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2013.07.15 Mon 街頭募金と参議院選挙と若者と

 「なぜ障害者だけを支援するのですか?」
 その若者はするどい視線でわたしに言いました。

 7月13日の土曜日、被災障害者支援の募金活動に参加するため、大阪なんばの高島屋に行きました。
 何回かこのブログに書いていますが、わたしは東日本大震災をきっかけに、以前からつながりのあったNPO法人「ゆめ風基金」で週に3日働いています。「ゆめ風基金」は阪神淡路大震災を機に自然災害で被災した障害者支援のために設立された基金団体で、全国の障害者運動のネットワークに加えて永六輔さん、小室等さんなど数多くの方々が広く呼びかけてくださることで寄せられた基金を活用し、公的な支援がおよばない被災障害者の生活支援や活動の場の復興支援を続けてきました。
 東日本大震災においても障害者救援本部を設立し、いち早くスタッフが現地に入り、数多くのボランティアの応援をいただきながら被災地の障害者とともに支援センターを立ち上げました。現在は障害者の生きる場・働く場の復興とともに、障害者が地域の中で暮らしていくための生活介護や雇用の拠点づくりを支援しています。
 募金活動は2011年3月から、支援資金づくりのひとつとしてつづけられてきました。

「今回の震災で犠牲になった障害者は健全者の2倍に達したとマスコミ各社が報道しています。実際は3倍とも4倍ともいわれていますが、災害発生の混乱の中でどうしても残されてしまう人々、逃げ遅れてしまう人々が障害者なんです。
 なんとか助かった障害者も一般避難所は車いすを利用する障害者が居られる状態ではなく、また環境になじめない知的障害といわれる障害者は『うるさい』といわれ、避難所を出ていくしかなかった事実がたくさんあります。
こんな時こそ助け合おうとするひとたちがたくさんいる一方で、『障害者どころではない』と言い切る人たちもまた、たくさんいるのが現実です。
 わたしたちは、一般避難所で心を固くしている障害者への支援と、避難所から排除されたひとたちの安否確認と救援物資を届けることから始めました。日常生活支援の施設に通っていたひとたちはその施設が避難所になっていましたし、親戚を頼って避難している障害者も数多く、いろいろな人たちの小さな情報を寄せ集めてそのひとたちの居場所を探し、救援物資を届けながらひとびとが困っていることを共有し、一緒になって解決していくという、個別支援を基本に活動してきました。それは大災害がもたらした困難な現実は数字や地理でだけでは語れず、障害者と言っても震災以前の困難な状況もさまざまで、その人その人、ひとりひとりちがうからです。
 ですからわたしたちは、被災された方すべてのひとを視野に入れながら、もっとも困難な状況におかれている障害者を支援しているのです。」
 わたしがゆめ風基金と障害者ネットワークが続けてきた支援活動とその思いを話すと、「よくわかりました」と言ってくれました。
 「募金するのは簡単なことだけど、何も知らずに募金しても意味がないと思うんです」。
 Tシャツとジーンズのその若者は、何の後ろ盾もなく自分たちの肉声だけをたよりに訴えるわたしたちの姿と、ゆめ風基金が作成したパネルを熱心に見た後に質問してきたのですが、話し終えた後はゆめ風基金の活動に共感してくれたようでした。
 「障害者のことはよくわかりました。ぼくは参議院選挙の街頭演説を聴きに来たんですけど、あなたたちは今度の選挙の争点となっている問題についてどんな考えを持ってるんですか?」
 「わたし個人の考えしか言えませんが、それでもいいですか?」と聞くと、「それがいいんです。あなたがどう考えているのかが大事なんです」と、その若者は言いました。
 「わかりました。いろいろな考えがあるのでしょうが、わたしは日本の農業が大規模集約化され、それでもアメリカなどの大規模生産品に淘汰されてしまう危険があるTPPに反対です。次の世代どころではない地球の未来に取り返しのつかない負の遺産となってしまった原子力発電はすぐにやめないといけないと思います。いま超人気のアベノミクスも、結局はグローバル企業への優遇策としか思えず、毎年3万人のひとが自殺し、非正規雇用数が4割にせまり、生活保護世帯が急増する社会の構造を根本的に解決する方向ではないように思っています。生活保護を求める人々にその原因を押し付け、申請ができないまま追い詰められていくひとびとを放置するような国家は、多くの国民を見捨てようとしているように思います。その中に当然、障害者とその仲間たちも入っているのではないでしょうか。それがねたみによるところも多いといわれるヘイトスピーチを生み、助け合うのではなく見張りあう世の中をつくっているように思います。ですが、わたしはその考えに近い特定の政党やグループを支持しているわけではなく、いつも選挙で自分の考えを表現できる投票ができなくて困っています」。
 と話している間に、彼はくしゃくしゃになった一万円札をわたしに差し出しました。
「こんな大金でなくて…」と言いかけると、決して彼の暮らしがそんなに言いようには思えませんでしたが、「一万円なんか大したことないんですよ。それぞれちがったところにいてちがった暮らしをしていても、つながっていることが大切だと思うので」と募金してくれました。
 そして、「わたしが応援している〇〇さんのユーチューブを見てほしいです。投票してほしいといっているわけではありません。あなたともつながっていることを知ってほしいだけです」と、青年はいいました。
 わたしは「そのひとはわたしの頭にはなかったけれど、あなたが応援しているひとなら、ユーチューブを見た上でわたしは多分、そのひとに投票すると思います。わたしはこの街頭募金と同じように、だれかの肉声をもっとも大切にしたいと思っています」と答えると、投票するしないはあなたの自由ですから、それよりもつながっていることを知ってもらえたいといい、去っていきました。
 わたしは20代の若者とそんな話ができたことを、ほんとうにうれしく思いました。ほんとうはわたしたち老人が若者に話しかけるべきかもしれないわけで、「ああ、最近そんな話をしなくなったな」とつくづく思いました。
人間が生身の体を持つ限り、肉声のよびかけや、体を全身使う身体表現が大切な伝言であったりすることには変わりがないと思います。時代が猛スピードでバーチャル化する今、かえって原初的ともいえるフリーハンドで自由な肉声が、想像力という燃料の働きではるかに遠くのひとに伝わる場合もあることをあらためて感じた出来事でした。

中島みゆき「世情」
今回の記事に合う歌を考えると、やはり中島みゆきの歌かなと思い、この歌をふくむ3曲を紹介しました。
この歌は「金八先生」で流れた歌でもあります。「時の流れを止めて変わらない夢を見る」ことから「変わらない夢を流れに求めて」、それが今の私の心情にぴったりします。

中島みゆき「異国」
もっとも暗いといわれるこの時代のの中でも極め付けの一曲です。しかしながら、東日本大震災から2年4か月が過ぎたいま、被災地の、特に福島の人々の悲しみと怒りはわたしたちに想像もできないところにまで来ているのではないでしょうか。この歌を改めて聴くと、つくづくそう思います。

ファイト!( ペンネーム:「私だって高校行きたかった」に捧げる唄 )
実は3曲目は島津亜矢の歌う「山河」にしたかったのですが、今回は中島みゆきに統一し、今は亡き広島の障害者・木下さんにささげようと思います。木下さんは惜しくも2000年に亡くなるまで、広島の地方都市から世界を見つめながら障害者運動をけん引してきたひとで、彼が生きていて東日本大震災を経た日本の社会をどう見てどう行動するのかと思うと、彼に限らず日本の障害者運動を支えてきた数多くの先輩たちの見た夢もまた、生き残っているわたしたちが見続けなければならない夢の一つなのだと思います。この歌は木下さんの愛唱歌で、お別れの会ではずっとこの歌が流れていました。
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