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2012.11.04 Sun タッキー816みのおエフエムに出演しました。桑名正博「コンサート風の華」

 このブログを読んでくださっている方々の中には島津亜矢さんのファンの方々がたくさんおられ、いつも応援してくださりとても感謝しています。
 ここしばらく豊能障害者労働センターの恩人のひとりである桑名正博さんが亡くなり、1990年代に豊能障害者労働センターが開催した桑名正博さんのコンサートのことを中心に書いていまして、訪ねてきてくださっても失望されていることと思います。
 もちろん、いまも島津亜矢さんの大ファンで、ライブに行くのは来年の尼崎までお預けですが、それまではアルバム「BS日本のうた」シリーズやDVD、テレビ出演で楽しもうと思っています。できれば、先日発売されたDVDやCDは後回しにして、年代順に聴いていこうと思っています。
 桑名さん関連の記事はあと10本近くになり、間に島津亜矢さんのことについて書いても中途半端になると思いますので、あと2週間はそれに集中しようと思います。
 島津亜矢さんとちあきなおみさんのこと、中島みゆきさんのことなど、まだまだ挑戦してみたいことがたくさんありますが、しばらくはご容赦ください。

 さて、先日そのコンサートのことで箕面のコミニティー放送「タッキー816みのおエフエム」に出演しました。
 直近のTBSテレビの番組「Nスタ」の取材もありましたが(10月30日に関東方面のみで放送されました)、桑名正博さんのライフワークともいえた障害者支援活動のきっかけになったといってもいいこのコンサートが22年の時をへて注目されたことをとてもうれしく思いました。TBSから送られて来た収録DVDを見ると、いくつか取材の中でも思ったより長く、またしっかりと収録されていて、感激しました。
 タッキーの方も桑名さんの訃報を受け、1990年代の箕面でのチャリティーコンサートにいたるきっかけや、その後5回にもおよんだこのコンサートのエピソードを語ってほしいという依頼でした。TBSもそうだったのですが、いまは世代も変わり当時のことを知っているスタッフが少なく、このコンサートを担当していたわたしが出演することになったのでした。
 わたしは豊能障害者労働センターに在職中にいろいろなイベントの企画実行を担当しましたが、子どもの頃から吃音だったり対人恐怖症だったりで、ラジオ放送に出演するなどもってのほかで、人前でしゃべることが大の苦手でした。
 ですからイベントのたびにタッキーがイベントを紹介してくださり、また生放送番組の出演依頼が来るとほとんど別のスタッフに行ってもらっていました。
 それでも映画「萌の朱雀」の特集番組やイラク戦争のときに「平和と障害者とこども」をテーマに1時間ほどの取材や出演をしたことがあり、とても緊張したことを思い出しました。
 けれども最近、すでに65才となり人生の後半を生きているのだから、びくびくおどおどしないで積極的に生きようと思い始めていましたので、思い切って出演させていただいたのでした。
 当日スタジオに入ると、担当のパーソナリテーの方がとてもすてきなひとで、わたしが緊張しないように気配りをしてくださり、そのおかげで反対にしゃべりすぎてご迷惑をかけるぐらいに当時のことを話すことができました。
 衣料品の移動販売の場を提供してくださった川西市のパン屋さんが現松竹新喜劇の座長・渋谷天外のお兄さんだったこと。障害のあるひともないひとも共に働き、給料をわけあう豊能障害者労働センターの活動を応援してくださり、運営を助けようと弟の天外さんに桑名さんに声かけてくれるように頼んでくださったこと。天外さんが自分の知り合いの作業所がつぶれそうやねん、助けたって」と桑名さんに電話をかけてくださったこと。桑名さんが「わかった、行くわ」と即答してくださったこと。
 それから5回もコンサートが開かれ、毎回1000人のお客さんが箕面市内をはじめ関西一円から来てくださったこと。
 「ボランティアでもなくビジネスでもない、ぼくのしごと。その分素直に自分を出せてほんとうに純粋に音楽できる場所だと思った」と、桑名さんがこのコンサートをあえてチャリティーコンサートや福祉イベントとしなかったわたしたちの想いをそのまま受け止めてくださったこと。
 赤ちゃんが泣いても、だれかが客席でさわいでも全然OKで、子どもからお年寄りまで客層がとんでもなく広く、あったかくてピースでハッピーなコンサートだと、出演してくれたミュージシャンからもほめてもらったこと。
 このコンサートがきっかけで、豊能障害者労働センターが福祉の枠の中にとどまらず、市民の暮らしが息づく街の真ん中で障害者の問題を肉声で語り、現在8つにもなるお店を運営することになったこと…。
 時間はあっという間に過ぎていき、トークの合間に「月のあかり」、「夜の海」がかかり、最後にわたしからのリクエストで「天使たち」をかけていただきました。この曲は先の2曲と同じ下田逸郎さんの作詞・桑名正博さんの作曲による1989年の隠れた名曲で、松田優作さんなど亡くなった友人にささげた曲でしたが、今度は豊能障害者労働センターとわたしから桑名正博さんへの感謝をこめて、この曲をささげました。

泣いてもいいよね 気づいたからさ
君が天使だったこと あのころは知らなかった
ここまで来て 遠くはなれて
窓の外に広がった この景色 ひとりきりさ
下田逸郎作詞・桑名正博作曲「天使たちへ」

 こうして放送は終わりましたが、タッキーのスタッフの方たちが並々ならぬ情熱で地域のコミュニテーを支えておられることを肌身で感じました。
 いまマスコミは総じてバラエティー化し、だれが何を伝えたいのかわからないまま、大量の情報が暴力的と言っていいほどのスピードで押し寄せ、わたしたちの心までもどこか遠くへさらわれそうになります。
 その中で、災害時の緊急情報から市役所からの情報に加えて、顔や風景が見える情報を発見し、それぞれの地域特有の生活感や文化から届けられる肉声の情報を届けるコミュニティー放送は、市民のより所、井戸端会議としてこれからますます大切な役割を果たしていくことでしょう。
 ひさしぶりに行ったタッキーにはそんな予感がいっぱいあふれていて、とてもうれしい気持ちになりました。
 タッキーのみなさん、ありがとうございました。

タッキー816みのおエフエム11月番組表
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