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2013.01.10 Thu ありがとう、メイ。いっぱい助けてくれたメイ。

 まだ正月も開けていないのに、プライベートな悲しいニュースを書いてしまうことをお許しください。
 わたしたち家族にとってかけがえのない猫だったメイが亡くなりました。

 かれこれ15年、ともに暮らした猫でした。
 彼女はわたしたち夫婦がまだ妻の母親と同居していない時、服部緑地の植物園のすぐそばで、2003年からはわたしたち夫婦も一緒に暮らした家の庭あたりに捨てられていました。
 妻の母親はすでに認知症が始まりかけていて、まだ箕面に住んでいた妻が一週間に一度様子を見に行ったり、ホームヘルパーに来てもらったりしはじめた頃でした。ほんとうのところ、妻の母親の状態を考えたら猫を飼うことはむずかしかったのですが、妻の母親の家は代々猫がいたこともあり、これもなにかの縁ということで飼うことになったのでした。

 昨年の12月中ごろからごはんを食べなくなり、数日様子を見ていたのですが水も飲まなくなり、妻がお医者さんに連れて行き点滴をしてもらい、家では風邪の薬を飲まそうとしたのですが嫌がってまったく受け付けず、そのうちに年末になり、ぎりぎりまで点滴をしてもらい、正月の4日からも毎日お医者さんに診てもらいました。
 ごはんを食べられるようになればと、正月に家に来た息子夫婦が買いに行ってくれた流動食を食べてもらおうとしたのですがやはりまったく受け付けず、これは検査をした方がいいといわれレントゲンを撮ってもらったところ、お腹に腫瘍があり、すぐに手術をしました。
 これでもしかするとよくなっていくのではないかと思ったのですが、9日の午後、わたしは仕事に出ていたのですが、お医者さんが往診に来てくれる少し前に息を引き取ったそうです。この間、何日も病院に行ったりごはんを食べさせようとしたり、すべてを一生懸命してくれた妻から電話がかかってきました。「メイが死んだ」。
 その夜、家に帰ると妻がつくったかわいい棺に横になったメイがいました。ここ数日、ほんとうに痛かったのでしょう、苦しかったのでしょう、けわしくぐったりしていましたが、横たわるメイはとてもやすらかで、いつものひょうきんな表情でした。
 妻は事情を説明しながら号泣し、わたしも泣きながら、ずいぶん前にこの世を去った私の母親の写真と簡単な仏具を置いた棚の前で線香を立て、お祈りをしました。
 「わたしのせいや、わたしがもう少し早く検査してもらい、手術をしておけば」と泣く妻に「15年の間にできた大きな腫瘍だから、命を取り留めたとしても苦しむことになったかもしれないよ」と言って慰めにもならない言葉をつなぎました。

 メイとともに暮らした15年は、わたしにとっても妻にとっても決して平坦な年月ではありませんでした。
 妻の母親は認知症が進み、しばらくしてわたしたちが住む箕面に来てもらうことにしました。
わたしたちは二人とも豊能障害者労働センターで働いていて、箕面で妻の母親と同居できる少し大きな家にわたしたちも引越しました。そのときにもちろん、メイも連れてきました。むかしはよく猫は住み慣れた家を離れないといいましたが、メイはとびっきり人懐っこい猫で、新しい家を楽しんでいました。
 2003年の暮れ、わたしは豊能障害者労働センターをやめることになりました。「家に帰りたい」という妻の母親の願いもあり、今度はわたしたちもいっしょに母親の家に住むことになりました。そして、メイもまた妻の母親の家に帰りました。
 わたしはそれから3年、関連の障害者団体で働いたのですが、心の均衡をなくしてうつ病になってしまい、家で妻が開いたリサイクルショップを手伝っている間に、ふたたび豊能障害者労働センターの手伝いをへて、2011年3月からは東日本大震災の被災障害者の支援活動団体である「ゆめ風基金」のアルバイトをして今に至っています。
 「函館山から」ではありませんが、心ならずも他人の心を傷つけ、自分も傷つきながら必死にやってきた若い頃を振り返り、すでに年老いた体に残されているかも知れない瑞々しい心をみつめ、おそるおそる歩き始めた15年でした。
 その15年をともに過ごし、いつも見守ってくれたのがメイでした。
 わたしがうつになり、何日も眠れなくなってしまった時、わたしの枕元でいつも心配そうに見守ってくれたことを、わたしは決して忘れません。
 メイはほんとうにやさしくかしこい猫で、それ以外にも何度も、妻が風邪をひいたりして寝込むと妻の枕元に、妻の母親が調子悪い時もと、家族の一員としてほんとうに心配してくれました。
 ふつうの時は妻と仲良しで、寝る時いつも最後は妻のふとんの足元に入り込み、朝には妻の枕元で「早く起きて」といわんばかりにうろうろするのでした。
 冬にコタツに入り、暑くなるとたたみの上で仰向けになっていたり、最近は床カーペットの上で寝ていたりと、いつもまず暖かくて、それでいてわたしたちがいるところにべったりと寄り添うようにいました。

 猫の15才といえば人間の76才に当たるそうです。ですから、メイの15年は子どもから大人に、そしていつのまにかわたしたちよりも年上になり、わたしと妻と母親をずっと見守ってくれていたのでした。こんなあたりまえのことがわからずに、ずっと子猫のままのような気がして、もう少し気をつけてあげたらよかったと後悔します。
 メイがいてくれたおかげでこの15年を生きてこられたことに感謝しています。そして、メイもまた、妻というとびきりの親友を得て、しあわせな生涯であったにちがいありません。
能勢に引っ越して1年半、人生の最後の時になるかも知れない大切な年月をこの地で、わたしたちがまた新しい暮らしを始めるところまで、彼女は見守ってくれたのだと思います。
 もし、天国というものがあるとすれば、メイは天国に行ったことでしょう。残されたわたしたちに、「一生懸命生きていってね、なかよくね」といいながら、わたしたちとおわかれしたことでしょう。
 わたしたちもまた、「ありがとう、いっぱい助けてくれて」と、冷たくなったメイの顔をさすりながら言いました。
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