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2012.06.16 Sat 「命かれても」・2000年の島津亜矢

 名古屋の座長公演の興奮がおさまり、島津亜矢もファンの方々も、ひとりひとりのこころとからだにその感動がゆっくりとしみわたる…、そんな日々だったことでしょう。わたしもまたその中の一人であることを、とてもうれしく思っています。
 そうこうしている間に、すでに島津亜矢は16日から次なる旅へと進むこととなり、わたしは19日に大阪府柏原市のコンサートに行きます。
 島津亜矢というひとは天賦の才能に甘んじることのできない、ほんとうにどん欲な歌手だと思います。ですから、わたしがその時その時に感じたことの中でも、これはミスマッチかなと思ったり、ときには気恥ずかしく思うようなステージでも、CDやDVDであとから振り返るたびにまったくちがった印象を与えてくれるのでした。
 それは彼女がその才能をこえる努力を歌につぎこんでいるからで、最初に感じた違和感が新しい歌の荒野に踏み込む時なのだと、今では思います。
 ですから、座長公演でいままでとちがう世界にふれた彼女がどのように変わっていくのか、その進化のはじまりを垣間見えるコンサートをとても楽しみにしています。
 その意味で、ファン歴の短いわたしの場合は、彼女の長い足跡を共に歩いて来られた方々の深い思いにはおよばないけれど、その一方でタイムスリップするように島津亜矢の足跡を新鮮に楽しむことができます。

 そこで、2000年の島津亜矢について書いてみようと思います。
 わたしが彼女をほんとうに深く受けとめることができたのは2009年のことで、その時には既に彼女は単に歌唱力があるとか声量があるとか、およそひとりの歌手に授けられるすべてを獲得しているというだけではありませんでした。
 彼女が歌いだすとまわりの空気が振動し、無数のちいさな粒が彼女の身体をつつんだと思うと、彼女の心の奥の奥にある歌の泉へと流れ込んでいくようなのです。それは歌われることのなかった無数の歌、語られることのなかった無数の人生が長い眠りからよみがえってくるようで、観客のわたしもまたその歌のるつぼのまっただ中で、かたくなな心が解放されていくのでした。
 もちろん、ひとにはそれぞれ個性や好みがありますから、そんなふうに思うのはわたしが島津亜矢のファンであるからですが、とにかくある時、とつぜん彼女の歌がわたしの血管の中に入り込み、わたしの心臓を貫いたのでした。そして、わたしは彼女のファンになってしまったのです。
 そして、彼女が歌の女神に取りつかれてしまい、彼女の人生の一切合財を歌うことにささげることになったその足跡をわたしも辿ってみたくなり、毎年のリサイタルのDVDをひとつずつ買い求め、つい先日すべてそろったところです。
 
 2000年のDVDの映像を観ると、そこにいる島津亜矢はとてもかわいらしくて、若々しい色気が匂い立つようでした。このDVDについてはまた書こうと思っているのですが、今わたしが一番はまってしまっているのはファンの方のユーチューブ投稿映像で、最近CS銀河で再放送された2000年の「BSにっぽんうた」で、島津亜矢がキム・ヨンジャと競演した「命かれても」でした。
 わたしが森進一のファンであることは何度か書いてきましたが、わたしと同じ1947年生まれの彼が「女のためいき」でデビューした時、「恍惚のブルース」の青江三奈とともに好きになりました。
 森進一の場合、演歌界を代表する人気歌手でありながら様々なジャンルの作品を歌い、楽曲提供者には吉田拓郎、大瀧詠一、井上陽水、谷村新司、長渕剛、細野晴臣、松山千春、小室哲哉といった多彩な顔ぶれが名を連ねています。
 「命かれても」がヒットした1967年、20才のわたしは大阪の地下鉄本町駅の近くのビルの清掃をしながら、自分の生きる道が見つからず悶々としていました。
 この歌は、人生の辛酸をなめつくした夜の女が、それでもすがるようにまた何度目かの恋をし、また振られてしまう女のかなしみを歌っているのですが、森進一は、どうしようもなく悪い方向へ行くしかないさだめにうちふるえながら、それでも純情な心を隠し持つ女の心情を見事に歌い上げています。
 わたしは「惚れて振られた女のこころ」の後につづく「あんたなんかにゃわかるまい」というくだりに、70年安保闘争へと世の中が騒然としていた時代、ごく少ない友はいたものの社会とつながることを怖がり、とにかく「おとなたちにみつからない」隠れ家を探していた自分の切ない心情を重ねていました。

こんどこそはと 命をかけて
惚れてみたけど 駄目だった
女の青春を 唇を
返してくれとは 言わないが
死ぬまで愛して 欲しかった

 さて、島津亜矢はこの歌をどう歌ったのかと言う前に、こんなに完璧にひとつの歌を歌い切れるものなのかと、正直びっくりします。彼女のカバー曲における表現力は定評があり、「オリジナルよりもうまい」というひともいます。わたし自身はオリジナルとカバーを比較するような聴き方はあまりすきではありません。
 歌はその歌が生まれた瞬間から一人のひとから一人のひとへ、そして無数のひとへと届けられる共有財産で、時代をこえ場所をこえ、その歌を必要とする多くのひとびとが歌い、聴くことのできるものでなければならないと思います。
 最近、伊藤君子というジャズ・シンガーの歌に出会い、ジャズの世界では歌にしても演奏にしても世界中でたくさんのひとがひとつの曲をそれぞれのアレンジと表現力で歌う自由さがあり、とてもすてきなことと思いました。
 そして、もしジャズがメロディーやリズムにあるのではなく、その自由さにあるのだとしたら、どんなカバー曲でも自分の歌として受けとめ、その歌の生まれた故郷を探して真剣に歌う島津亜矢もまたジャズシンガーと言っていいのだと思いました。
 島津亜矢の「命かれても」の女性は森進一の歌の女性よりも、若くてより純情な女性で、その分だけよりはかない感じを持ちました。思えば森進一は20才の時に男でありながら30代か、もしかすると40代の大人の女性の歌を歌えるすごさを持っていたのですが、反対に島津亜矢は29才の時に背伸びをせず、同じ年代の女性のうぶな心情を歌っていたこともまた、記憶にとどめておきたいと思いました。

島津亜矢「命かれても」(2000年「BSにっぽんのうた」)
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