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2012.09.09 Sun 新しい出発のために

 最近、ブログの更新がとどこおっています。実はいま、豊能障害者労働センターのコンピューターシステムの大改造をしていまして、この秋からのカレンダーの販売までに完成しなければならず、週に3日新大阪に働きに行き、お休みの日はプログラムづくりに悪戦苦闘しています。
 豊能障害者労働センターのシステムづくりはわたしが在職していた2000年位からはじめました。その頃にはカレンダーに加えてTシャツ・雑貨の通信販売も軌道に乗り、販売管理システムを新しく作り直さなければならず、わたしはできれば障害者スタッフにその運用とオペレーションをになってもらえないかと考えました。そして、当時仲間になったばかりのRさんにお願いしようと思い、彼女に使ってもらえるようなシステムを、素人なりに作ることにしたのでした。
 その後、わたしがセンターをやめてしばらくは後任のスタッフがシステムの開発とメンテナンスを引き受けてくれたのですが、その人もやめることになり、2008年位から再度、わたしがまた引き受けることになり、現在に至っています。
 その間にコンピューターのOSはどんどん変わり、WindowsXPもいよいよ終わろうとしています。そのため、わたしが使っているvisual basic6というプログラム言語がどこまで利用できるかわからない状態になり、わたしとしては新しいOSで利用できるプログラム言語を学びながら、豊能障害者労働センターの新しいシステムをつくりなおす計画を立てていました。
 実際、昨年の地震前までは新しいプログラムを作っていたのですが、地震以後、わたしは被災障害者支援「ゆめ風基金」を手伝うことになり、とくに昨年1年間はその仕事に追われ、システム開発ができなくなってしまいました。それでも、いずれゆめ風基金の仕事が終われば続けるつもりでしたが、最近は年齢的なものかそれが難しいかもしれないと思うようになっていました。
 そんな中、豊能障害者労働センターからの提案で、ここ当面の仕事の改良のために大幅にシステムを作り変えることになりました。その作業をする中で、いまのプログラム言語であればまだしも、すでにつくりあげたかなり大きなシステムを新しいプログラムでつくりなおす気力も知力もすでになくなっていることを痛感し、豊能障害者労働センターにも「もうできない」と宣言しました。
 実はわたしは、この仕事を業者にまかせるととてもお金がかかり、またネイティブにというか、現場の事情にできるだけあわせたきめ細かいシステムにならないと考えていて、自分が元気な間は少しでもそのお金をみんなの給料にしてもらいたいと思い、少しぐらいの無理は承知でこの仕事を引き受けてきました。
 けれども、システム開発を担うことですでに在籍していない豊能障害者労働センターの業務のあれこれにかかわる意見を述べることも多くなり、それが豊能障害者労働センターによくない影響を与えてしまう危険もまたあることを、ここ何年かで感じることが多くなりました。2003年にセンターを退職した理由も同じようなものでしたし、やはりわたしは豊能障害者労働センターからもっと身を引いたほうがいいのだと思います。
 そこで、いま頼まれている仕事を早く完成させるために、一日中コンピーターの前で悪戦苦闘する毎日がつづいているというわけです。

 なんとなく、ゆめ風基金の仕事を終えればまた豊能障害者労働センターの非常勤スタッフに復帰できると考えていたのですが、コンピューターの仕事がなくなれば、その時点でその話はなくなります。
 また、ゆめ風基金の方も、新しく2人の障害者スタッフが入り、ここしばらく引き伸ばしてきた仕事納めもごく間近にせまってきているようです。
 早ければ年内にも引退となりそうで、妻はそうなれば孫の世話に行けるといっていますが、さてわたしはこれからどうしていこうかと思い惑う今日この頃です。
 けれども、2007年に60才になった時、仕事もなくなって軽いうつ病にかかり、少ない年金が入るまでにもまだ5年あり、その間どうして生きていこうかと絶望していました。それから5年、幸運にも豊能障害者労働センターともかかわり、ゆめ風基金からも声をかけていただいたおかげで、充実したときを過ごせたことをとても感謝しています。
 これからもまた、なにかすることが見つかるのではないか、いや見つけなければと考えています。
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