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2013.04.11 Thu 鳥羽一郎と島津亜矢「BS日本のうた」1

 いよいよ今度の日曜日、島津亜矢が鳥羽一郎と共演する「BS日本のうた」の放送日まであと少しになりました。収録日に参加された数多くの方々がその模様を報告されていて、すばらしいステージになったと聞いています。昨年に引きつづき、大阪新歌舞伎座の座長公演が彼女にどんな進化をもたらしたのか、そして彼女の天賦の才能はどこまでわたしたちを連れて行ってくれるのか、その片鱗を垣間見るステージを心待ちにしています。

兄弟船 鳥羽一郎
出世坂 島津亜矢
演歌船 二人
弟よ 鳥羽一郎
かもめはかもめ 島津亜矢
みだれ髪 二人
無法松の一生(度胸千両入り) 二人
八重~会津の花一輪~ 島津亜矢
旅枕 鳥羽一郎
風雪流れ旅 二人

 歌のリストを見ると刺激的なラインナップで、この場に立ち会われた方々の賞賛は単に島津亜矢と鳥羽一郎の魅力もさることながら、久しぶりにスペシャルステージにふさわしい演出にもあることが想像できます。
 放送を聴いてからも報告したいと思いますが、その前に一人でも多くの方にこの番組を観ていただきたいという願いを込めて、書いてみたいと思います。

 鳥羽一郎と島津亜矢といえば北島三郎、船村徹とともに星野哲郎の存在があります。わたし自身は青春時代に寺山修司に教えてもらった星野哲郎の演歌で悶々とした日々をなぐさめたり、革命歌「インターナショナル」と星野哲郎の演歌とどちらが革命的かと、支離滅裂な議論を当時の学生運動の闘士にふっかけたりした、今ではとても恥ずかしくもほろ苦い思い出がよみがえります。
 実際、その頃のわたしは大学紛争や70年安保闘争など騒然とした街のただ中で、まるで自分のまわり1平方メートル四方の沈黙の荒野にたったひとり、どんなに声をはりあげても誰にも届かない孤独を持て余していました。
 朝の6時にJR吹田駅のすぐそばにあったアパートの大きな窓を開けると、まだ蒸気機関車が黒い煙を吐き出していました。タンスもなく段ボールに押し込んだ湿っぽい服を着て大阪駅に着くと、よく家出少年と間違えられたり「兄ちゃん、ええ仕事があるで」と声をかけられたりしました。地下鉄に乗って御堂筋線本町駅から東に歩き、ある繊維会社のビルの地下2階の小さな部屋で着替えをすませ、箒と塵取りとモップとバケツを持って掃除をしました。
 高校卒業から3年間、こうしてわたしは動乱の時代をビルの清掃とサルトルの「存在と無」と、仕事が終わり心斎橋をぶらついた後、梅田の歓楽街にあったいかがわしいお店「オーゴーゴー」で酒も飲まずただコーヒー一杯で何時間もすごしました。ビートルズやローリングストーンズがガンガンかかり、同じ世代の男女が抱きあい、踊っているのをぼんやり眺めていました。このお店に入り浸る若者もまた、大学紛争のただ中にいる若者たちと同じ激動の時代にたしかに生きていることを感じる一方、わたしは彼らともなじめない自分を感じていました。
 パチンコ屋の前を通ると、そんな自意識過剰なわたしの心を応援してくれるように畠山みどりが「やるぞみておれ、口には出さず」と歌い、「俺の目を見ろ、なんにも言うな」と北島三郎が歌っていました。やがてすぐに、寺山修司のエッセイからこれらの歌が星野哲郎の作詞であることを知りました。寺山が「巷の詩人」と呼び、「歌手という肉体をメディアにした現代詩人」と羨望を交えてほめたたえた星野哲郎の歌は、学生運動や反戦運動の若者にもインドへと向かうヒッピーの若者にもなれないわたしの心のひだに染み込んだのでした。そのメッセージは「ありのままのわたしを受け入れること」であり、「思いまどう、ゆえに我あり」という青春のエールであり、思想でもありました。
 実際のところ、星野哲郎が最後の愛弟子・島津亜矢に残した歌の中で、世の中的にはヒット曲といえるのは数少ないかも知れません。しかしながら、時代のメッセージを巷の路地と心のひだで奏でる人生の応援歌をつくってきた星野哲郎の晩年の名曲のほとんどを、島津亜矢に残してくれたことはまちがいないのではないでしょうか。
 世が世であればその中のいくつかの歌は大ヒットになったにちがいないこれらの歌は、島津亜矢によって歌い続けられ、歌いなおされ、歌い継がれることで、早すぎた名曲として後世に残るにちがいありません。
 今回のステージにおいても、「兄弟船」、「出世坂」、「演歌船」、「みだれ髪」、そして「風雪ながれ旅」と星野哲郎の歌が半分をしめていて、トークでも在りし日の星野哲郎のエピソードが語られることでしょう。
 阿久悠とともに現代演歌のメインストリームを駆け抜けた星野哲郎の世界、人間・星野哲郎、詩人・星野哲郎を、鳥羽一郎と島津亜矢が再発見させてくれることでしょう。
 そしてもうひとつ、わたしの関心は「かもめはかもめ」にあります。今までも「地上の星」など中島みゆきの曲を少なからず歌ってきて、今年の1月6日には同じ「BS日本のうた」で「時代」を歌ってくれました。あれからまだ月日がたたないのに、稀代のシンガーソングライター・中島みゆきの歌をまた聴けるとは思いませんでした。わたしは島津亜矢が切り開く新しい演歌、新しい歌謡曲の時代の到来を夢見ているのですが、その新しい時代にふさわしい島津亜矢のオリジナル曲は今の演歌のジャンルの作り手だけではなく、中島みゆきや小椋佳、井上陽水、桑田佳祐、「いきものがかり」の水野良樹などに参加してほしいと切に願っています。その想いを込めて、島津亜矢の「かもめはかもめ」がどんな新しい風景をわたしたちに見せてくれるのか、とても楽しみです。

BS日本のうた
4月14日(日) BSプレミアム 19:30~20:59
スペシャルステージは20時20分から始まります。

再放送 4月20日(土) BSプレミアム 12:00~13:29
再放送 4月26日(金) BSプレミアム 16:30~17:59

鳥羽一郎「兄弟船」
敬意を表して、鳥羽一郎の「兄弟船」をとりあげましたが、このひとの若い時は北島三郎の若い時とよく似ていて、何度も書きますがエルビスを思わせる不敵で透きとおった「神の声」を持っていて、以前から好きな歌手でした。「波の谷間に 命の花が ふたつ並んで 咲いている」ではじまるこの歌詞を船村徹が絶賛していたのを思い出します。東日本大震災の時は放送局から自粛されたみたいですが、星野哲郎も鳥羽一郎も海の怖さをよく知っていて、この歌は被災した漁師の人たちからのリクエストもあったと聞きます。

島津亜矢「出世坂」
十六歳の島津亜矢の貴重な映像です。わたしは実は最初にCDに収録されたこの曲を聴き、コブシをきかした、いわゆる演歌らしい歌唱に若さと歌のうまさは感じましたが、この歌唱のままでは今の島津亜矢は生まれなかったのではないかと思っていました。最近、菅原洋一がよく出演していますが、80歳の彼の歌唱は鬼気迫ると言っていい並々ならぬボイストレーニングを感じますが、島津亜矢も若い時の勢いのある、のどを使う声からどんどんとよけいな癖をなくし、ナチュラルで透明な声なのにきちんとコブシのきいた演歌を歌える声を獲得する努力を陰ながらしているのではないかと思います。
ところで、この貴重な映像からはCDの歌唱とは全然ちがって余計なコブシはなく、16歳の若さでメリハリのついた丁寧な歌唱力をすでに身に着けていたことがわかり、びっくりします。ほんとうに島津亜矢という人はただ単に年を経てビッグになってきたというよりは、若い時にもたくさんの引き出しを持った懐の深い歌手であったことをあらためて感じます。ひとつの面だけで語ってしまうとあとからしっぺ返しがきて、後悔するはめになりますね。
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