶヒット作になったようですよ。
あなたが書いておられるように、今の社会に少なからず蔓延している「よらば大樹」のムードに流されるのではなく、自分の思いや考えを丁寧に伝えることの大切さを教えてもらいました。

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