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2012.10.17 Wed 島津亜矢「ギター仁義」(BS日本のうた」)

 10月14日のNHK「BS日本のうた」に島津亜矢が出演し、「ギータ仁義」と「地上の星」を歌いました。「ギター仁義」は若き日の北島三郎が紅白初出場の時に歌った歌ですし、「地上の星」は彼女が好きな中島みゆきの歌で、カバーアルバム「SINGER」にも収録されている歌で、島津亜矢の懐の深さというか、レンジの広さを証明する象徴のような選曲でした。
 歌のうまさや声の力はもちろんですが、歌いながらも自分自身が歌の心に耳をすませ、その歌の誕生に立ち会い、さらにその歌が流れたどり着いた街の路地裏や夜の帳へと聴くものをいざなう、圧巻ともいえる2曲でした。
 いきなりトップバッターで歌った「ギター仁義」は、島津亜矢が子どもの頃から憧れ、尊敬し、もしかすると作曲家としても後世に残る楽曲を提供してくれている北島三郎の1963年の楽曲です。
 わたしは当時16才で、寺山修司に教えてもらった畠山みどりにはまっていましたが、なぜか北島三郎が紅白でこの歌を歌ったときのことをいまでも覚えています。奇跡的にそのときの映像が動画サイトに残っていて、画像も音も鮮明ではないですが、なつかしさとともになぜそのときのことが何十年も心に焼き付いていたのかがよくわかりました。(いつまで残っているかわかりませんので、ぜひその動画をごらんください。)
 以前に少し書いたような気がするのですが、北島三郎のデビューした頃、新人らしくないと言われた歌唱力とやや硬質で透明な声、そしてなによりもキラキラした目が、わたしの心に突き刺さったのだと思います。実際、そのときの北島三郎はエルビスのように野心的で刺激的でした。
 紅白では北島三郎が歌っている間ずっと拍手がやまず、子ども心にも彼が新しい歌の世界を持っていて、その世界に吸い寄せられるように新しいファンが彼と一緒に出発しようとしている感じがしました。(似たような印象はずっと後に尾崎紀世彦が阿久悠・筒美京平とともに「また逢う日まで」でレコード大賞を獲得したときにも感じました。)
 わたしはこの歌をいま聴くことができたことをうれしく思うと同時に、若き北島三郎の青いきらめきから生まれたこの歌が、半世紀の時をへて島津亜矢によってよみがえり、時代を越えて届けられたことに感動しました。
 この歌は北島三郎も作曲した遠藤実も経験した流しを歌った歌で、その頃は巷で生まれ巷で流れ、巷から大きく羽ばたいた歌も少なからずあったように思います。北島三郎、五木ひろし、渥美二郎、藤圭子など、流しから歌手になったひとたちには共通したものがあります。ほとんど音響もなく、自分の歌にごまかしができないことや、酔った客相手に歌をまともに聴いてもらえないで、時には罵声を浴びせられるなど、とてもきびしい状況で歌いつづける覚悟が感じられます。時代がかわり、今は流しをされている方は少なくなったと聞きますが、状況はかなりちがうでしょうが島津亜矢が年間100本以上も全国の町から町へと歌い続ける毎日は、少し通じるものがあるように思うのです。
 ですから、彼女の「ギター仁義」はとても説得力のあるものだったのですね。
そして、流しがストリートミュージシャンにとって代わられ、そこから生まれた「いきものがかり」などのひとたちもまた、ジャンルの違いはあるものの心に直接届く歌をつくり、歌っていると思います。
 いつか、島津亜矢とそんなひとたちが出会い、新しい演歌や流行歌が生まれたらいいなと思っています。
 「地上の星」についてはまたの機会に書いてみたいと思います。

北島三郎「ギター仁義」1963年
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