ホーム > 音楽 > 島津亜矢 > 鳥羽一郎と島津亜矢「BS日本のうた」2

2013.04.15 Mon 鳥羽一郎と島津亜矢「BS日本のうた」2

 4月14日の「BS日本のうた」のスペシャルステージは、ほんとうにすばらしいステージでした。今回のステージは収録日に会場でお聞きになった方々の絶賛の報告が次々と届き、だいたいは想像できるところもあったのですが、やはり実際に番組を観ると想像とはまったくちがう空気感が画面を通じてビンビンと伝わってきました。
 今までもスペシャルステージでは共演する二人の歌手の魅力を越えたステージになることがしばしばあり、それがこの企画の狙いどころであるはずなのですが、一方でそれはいつもあることでもないのも現実で、今回のステージでは久しぶりに音楽の女神・ミューズが舞い降りたと言えます。
 わたしは島津亜矢ファン歴が短く、北島三郎、吉幾三、秋川雅史とのスペシャルステージはYouTubeでしか見ることができませんが、2010年の布施明とのスペシャルステージは格別のものでした。後日にその収録日が星野哲郎の通夜の日であったことを知り、納得したのですが、布施明が黒のネクタイをしめ、少し長めのトークでそれとなく島津亜矢をはげましながら「マイ・ウェイ」を歌い、島津亜矢が泣きながら聴き入っていたシーンは忘れることができません。
 今回のステージがそれ以上の感動をもたらした一番の理由は、鳥羽一郎の素晴らしさにあったと思います。まずは星野哲郎が作詞した「兄弟船」、「出世坂」、「演歌船」の3曲を歌いましたが、この時点で鳥羽一郎のこのステージへの姿勢がはっきりと現われていました。それは二人の恩師・星野哲郎への深い思いとともに、島津亜矢を単なる共演者ではなく、いわば志を共にする同志として愛おしんでいたことにあります。
 さらに言えば、2年半前にこの世を去った星野哲郎に、最後の愛弟子であった島津亜矢の進化した姿を、会場のお客さんとテレビで番組を見守るわたしたちとともに観てもらいたいという願いすら感じました。
 実際、そのように思うと歌の順番もあえて先輩である鳥羽一郎から歌いはじめたことも、とつとつとしながらも歌の紹介に力が入っていたことも、島津亜矢が歌う間ずっと微笑み、うなずき、時には小さな拍手をし、「恐れ入りました」とお辞儀をしたことも、(ライブでは何度も島津亜矢への賛辞を送っていたらしいことも)納得がいくのです。そしてなによりも二人がキーを変えずに3曲も歌ったこと、それもおそらく鳥羽一郎の方がよりキーを変えていたらしいことも納得できるのです。
 島津亜矢の今までの努力と持って生まれた才能を、おそらく北島三郎もそうであるように鳥羽一郎もまたひそやかに見守ってきたひとりであることがよくわかりました。そして、星野哲郎が託したであろう見果てぬ夢をひとつずつすくい上げ、日々精進する島津亜矢の未来の姿を、星野哲郎とともに目を細めながら観ていたのだと思います。録画したものを何度も観れば観るほど鳥羽一郎の気持ちが伝わってきて、わたしは思わず涙を流してしまいました。
 まちがいなく、あのステージにいたのは鳥羽一郎と島津亜矢だけではなく、音楽の神・ミューズにいざなわれて星野哲郎が鳥羽一郎の心の中に舞い降り、二人はずっと島津亜矢の歌を聴いていたのだと思えてなりません。
 そして、島津亜矢もまた鳥羽一郎の中に星野哲郎を感じていたのだと思います。
彼女はここ数年、間口もより広く奥行もより深い歌の境地を切り開いています。そして、芝居の経験も加わったからでしょうか、テレビ出演の時に以前は時々感じられた緊張がほぐれ、とてもしなやかで美しくなってきました。
そんな彼女が今は亡き星野哲郎に少しでも成長した自分を見てもらい、歌の軌跡を聴いてもらおうとしているように感じました。
 鳥羽一郎が島津亜矢の魅力を最大限に引き出すプロデューサーに徹していたとするなら、島津亜矢もまた鳥羽一郎の度量の広さと深い思いに感謝し、精いっぱいの歌唱を鳥羽一郎と星野哲郎にささげた40分間のステージは、二人のファンのみならず数多くの方々の心をふるわせたにちがいありません。
 ちなみに、わたしの妻は島津亜矢の実力は認めてはいるものの、何かにつけて島津亜矢の話題が多いわたしに辟易している感があるのですが、この日ばかりは番組終了とともに2階に駆け上がり、一人で別に観ていたわたしに「よかったね。すごかったね。」と言ってくれました。わたしは即座に、「あれは鳥羽一郎のおかげやね。彼が歌い手でありながら島津亜矢をプロデュースし、彼女が一番魅力的になる演出までしたんやと思う」と答えていました。

 すでに紙面がつき、このステージで歌われた歌について次回に書いてみようと思っていますが、その中で今回は「出世坂」にだけ触れてみたいと思います。
 実はわたしは星野哲郎が島津亜矢のデビュー時になぜ時代錯誤とも思える「袴をはいた渡り鳥」と「出世坂」を提供したのか、疑問に感じていましたが、その疑問は今回のステージで吹っ飛んでしまいました。
今回、島津亜矢が歌いなおした「出世坂」はデビュー当時よりもさらに時代錯誤的なはずなのですが、はじめてその歌詞が心に染みました。そして今の混迷した時代にこそあらためて必要とされる歌であると強く感じました。
 1962年・畠山みどりの「出世街道」、1964年・水前寺清子の「涙を抱いた渡り鳥」、1986年・島津亜矢の「袴をはいた渡り鳥」、1987年・「出世坂」と並べてみると、なにか星野哲郎の歌に賭ける思いの連鎖を感じます。
 また水前寺清子のデビュー曲「涙を抱いた渡り鳥」は、畠山のクラウン移籍第1弾シングル曲「袴を履いた渡り鳥」として用意されていたものだったのが、畠山みどりの移籍が取り止めになり、急遽水前寺清子が歌うことになったのだそうです。
 このエピソードからも、星野哲郎は「袴をはいた渡り鳥」と「出世坂」を並々ならぬ情熱と愛情をもって、最後の愛弟子であった島津亜矢に手渡したことが伝わってきます。
 そして思い返せばこれらの歌にとどまらず、「大器晩成」や「温故知新」など数々の歌は島津亜矢自身に贈った人生の応援歌で、彼女がもし何かで行き詰るようなことがあった時はこれらの歌に立ち返り、また勇気をもって立ち上ってほしいという切なる願いとやさしい愛にあふれたもう一つの故郷として、星野哲郎が島津亜矢に残したものであることも・・・。

このステージの模様がすでに上がっています。すぐに削除されると思いますので、見逃した方はお早めに。
島津亜矢「出世坂」

鳥羽一郎・島津亜矢「演歌坂」
関連記事

web拍手 by FC2

Comments

name
comment
MORI : URL BS館林放送

2013.04.16 Tue 09:15

tunehiko様、おはようございます。
私も放送日を心待ちにしておりました。
いくら生で観覧したとはいえ、やはりテレビで見るのも楽しみです。
細かいことを言えば多少カットされた部分もありましたが、そんなものは大したことではありませんでした。
tunehiko様もご覧になられて感じられたとおりです。
そして鳥羽一郎さんの心くばり、おっしゃるとおりだと思います。
多くの先輩方に可愛がられて亜矢姫も幸せですが、それも亜矢姫の人柄あってのことだと思います。
次のお相手はどなたでしょうか。

今度の日曜日北九州でのど自慢です。
新曲「縁」を生で聴いてこようと思っています。

tunehiko : URL ありがとうございます。

2013.04.17 Wed 09:13

MORI様
早速のコメントありがとうございました。
またホームページでご紹介していただき、いつもいつも感謝しています。
 今回のステージはほんとうにすばらしいものでしたね。いつまでも心に残ります。あれ以来、本文でも書きましたが、苦手だった「出世坂」をいつのまにか口ずさんでいます。
 コンサートも充実した内容のようで、とくに「山河」は早く生で聴きたいです。大阪には秋ごろにあるみたいですが。
この流れでもしかすると次のスペシャルステージは・・・?
大いに期待できそうです。

comment form

Trackback

FC2Blog User

  1. Trackback