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2012.11.10 Sat 桑名正博コンサート「風の華’91」

 1991年のはじめ、わたしは再度コンサートのお願いをするため、桑名正博さんの新しい事務所に行きました。
 昨年、「来年またここで会おう」といってくれた桑名さんでしたが、すでに大阪を拠点にした活動がはじまっていましたから、ほんとうのところは実現するのかわかりませんでした。わたしたちとしても昨年のように、いや昨年以上の準備と運営ができるのか不安もありました。
 事務所に行くと、マネージャーをはじめ数人のスタッフの方々が対応してくださいました。「桑名本人から、箕面のチャリティーのことは聞いています。依頼があれば受けるようにと言われていました。今年も応援できると思います」。
 その席上、あるスタッフの方は「箕面市民会館はむずかしい会場ですね。プロは使わないでしょうね」と話されました。やはり交通アクセスの問題で、この会場に1000人のお客さんに来てもらうのはとても大変なことなのだとあらためて思いました。
 わたしたちは昨年の準備に加えてさらに多くの人々に働きかけ、豊能障害者労働センターの機関紙「積木」でも特集号を発行しました。
 いざ当日になるとわたしたちの予想をはるかに上回り、1350人のお客さんがつめかけ、会場は超満員になりました。結局、立ち見のお客さんが400人にもなり怒られましたが、事故もなく無事に終わりました。
 ステージは桑名さん、小島さんにくわえてブルースハープの妹尾隆一郎さんとのトリオで、昨年以上のアコスティックライブとなりました。また、ゲストにギターリストの原田喧太さんとボーカルの鬼頭径五さんが来てくれました。
 わたしはこのコンサートの報告を豊能障害者労働センター機関紙「積木」に書きました。

コンサート風の華メモリーズ
1991年8月29日発行、豊能障害者労働センター機関紙「積木」49号より

ありがとう!桑名正博さん
ありがとう!1350人のあなた
桑名正博コンサート「風の華’91」

ランプの光がいくつもの影と時を映し出すように
ひとつの歌にはいくつもの歌がかくれている

 桑名正博さん、1年後に箕面市民会館に現れたあなたの姿を見たとき、せつないものがこみあげてくるのを感じずにはいられませんでした。
 1年前はあなたの姿も歌も、ただただまぶしかった。
 仕事に追いまくられる僕たちですが、あれからでも何回かコンサートやライブであなたの歌を聴いているのに、小島さんのピアノと妹尾さんのブルースハープに誘い込まれるように登場したあなたの姿をなつかしく感じたのでした。
 それは1年前に船出したぼくたちの心がそのまま、自分自身への何通もの手紙をたずさえて帰ってきたような、不思議ななつかしさでした。

愛の軌跡をあきらめた 男と女が抱きあえば
やすらぐ身体のその奥で ざわめく生命がよみがえる
黄金色の陽が昇る 涙を見せてる女
はるかな世界へほほえみ おまえを見送るはずさ

捨てながら行きな そこからがパラダイス
捨てながら行きな そこからがパラダイス
(桑名正博「そこからがパラダイス」)

 結晶となった何億粒の涙が鍵盤をたたくようなはげしさを持った小島良喜のピアノは、結晶になるまえの涙の記憶をたぐりよせるように、ひとつひとつのちがった歌を歌っていた。ボーカルにすべりこむようにぼくたちの心のひだをふわせる妹尾隆一郎のハーモニカもまた、浮かんでは消えていく歌のかけらたちを、いとおしくすくい上げていた。
 そして、ひとつの歌のなでいくつものせつなさといくつものわかれといくつもの死といくつもの歌をたぐりよせる桑名正博のボーカルとギターは、それでもゆれる時のランプが映し出すはるかな海を夢見ていた。
 歌を作り出し、歌う人もまたこの時代のこすれあう心の音を聴いているのだとしたら、それを聴くぼくたちもまた同じ時代をちがう場所で、同じ場所でちがった思いで、こすれあう心を生きているのだと思います。

 誰もがあたりまえにくらせる街、一粒のなみだがこの街にしみこんで、やがてキラキラかがやく陽ざしを浴びながら無数の花を咲かせる一瞬を夢見て、いくつもの夜をこえてきたぼくたち。
 死んでいった人たちもいる。別れていった人たちは数え切れない。出会いを数える人生があれば、さよならを数える人生もまた、たしかにある。別れていった人たちの夢のひとつひとつ、それらの夢はぼくたちの心の暗室の床に散らばったまま現像されるのを待っている。
 桑名さんのバラードを聴くたびぼくたちがかられるせつなさは、どこまでも続くらせん階段を時速200キロで突っ走るぼくたちがふと立ち止まりはるか下を見おろした時、置き忘れてきたそれらの夢が影絵のようにゆらめいているのに胸が熱くなる、そんか切なさなのです。

つばさがあっても 飛べる空がない
飼い殺しのような この国で2人が
ぬけだしたはずの デカダンスという場所は
いまはもうかくれ家としても 役にたたぬ
(鬼頭径五「Looking For The Answer」)

 鬼頭径五さんと原田喧太さんの音楽と出会えたことも、桑名さんに感謝します。はじめて聴いた鬼頭さんの歌には、石ころや粘土がころがった荒野、だが決して寒くはない荒野が広がっていくのを感じました。とくに最初に歌ってくれたこの歌が大好きになりました。

 桑名正博さん、今年もわたしたちのためにすてきなコンサートを開いてくださって、ほんとうにありがとうございました。
 新聞を見てくださったレストラン・フレンドリーの春田部長さんのお取り計らいで、フレンドリーより50万円の現金と50万円の食事券を寄付してくれることになったと直接電話をいただいたこと。
 「青春を負けないで」の歌の途中、春田さんから豊能障害者労働センターの小泉祥一さんに寄付金が手渡されたとき、桑名さんが流してくれた涙。
 ほんとうにありがとう、桑名正博さん、小島良喜さん、妹尾隆一郎さん、鬼頭径五さん、原田喧太さん、ほんとうにありがとう。そして、来てくれた1350人のみなさん。
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