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2012.09.17 Mon ピアニストを撃て

 少し時間がたってしまいましたが、8月21日、大阪梅田のジャズバーでの小島良喜と小林エミのライブについて書いてみようと思います。
 以前から書いていますが、小島良喜との出会いは1990年、豊能障害者労働センターが開催しました桑名正博さんのライブで、その後桑名正博さんのライブを5回もさせていただきました。小島良喜は最初のライブから4回このライブに参加してくれました。
 その後、2003年には「コジカナツル」として、金澤英明、鶴谷智生とともに箕面に来てくれました。それが縁で関西に来た時、友人数人と彼のライブに足を運んでいます。

 この日のライブは、最初は小島良喜のソロではじまったのですが、2曲目の途中で演奏をやめてしまいました。というのも、少し離れていたわたしたちにはよくわからなかったのですが、彼のすぐ後ろのお客さんが携帯電話で関係のない話(?)をしつづけていたようなのです。「話するならもっと離れたところでやってくれ。それとも何か言いたいことがあるならどうぞ」と小島良喜はそのお客さんにマイクを向けました。思わぬ展開に一瞬会場が凍りついたようになりましたが、お店のひとに説得されてそのお客さんが後ろのほうの席に移り、事なきをえました。
 この小さな事件のおかげで、最近は予定調和的にお客さんが前ノリしてしまうライブがほとんどの中で、ライブの持つ本来の緊張関係を呼び起こし、凍りついた会場の空気を突き破るように小島良喜のピアノが炸裂しました。
わたしはドキドキハラハラしながら、ふたつのことを思い出していました。
ひとつはフランソワ・トリュフォーの映画「ピアニストを撃て」にまつわる寺山修司のエッセイと浅川マキの歌にもなった寺山の詩でした。
 わたしは実はフランソワ・トリュフォーの映画は見ていないのですが、寺山のエッセイでこの映画のタイトルのエピソードを読んだ記憶があります。かつてジャズ発祥の地アメリカの場末のバーではよく喧嘩で銃撃戦があったりしたのですが、店に雇われたピアニストが流れ玉に撃たれて死ぬと代わりを見つけるのに時間がかかり、その間音楽がなくなってしまうので、「ピアニストを撃たないで」という貼り紙がしてあった、という話です。
 このエピソードは、ピアノとピアニストの宿命というべき特徴をよくあらわしていると思います。19世紀後半から20世紀はじめにかけてブルース、ジャズ、ラグタイムと一気に花開いた黒人音楽にとって、当初のギターなどの弦楽器とマーチバンドなどの吹奏楽器に加えて、ヨーロッパからピアノが持ち込まれたことは一大事件であったといわれています。
 というのも、これは日本の音楽にも深くかかわるのですが、ヨーロッパのクラシックの楽器であるピアノは弦楽器や吹奏楽器のような中間音やしゃくり、日本の民謡や演歌のこぶしを音にすることはできないこと、そしてなによりも大きな特徴は持ち歩きができないことです。ですから行進しながら演奏するスタイルから、飲み屋などのお店に据え置かれたピアノによくも悪くも左右される演奏スタイルへと変わっていきました。
 「ピアニストを撃つな」というメッセージは、そんなピアノの特徴から生まれたエピソードですが、わたしは小島良喜のピアノを聴くといつもこのエピソードを思い出すのでした。実際、以前に恐る恐る小島良喜に聴いたことがあるのですが、「ぼくにとってその場所にあるピアノがすべてで、どれひとつ同じピアノはない。だから、ライブではまずそのピアノと仲良くなることが最初の仕事なんだ」というようなことを話してくれました。
 実際、共演者の小林エミさんによると、この日も昼ぐらいからずっとピアノを弾いていたそうです。まさに一夜だけの行きずりの恋にピアニストもピアノも身をゆだねることから小島良喜の激しくも繊細な音が生まれ、わたしたちはその成さぬ恋が堕ちていく先に音楽の女神を垣間見るような快感に襲われるのです。
 この日のライブは最初の小さな事件が引き金になり、ピアニストとピアノはいつも以上の「痛い恋」をしているようで、ピアノの絶対音階からは出ないこぶしやしゃくりや息遣いやリズムのずれなど、ピアノには不可能なはずの音楽が生まれ、結果的にはとてもいいライブでした。
 一転して小林エミさんのボーカルとの共演は、ほんとうにゆるいリラックスした空間にわたしたちを誘ってくれました。そこではピアニストの宿命から解き放たれたもうひとりの小島良喜がいて、ピアノに話しかけるように鍵盤の上をゆっくりと行き来しながら、小林エミさんの包容力のあるボーカルを楽しんでいるようでした。
 さて、もうひとつの思い出は「ニュー・シネマ・パラダイス」のジュゼッペ・トルナトーレ監督の映画「船の上のピアニスト」でした。この映画は、船の中で生まれ、一度も船を降りなかったピアニストの物語です。時代はやはり1900年で、一回の航海あたり2000人の客を乗せた船の上でひとつのピアノを弾き続ける幸運に恵まれたこのピアニストは、その天才ゆえに別のピアノ、別の人生を選ぶことができませんでした。
 いくつもの酒場で待ついくつものピアノと一夜限りの行きずりの恋をしつづけるしかない宿命からは解放された「海の上のピアニスト」は、一方でひとつのピアノだけを愛しつづけることでいつのまにか、ピアノそのものになってしまったのかもしれません。
 どちらにしても、ピアノとピアニストの恋はやはり悲恋でありつづけることで、なまめかしくもせつない音楽をこれからも届けてくれることでしょう。
 それにしても、あの夜のピアノは痛かった…。

ピアニストを撃て
少女の母親が死んだ日もあの曲がきこえました
少女の父親が死んだ日もあの曲がきこえました
少女が学校で叱られた日もあの曲がきこえました
少女が少年に心をうちあけて わらわれた日もあの曲がきこえました
少女はピアニストを撃てとつぶやいて
じぶんの耳にピストルをあてました
                        寺山修司
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