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2013.02.17 Sun 島津亜矢とアフリカ音楽

 20日の新歌舞伎座のチケットをとってしまいました。
 3月4日のラストステージだけと思っていたのですが、行かれた方々の感想を読んでいるといたたまれなくなりました。わたしがいつも利用しているピアはもう終わっていますので、劇場に電話しました。もうチケットを送る日数がないので、当日引き換えということで電話予約できました。
 せっかく地元の新歌舞伎座公演なので、できればもう一日と思いつつがまんしようと決めていたのですが、わくわくする報告にこれでは仕事も手につかないなと自分と妻を説得したというわけです。
 そんなわけで、このブログもしばらくはまた島津亜矢特集になってしまいますが、島津亜矢にご興味もない方もある方も、つきあっていただければ幸いです。
 ほんとうは「BS日本のうた7」のアルバムの中から、「釜山港へ帰れ」について書くつもりだったのですが、新歌舞伎座特集の後にすることにしました。
 「BS日本のうた7」はほんとうに興味深いアルバムで、とくにかなり以前に歌ったり録音したものを歌いなおしたと思われる楽曲が数多く、過去のものと聴き比べる楽しみがあります。「釜山港へ帰れ」、「哀愁列車」、「シクラメンのかほり」、「函館山から」、「兄弟仁義」、「リンゴ追分」、「浪花節だよ人生は」、「京都から博多まで」、「マイ・ウェイ」、「心もよう」、「遠くへ行きたい」、「襟裳岬」、「夫婦春秋」の13曲が新しく録音されたのではないかと思うのですが(ちがっていたらごめんなさい)、どの曲についてもひとつずつ記事を書きたくなります。
 演歌とかポップスとか、そんな区別をしてしまうことがどれだけむなしいことかと、あらためて思います。素晴らしいことかぎりなく、もし演歌というものに抵抗感があるひとでも、たとえばアフリカの民族音楽なら抵抗がない方であれば、一度は聴いてみる価値があるのではないでしょうか。
 これらの楽曲を歌う彼女はもう何度も書いていますが単なるカバーでは終わりません。よくオリジナルを越えられないとか越えているとかいわれますが、そんな論議は彼女の歌には無用です。
 かといってオリジナルの歌唱を壊し、「個性」というごまかしでこじんまりとまとめることもまた、彼女は絶対にしないのです。あくまでもオリジナルを尊敬し、その歌と歌うひとの心の彼方へと自分の心を運び、まるで巫女に霊が降りるように、何年も何十年も、時には何百年も星屑のように浮遊していた数々の名曲が彼女の心とからだを通り、いま蘇るのです。
 もっとも、ファンというのは自分勝手なものと自覚しながらも、それゆえに少し不満もまたあります。彼女ほどの才能と努力からすれば、「マイ・ウェイ」や最近また話題になっている「I Will Always Love You」などの世界の名曲を見事に歌うことができるのはあたりまえなのですが、たとえば最近よく歌っている「テネシーワルツ」や「スワニー」などは、江利チエミや雪村いずみをオリジナルとしているのではないかと思えるのですが、江利チエミの「テネシーワルツ」のオリジナルはパティー・ページで、パティー・ページもまたカバーで、しかも日本語の歌詞は元歌とはかなりちがいます。わたしは元歌の、恋人をとられてしまうストーリーのほうが好きです。 そのあたりで、彼女が「お手本」とする先にもっとディープなオリジナルがあるのになと思ってしまうのです。
わたしの他にも似たような感想をお持ちの方もいらっしゃるようです。島津亜矢ファンの方々の掲示板サイト「亜矢姫倶楽部」の管理人KMさんが紹介されているmuraoka氏は「彼女の歌には黒っぽい感性がある、まさにソウルシンガーなのである。」と書いています。「島津亜矢ライブを観て」というこの方の感想を読むと、ずいぶん以前に書かれたものですが、島津亜矢の音楽性と可能性を的確にとらえておられて、わたしもまったく同感です。
 ただ、わたしもまた彼女の才能が「演歌」というジャンルにとどまらないと思う一方、彼女が歌う「演歌」の底にアフリカの民族音楽と、その果てにあるジャズやブルースと通底する地下水が流れていると思っています。ですから逆説的に言えば「I Will Always Love You」よりも、たとえば「函館山から」や「海鳴りの詩」こそが島津亜矢のワールドミュージックであるのかも知れません。

 というのも、先日から始まったNHK・Eテレ「スコラ・坂本龍一 音楽の学校 アフリカ音楽」を観ていて、人類誕生の地ともいわれるアフリカで音楽も誕生したのではないかと強く思ったからでした。
 第一回では広大なアフリカ大陸のかけ離れた集落で、さまざまな民族の宗教行事などで歌われ、奏でられた歌や音楽が共通のリズムを持っていて、それをポリリズム(複数のリズム)と呼ぶのですが、統一したリズムを五線譜にとじこめていく音楽ではなく、同じリズムを遅らせて重ねたり、ちがうリズムを同時に刻みながら高めていくような、ある種の祝祭性を持っているのです。それは奴隷貿易によって南北アメリカにも伝播していったようです。
 人間が誰かに何かを伝えようとしたとき、あるいは「わたしはここにいる」と他者に伝えようと声を出したときにはじめて歌うことをおぼえたのだとしたら、そして森や山や大地や川と、鳥や風がかなでる地球の音楽をまねて歌や音楽を発明したのだとしたら、それは伝わるべくして日本にも伝わったはずで、演歌や民謡や、いろいろな日本的といわれるリズムと音もまた、同じルーツを持っていると思うのです。
 もしそうであるならば、島津亜矢はアフリカの音楽が時代を越え、大海を渡り伝えられた「歌そのもの」を伝える宿命を背負ってしまった稀有の歌手であると確信します。
 muraoka氏やわたしが彼女の音楽をワールドミュージックと感じたり、わたしたちの想像をはるかに超えて、その天賦の才とたゆまぬ努力で音楽的冒険をどこまでやり遂げ、その果てにどんな荒野にわたしたちを連れて行ってくれるかとわくわくしたり、ジャンルを越えた日本のソウルシンガーとしてどんな歌を歌ってくれるのかと期待を膨らませたりするのも、案外見当違いでもまとはずれでもないのかも知れません。
 島津亜矢のアルトサックスのようなテナーサックスのような透きとおる声を聴いていると、そんな気がするのです。

muraoka「島津亜矢ライブを観て」

亜矢姫倶楽部

「パティ・ページ「テネシーワルツ」

島津亜矢「I Will Always Love You」(ラジオ番組「メローな夜」より)
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