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2012.08.20 Mon 森進一と島津亜矢「BSにほんのうた」1

 「BSにほんのうた」という番組の中のスペシャルステージは、視聴者にとっても出演者にとっても刺激的な試みです。かつてこの番組ではワーマンショーをやったり、同じ歌を2人の歌手が歌い、それを聞き比べるというとても大胆なコーナーまであったようです。今回わたしが取り上げた島津亜矢の「命枯れても」(LUXMANさん提供)は、実はキム・ヨンジャとの競演の映像です。
 2008年4月からはじまったスペシャルステージは1時間半の放送時間のうち後半40分を、おもに2人の出演者のショータイムにするという企画で、むかしのNHKの番組「ふたりのビッグショー」のミニ版といったところでしょうか。
 このコーナーの魅力は、なんといっても普通ではなかなかできない組み合わせで、40分を歌い分けるところです。
 8月19日放送の森進一と島津亜矢という組み合わせは、以前にもあったのかどうかわからないのですが、わたしは今回が初めてで、デビュー当時からずっとファンだった森進一と、ファン暦は短いものの、演歌のコンサーに行ったことがないわたしが年に数回も足を運んでしまう島津亜矢の共演は、ほんとうにNHKにありがとうと言いたい一大事件でした。
 ファンであることの楽しみは、たとえば紅白歌合戦の大トリに島津亜矢が「俵星玄蕃」を歌いきるというものもありますが、一方でたとえばわたしが大好きなピアニスト・小島良喜のピアノで島津亜矢がジャズナンバーから持ち歌までを熱唱したり、あるいはいま若い人たちの人気を集めているアダム・ランバートと島津亜矢が共演したりと、奇想天外な夢の共演を想像できることです。「BSにほんのうた」のスペシャルステージは、ファンだけでなくおそらく出演者にとっても、そんな思わぬ夢が叶えられるとても素敵な企画です。
 今回のスペシャルステージでは、感じたことやひとつひとつの歌にまつわる思い出などがいっぱいありすぎて、もしかすると一回の記事では書ききれないかもしれません。そのときは続編を書かせていただきますが、よろしければおつきあいください。

 ステージの進行は、収録日のライブに行かれた多くの方々が報告されていましたが、始まりは盛り場演歌シリーズとして、島津亜矢が「新宿の女」、「宗右衛門ブルース」、「昔の名前で出ています」、森進一が「花と蝶」、「命かれても」、「ひとり酒場で」を交互に1コーラスずつ歌いました。
 この企画が島津亜矢の歌いなれない分野としてファンの方々が心配されていましたが、なんのその、すばらしい歌唱力で森進一を刺激したことでしょう。
 島津亜矢はすでに2000年前後までに、およそ世界で生まれるすべての歌(言葉の問題は別にしておそらく外国のジャズ、ロック、ポップスまでも)を歌いきることができる歌手になっていたことを、わたしは最近公開されているいろいろな映像の記録で知りましたが、その確信がまちがっていないことを島津亜矢はこの3曲の1コーラスだけで証明してくれました。
 歌のうまさは言うことなし、そのうえに隅々までこの歌の空間というか空気をつかみ、歌われている風景やその中で恋をし、裏切られ、それでもせつなく生きる女たちの心情を3分どころか1分に満たない時間の中で表現してしまう歌手がいること、そしてその歌手のファンでいられることが奇跡であるとしか言いようもありません。
 1970年前後の激動の時代、わたしもふくめた多くの若者の心情を歌う象徴的存在となった藤圭子と、「新宿の女」をはじめとする彼女の一連のヒット曲についてはまたの機会にゆずるとして、ほんとうに驚いてしまったのは「宗右衛門町ブルース」でした。失礼ながらわたしにとって、この歌にはまったく特別な思い入れはないのですが、盛り場のムード歌謡の流れの中にしかありえないと思っていたこの歌が、島津亜矢が歌うと盛り場から解放された純情歌になっていました。
 森進一、青江三奈あたりから始まった盛り場演歌はムード歌謡へとひろがって行きましたが、いま思えば日本が高度経済成長へとアクセルをはげしく踏みはじめ、都市と地方の乖離、メインストリートと路地裏の光と影の隘路で、こどもたちもおとなたちも高度成長のレールに振り落とされまいとひしめきあっていた時代背景があります。
 島津亜矢はデビューした1986年から1991年までのバブル景気とその後のバブルの崩壊をへて、低成長経済がつづく現在にいたるまでの苦難の時代の歌姫として、傷ついた人々の心のよりどころとなってきました。
 「宗右衛門町ブルース」で歌われる高級店で働く女性が、実は生活苦をかかえたシングルマザーであったり、社会の路地裏で必死に生きているもうひとりの自立した女性でもあったことが証言されていますが、ともあれそんな女性のせつない心情がかくれている盛り場演歌は、意外にも島津亜矢のもっとも得意とする分野なのかも知れません。
 残念ながら今回のステージで実現しませんでしたが、島津亜矢が歌う「命かれても」や「北の蛍」、「おふくろさん」などを聴くと、一方で北島三郎の「なみだ船」、「風雪流れ旅」や、以前に紹介した「川」など、そして恩師である星野哲郎が作詞した自分の持ち歌などで極みに到達した「演歌の王道」ともいえる分野を持つ一方で、森進一のおんな歌のカバーもまたもうひとつの極みに到達していることにびっくりします。
 この流れから名作歌謡劇場でのおんな歌のつややかさにつながっていくのはわかるのですが、それ以上に小椋佳の作品や阿久悠のアルバム収録曲10曲を一篇のドラマのように歌いきる並外れた歌唱力の源流が、こんなところにあったのだと納得してしまうのです。
 ちなみにわたしは、昨年の阿久悠の遺作をよみがえらせたアルバム「悠悠~阿久悠さんに褒められたくて~」こそ、昨年のレコード大賞における何らかの賞を受賞してしかるべきものと思っています。たしかに以前よりも元気がなくなっているレコード大賞ですが、もともと作曲家たちがすぐれた作品を評価しようと始まったレコード大賞のミッションからすればこのアルバムが正当に評価されないことはとても残念で、このことは昨年紅白に出場させなかったNHKよりもがっかりしました。そういえば「北の蛍」は阿久悠作詞・三木たかし作曲による、とても野心的な歌でした。
 まださわりの段階で、すでに紙面が埋まってしまいました。今回の記事は2回でも終わりそうもないのですが、今日のところはここで終わります。
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