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2013.01.18 Fri 島津亜矢の「兄弟仁義」・「BS日本のうた7」その2

 アルバム「BS日本のうた7」の魅力は16曲中13曲が新しく録音され、今の島津亜矢の歌声が聴けるところにあります。2000年の時にすでにひとつの頂に到達していた感がありますが、それから後、いまの島津亜矢にいたるまでの長い年月はちょうどワインが熟成し、複雑な味と香りとふくよかな色気を漂わせるように、彼女の歌がより細やかな感情表現と奥行きの深い豊穣なものへと進化するために必要な年月だったのではないでしょうか。
 実際のところ、このシリーズも7作目になり、行き詰まりがきてもおかしくないはずなのですが、過去に歌った歌がもう一度よみがえり、新しいエネルギーと物語が立ちのぼってくるようで、これからのこのシリーズに新しい楽しみが加わりました。

 収録曲はどれも心にしみるものばかりですが、今回は「兄弟仁義」について書いてみたいと思います。この歌は彼女が慕う北島三郎の1965年の楽曲で、翌年の山下耕作監督による同名の映画ともども大ヒットしました。
 島津亜矢がさまざまなジャンルの歌を歌えることは周知のことで、このアルバムでも多彩な選曲で楽しませてくれますが、その中でも前回取り上げた「函館山から」の対極にあるのは「心もよう」や「シクラメンのかほり」、「マイウェィ」などではなく、案外「兄弟仁義」なのではないかとわたしは思います。
 同じ演歌のジャンルにありながらこの2つの曲は時代背景も語られる物語もまったくちがい、おのずと望まれる歌唱も真逆に近いのではないでしょうか。
 「兄弟仁義」は高度経済成長のさ中、当時流行ったいわゆる「やくざ映画」、「任侠映画」とそのルーツを共にしています。
 一方、「函館山から」は1986年、バブル景気のはじまった年で、その後のバブルの崩壊と今にいたる減速経済を暗示する、寂寥ととりかえしのつかない後悔にあふれた曲です。
 島津亜矢は正反対といえる2つの歌の世界を見事に歌い分けているのですが、とくに「兄弟仁義」は同じ北島三郎の「なみだ船」などとともに恩師・星野哲郎の作詞で、なじみが深く、ファンの方々からも「これこそ島津亜矢」と評価が定まっている分野です。彼女自身、せりふ入りの股旅演歌や歌謡浪曲とともに生き生きと歌っていて、とても気持ちよく聴くことができます。
 若い頃の北島三郎は今とはかなりちがい、不敵さに満ちていて、それが魅力のひとつになっていました。以前に書いたことがありますが、それはちょうどプレスリーの不敵さと似通っていました。両者ともそれを支えていたのは暗闇の海で飛び跳ねる魚の腹の鈍い白光のような、セクシーで挑戦的で野心的で、それでいてどこか無垢なたましいから発せられるような無防備な「声」にありました。星野哲郎はなによりもまず彼の声に惹かれて初期の歌をつくったことでしょう。
 島津亜矢もまた、この歌の不敵さを充分すぎるほど歌える「神の声」を持つ数少ない歌手であることを星野哲郎も北島三郎も早くから見抜いていたのでしょう、彼らが島津亜矢に提供した歌は演歌というだけでは説明できない切実なものがかくれているように思います。
 このアルバムの「兄弟仁義」を聴くと、星野哲郎と北島三郎への彼女の深い尊敬とともに、ひそやかな後継者としての心情と覚悟のようなものが伝わってきて、心打たれます。

 北島三郎の「兄弟仁義」が大ヒットした頃はわたしの青春時代で、何度か書いたことがあるのですが、このアルバムで再度聴き、あの頃の思い出とともに「兄弟仁義」について次回続けて書いてみたいと思います。

島津亜矢「兄弟仁義」(作詞:星野哲郎、作曲:北原じゅん)

北島三郎「兄弟仁義」
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