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2013.11.03 Sun ふたたび「SINGER2」・一本の映画を観るように

島津亜矢「SINGER2」

 さて、いよいよ島津亜矢の「SINGER2」の森に入ってみようと思います。
 オリジナルの歌こそが歌手の本領だとする常識からすれば、オリジナルの歌手のもとですでに評価が確立された古い歌、オリジナルの歌手によって歌のイメージがよくも悪くも完成されているカバーアルバムに対する世間の評価は決して好意的ではありません。
 所詮オリジナルにはおよばないというネガティブな評価から、反対にオリジナルを越えたとか、あるいは新しい解釈で別の歌としてすばらしいというポジティブな評価まで、どちらにしてもオリジナルを意識されるのは当然のことで、「SINGER2」もその評価の波を漂うばかりかも知れません。結局のところ、昔流行った歌を島津亜矢という稀有の演歌歌手がポップスの名曲をずば抜けた歌唱力で絶唱するカバーアルバムという評価に落ち着くことになるのでしょう。
 しかしながら、わたしは島津亜矢のファンであることを差し引いても、このアルバムを聴いていると単なる音源(CD)とは言い難く、その名の通りたかだか数分の時間を食べる芸術としての音楽・歌のアルバムでしかないはずなのに、若いころの若さゆえのスピードに取り残された恋、思わぬことで傷つけてしまったり傷ついたり、裏切ってしまったり裏切られたり、別れの言葉を交わさないまま途絶えてしまった友情、そして年を重ねることでなくさざるをえなかった青い感情、無垢の心…、長い間生きてくれば誰にでも何度もあったはずの人生の蹉跌が一気に押し寄せてくるようなのです。
 それは中学生の時、転校して行った同級生の女の子の白いブラウスにつつまれた幼い胸のふくらみであったり、高校生の時に授業をさぼって美術部の部室に身をひそめ、放課後何食わぬ顔で汚れたキャンバスに塗りたくったコバルトブルーの絵の具であったり、20才の頃にみたゴダールの映画「気狂いピエロ」のラストシーンで聞こえてくるアルチュール・ランボーの「地獄の季節」の一節「また見つかった 何が 永遠が 太陽とつがう海が」であったりと(そういえばこの間見た唐十郎作・蜷川幸雄演出の芝居「盲導犬」でもこの一節が何度も出てきました)、デジタル全盛の今では古いたとえになってしまいますが、現像室に眠ったままだった回収不能の映画が思い出のスクリーンによみがえるようなのです。
 前作「SINGER」ではホイットニー・ヒューストンの「ボディーガード」の主題歌「アイ・ウィル・オールウェイズ・ラブ・ユー」が衝撃的に受け取られましたが、今回の「SINGER2」ではセリーヌ・ディオンの「タイタニック」の主題歌「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」でいきなり圧倒的な歌唱で聴く人の心をわしづかみにしてしまいます。
 わたしは以前にも書きましたが、正直なことを言えばこういう絶唱型の名曲は苦手で、とくに島津亜矢のようにこれらの歌を完璧に歌ってしまう歌唱力のある歌手がカバーすると「いかにも」と思ってしまうところがあったのですが、今回のアルバムを何度も聴いていて、これらの歌を歌う彼女にはどこかソウルのような、R&Bのようなハートの重さがかくれていることを教えてもらいました。と同時にこのアルバムそのものが、起きてしまった事実と起きなかったかも知れない現実、醒めることのない幻想と眠りに閉じ込められた夢が行きちがう一本の映画を見ているようです。あまりにも切なく、あまりにも甘酸っぱい映画…。
 このアルバムはカバーアルバムを越え、一曲一曲はカバーであってもそれらはオリジナルと比較照合されるものではなく、収録された16曲を構成するひとつの物語と1本の映画が島津亜矢とそのチームによって紡がれ、生み出されたオリジナルそのものとしてわたしの心を突き動かすのです。
 世界の事情はよくわかりませんが、日本では演歌、ポップスに限らず生み出された楽曲を複数の歌手が歌う文化が少ないように思います。そういえば以前は競作という形で発売されることもたまにありましたが、そういうのともちがい、クラシックやスタンダードジャズでは演奏そのものがオリジナルとして受け止められる、そんな風に演歌もポップスも共有の財産で、一定のルールと節度は必要でしょうが誰が歌ってもいい自由な時代になればいいのにと思います。その方がジャンルを超えた思わぬ出会いと発見から新しい名曲が生まれるように思います。その時、島津亜矢の音楽的冒険はさらに広く深くなり、その才能は幅広い音楽ファンに知られ、感動させるにちがいありません。
 そう思うと、ジャズはいいなと思います。音楽産業の版権などがどうなのかはわかりませんが、たとえばジョン・コルトレーンの「マイ フェバリット シングス」はミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の原曲をアレンジしたものですが、彼のライブの定番となり、毎回その演奏がちがっていて録音されたものでも多数残っています。わたしはジャズにそんなにくわしいわけではありませんが、「マイ フェバリット シングス」といえばミュージカルの原曲より彼の演奏しか思い出せませんし、まさしく彼のその時々のチームのその場の演奏はオリジナルそのものなのです。
 また、小島良喜、金澤英明、鶴谷智生のユニット「コジカナツル」のライブでは毎回同じ曲をまったくちがった演奏で楽しませてくれるのですが、その中の一曲、ボブ・デイランの「マイ・バック・ページ」を見事なジャズで聴かせてくれます。しかも、それもまたキース・ジャレットのジャズ版「マイ・バック・ページ」を引き継ぎ、独自につくりだした彼らの音楽そのものなのです。そういえばジャズではロックの名曲がジャズの名演となったり、日本では坂田明による「貝殻節リミックス」など、他のジャンルの音楽をジャズ化するのは当然のようです。以前にも書きましたが、古くはアメリカに奴隷として連れてこられたアフリカンたちのネイティブな音楽がヨーロッパから持ち込まれたクラシック音楽との衝突と出会いから生まれた音楽のひとつと言われるジャズは、いつの時代でも異質な音楽や文化の衝突から新しい音楽を生み出してきたのでした。
 その意味からも、島津亜矢は日本でもっともジャズに近い才能と文化を持っている数少ない歌手だと思います。歌謡浪曲から「マイ・ハート・ウィル・ゴー・オン」まで、自由に歌う彼女は、かつて美空ひばりがおしこめられた演歌のびっくり箱から世界の音楽へとつながっていくはずです。
 アルバム「SINGER2」はその予感に心が震える一枚です。
 次回から何回にわたるかわかりませんが、「SINGER2」の16曲をテーマにして、わたし自身のプライベートフイルムを観ながら、島津亜矢がたどった音楽の森に入って行こうと思います。村上春樹の「海辺のカフカ」の少年がつけもの石の蓋を取って、もうひとつの世界へ入って行ったように…。

「マイ・ウェイ」島津亜矢/布施明
この映像はNHK「BS日本のうた」でのスペシャルステージの映像です。このステージでわたしは島津亜矢ファンになりました。布施明が歌っている時に感極まったように島津亜矢が泣きだし、布施明が励ますように歌っていてどうしたのかと思っていましたが、この日の直前に亡くなった島津亜矢の恩師・星野哲郎の通夜の日だったと後から知りました。そういえば布施明もさりげなく黒のネクタイをしています。ステージではいっさいそのことには触れず、万感の思いで歌った島津亜矢と、彼女の悲しみに思いを寄せて励ます布施明が歌う「マイ・ウェイ」は二人の人生そのもののようで、とても感動的でした。
過去の記事 2011.10.15 Sat 島津亜矢と布施明 ふたりの「マイ・ウェイ」

「My Favorite Things」(1963年)ジョン・コルトレーン、マッコイタイナー、ジミー・ギャリソン、エルビン・ジョーンズ
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