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2013.09.16 Mon 島津亜矢「帰らんちゃよか」

 すこし前になりますが、9月5日の東京テレビ「木曜8時のコンサート」に島津亜矢が出演し、「帰らんちゃよか」を歌いました。この歌は彼女自身のコンサートでもテレビ番組でも何度も歌ってきましたし、またこれからも歌い続けることでしょう。
 1995年にシンガー・ソングライターの関島秀樹が「生きたらよか」というタイトルで世に出したこの歌は、ばってん荒川が「帰らんちゃよか」というタイトルでカバーし、その後、島津亜矢が歌い継ぐことになったのですが、彼女にとっても、そしてこの歌にとっても他のカバー曲とはちがう特別な出会いと運命を感じます。
 彼女のカバー曲の歌唱力はオリジナルを越えると評価されることがよくありますが、わたしはそんなふうに比べることはオリジナルの歌い手さんに失礼なだけでなく、島津亜矢自身にも失礼なことと思ってきました。というのも、彼女はオリジナルであろうとカバーであろうとその歌が生まれる場所をたどり、その歌が語り始める物語を発掘する、いわば「歌を読む」天才でもあるからです。
 たとえばちあきなおみがカバー曲を歌う場合は、必ずオリジナルとはちがう語り口でその歌を彼女独特の演劇性で歌う、いわば「歌を変える」天才でした。北島三郎の「なみだ船」、浅川マキの「朝日楼」など、オリジナルの歌手の個性が前面に出ている歌を、ちあきなおみにしか歌えないような独特の世界観で塗り替えてしまうのです。
 島津亜矢のカバー曲へのアプローチはまったくちがいます。彼女の場合はオリジナル歌手への尊敬と時にはあこがれを抱きながら、オリジナルの歌手を通してその歌とまず向かい合います。一度はオリジナルの歌手の世界に入りこみ、オリジナルの歌手とともに伴走し、その歌に耳を傾け、ついにはその世界をつきぬけて、森の泉から湧き出るように語られる歌の誕生の地へと導かれていくようなのです。

 そんな数々のカバー曲の中でも、「帰らんちゃよか」に島津亜矢が特別な思いを持っていることは、ファンの方のみならずこの歌を初めて聴かれた数多くの人々が心をふるわせ、時には涙を流される方々も少なくないことでも、またこの歌を聴いて島津亜矢のファンになった方々もたくさんおられることでもわかります。
 「生きたらよか」が発表された1995年は阪神淡路大震災の年でもあり、関島秀樹は被災者への応援歌も発表していますが、この歌が震災後につくられたものなのか、その前にできあがっていたのかはわかりませんが、わたしには関島秀樹自身の実体験もふくみ、震災後の日本人の家族観や死生観がこの歌に反映されているように聴こえるのです。
 時代を遠くさかのぼれば明治の時代から、昭和の戦争と戦後、そして現在に至るまでに、父親を絶対存在とする家族観はまだ戸籍や非嫡出子の問題などが根強くあるものの、一方でわたしたち日本人の家族のありかたは大きく変わったことも事実としてあります。
 とりわけ、戦争の傷跡から出発した戦後社会は、若者(子ども)が集団就職などや都会への憧れから地方の親元を離れ、都会に出てくるようになりました。そして地方で暮らしが成り立たず、家族の長である父親もまた「出稼ぎ」に都会に出てきたり、最後には家族全員が故郷を捨てて都会に移り住むケースも少なくなかったと思います。
 高度経済成長にともなう現金収入が増えていく都会の労働者にとって、現金収入の乏しい地方の暮らしは厳しく、旧来の地方のコミュニティが壊れてしまうのは仕方のないことだったのかもしれません。
 そんな世の流れとともに、地方に住む親は都会で暮らす子を想い、子は故郷に住む親を想う数々の歌謡曲が生まれました。子を励まし、いざとなれば帰ってこいと応援する親、都会暮らしに疲れ、故郷に帰りたいと思う子…、そこでは「親を想う子、子を想う親の気持ち」が歌われ、わたしたちはそれらの歌に自分たちの家族の実像を重ねることで慰められてきました。
 関島秀樹の「生きたらよか」で歌われる家族は、そんな一世代前の家族とはずいぶん状況が変わっているように思うのです。ふりかえると地方の人口は減り続け、都会よりも一足早く高齢社会となり、中には限界集落から廃村へと追い込まれ、故郷がなくなってしまったひともいるのではないでしょうか。
 「生きたらよか」は故郷に住む父親が都会で暮らす子どもへの、熊本弁で書かれた手紙のような設定になっています。父親が母親との暮らしを語り、帰る田舎があるからといいわけにすんなよと、都会で暮らす子を励まします。「心配せんでよか、帰らんちゃよか。どうせ俺たちゃ先に逝くのやけん、お前の思った通りに生きたらよか」。
 オリジナルは父親の語りのようなのですが、この歌がばってん荒川を触媒にして島津亜矢に歌い継がれると、わたしには父親の手紙を読みながら胸をつまらせる都会暮らしの子どもの姿の方が目に浮かびます。たまに田舎に帰ってもほとんど話もしない父親のおそらく一生に一度の手紙、とつとつと語るようにつづられた父親の手紙を、久しぶりの熊本弁で読みたどる子どもの目にはとめどなく涙が流れます。
 「今や方言だけが人生を語れる」と言ったのは寺山修司ですが、島津亜矢が歌う熊本弁の歌詞のこの歌からは、帰るべき故郷はすでになく、都会もまた憧れの地ではなくなった時代の悲鳴が聞こえてきます。その悲鳴にかき消されそうになりながら、「帰らんちゃよか、お前の思った通りに生きたらよか」と言うその言葉の裏に迫りくる老いを受け入れ、一生懸命に生きようとする父親の心情も…。それでも子どもには自分の人生を歩いてほしいと願う父親のぎりぎりの切なさを歌い、その手紙を読む子どもの思いまでも島津亜矢は「歌を読む」天賦の才能と圧倒的な歌唱力で歌い語るのです。
 この歌が聴く者の心の最も柔らかい場所にまで届き、多くの人々が涙を流し、時には島津亜矢自身が歌いながら涙を流してしまうのは、歌手になるために東京に行く彼女と母親を送り出してくれた彼女自身の父親への思いが込められているからなのでしょう。
 この歌はいつの時代も変わらぬ親子の愛情や家族のきずなをキーワードにしながら、もう待ったなしの高齢社会における高齢者の尊厳と介護の問題までも包摂している歌として、島津亜矢のたいせつな一曲でありつづけると思います。

島津亜矢「 帰らんちゃよか」
「 帰らんちゃよか」は島津亜矢のコンサートでは「感謝状」とともにいつも歌われる歌ですが、この歌に限らず、彼女の「歌を読む」才能がもっとも発揮されるカバー曲はもしかするとシンガ・ソングライターの曲かもしれません。小椋佳、井上陽水、中島みゆきなどの歌にはいま自分がどんな歌を歌いたいのか、どんな歌を必要とされるのかがはっきりしています。
ばってん荒川&島津亜矢「帰らんちゃよか」
ばってん荒川の「帰らんちゃよか」を聴くと、歌はほんとうに不思議なものだと思います。歌手としての力量があるかどうかではないばってん荒川の圧倒的な説得力と、島津亜矢の尊敬の念が画面から伝わってきます。
関島秀樹「生きたらよか」
父親の心情が淡々と歌われる関島秀樹のオリジナル曲は本家ならではの素晴らしいものがあり、彼の歌は「生きたらよか」というタイトルでなければだめだということがよくわかりました。その意味では「生きたらよか」と「帰らんちゃよか」は別の歌だと思います。
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フィレオ― : URL 郷愁

2013.09.18 Wed 21:15

こんばんわ。    
島津亜矢さんの一ファンです。 仰有ることはそれなりに受け止めますが、そんなに深刻ではないと思います。 少なくても歌を聞く限り。
亜矢さんは明るい方だと思います。前向きな方です。
歌詞はそうかもしれませんが、私には前向きな歌に聞こえます。今度発売されたSinger 2 何度聞いても暗さなどない耳障りの良い歌です。
一つの枠で島津亜矢さんは、観れません・・・。
「帰いらんちゃよか」は島津亜矢の歌です。
歴史を語るのではなく、今の島津亜矢を聞いてください。

tunehiko : URL ほんとうですね。

Edit  2013.09.18 Wed 23:26

フィレオ―様
お読みくださり、ありがとうございます。
フィオレー様が島津亜矢さんに感じられることをいろいろなサイトで読ませていただいています。音楽的な見地からのご意見に敬意を表します。
その点から言って、わたしが島津亜矢さんのことについていろいろなことを書いてしまうのはファンの方々には申し訳ないのかもしれません。
わたしも島津亜矢さんのファンではありますが、わたしのブログは島津亜矢さんの記事に限らず、今の世の中の流れと障害者や高齢者の問題などを自分の人生とのかかわりで書いています。
「歌は世につれ世は歌につれ」といいますが、わたしはどちらかというと巷に流れた歌を受け止める側にいるわたし自身の自分史を語ることから、その時代がどんな時代だったのかを考えてみたいのです。
ですから、稀代の天才歌手・島津亜矢さんに思いを持たれ、結集されているみなさんには申し訳ないのですが、これからもフィレオ―様の感じ方にそぐわない記事を書くことになってしまうと思います。
たとえば、フィレオ―様が絶賛されている「I WILL ALWAYS LOVE YOU」にしても、わたしはあれぐらいの歌唱力は島津亜矢さんなら当然と思っていまして、むしろ、彼女の歌はホイットニー・ヒューストンがオリジナルのように聴こえてしまい、ホイットニーもまたカバーであることから、あの歌のもっと先のオリジナルのたましいを島津亜矢さんならわたしたちに教えてくれるような気がするのです。「SINGER2」では本格的なR&Bのオリジナル「WHEN A MAN LOVES A WOMAN」を見事に歌われていて、背筋がぞくっとします。ちなみにこの歌は私の青春時代に大阪南の心斎橋のレコード店やラジオからよく流れてきたものです。わたしにとってはそのことがとても大切なメモリーとしてあり、この曲についても「帰らんちゃよか」のようなことを書いてしまうと思います。どうかご容赦ください。

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