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2012.06.02 Sat Yさんとボブ・マーレーとたこ焼きと

豊能障害者労働センター30年ストーリーNO.4

これまで、俺たちはいい友達を持った
そして、いい友達を失ってしまった
これから輝かしい未来が始まるだろうけど、今までのことを忘れちゃいけないよ
                      ボブ・マーレー「ノウ・ウーマン・ノウ・クライ」

 「お茶がこぼれました。誰かなんとかしてください。」
 身をかたくして、ただじっと座っていたその女性は、うろたえながら叫びました。その言葉のひびきは、まるで遠い国から亡命して来たかのように、わたしたちの頭の上によどみました。
 Yさん、あなたが労働センターを去ってから、もうずいぶん時がたってしまいました。この手紙をあなたが読んでくれるかどうかはわかりません。
 ですから、この手紙はあて先不明で帰ってくる、わたし自身への手紙なのかもしれません。
 あなたが労働センターにいた2年半という時間を今ふりかえってみても、あなたの出した宿題はあまりにも大きすぎるように思います。
 その答えを出す時をまちがったわたしですが、ボブ・マーレーを口ずさみながら、一緒に行った須磨海岸のコンサートのことを思いだします。
 あれはたぶん、あなたが労働センターに現われてからまもない日曜日だったと思います。わたしの妻があなたを誘って、3人で行きました。
 わたしと妻は、労働センターと関わったのと同じ頃、Tさんというステキな歌うたいと出会いました。不思議にもわたしたちは1972年頃に彼がまだ高校生だった頃、豊中市民会館のステージで彼の歌を聴いていたのでした。
 その彼がバンドを作ってまた歌い始めた頃、わたしが箕面ではじめて開いたロックコンサートに参加してくれたのをきっかけに、わたしは彼の当時のバンド「トキドキクラブ」のファンになり、彼らの出るコンサートに必ず出かけていたのです。
 あなたはおよそロックやレゲーを聴きに行くには似つかわぬいでたちで現われました。時代遅れのブラウスにブリーツのスカート、口紅だけは真っ赤でハイヒール。海岸の砂に足をとられ、足がいたいと何度も立ち止まりながら、やっと野外ステージにたどりついたのでした。
 トキドキクラブのライブが始まると、あなたは踊り始めました。それはなんとも言いがたい風景でした。今風のカッコいいファッションの群れの中で、あなたのまわりだけが古い日光写真の中にあるような、不思議な光景でした。見ていた多くの若者はしたり顔で笑っていました。
 うしろの方にいたわたしは、サングラスの中でその遠い風景を見つめていました。
 そのうち妻が一緒に踊り始めました。若者の苦笑いはもっと大きくなりました。
 しばらくして気が付くと、わたしはやみくもに前に走り出て踊り始めた、というより、めちゃくちゃなラジオ体操をしていました。サングラスはどっかへふっとび、財布や免許証がちらばりました。
 わたしの姿を見た若者たちは、あざわらうようにわたしに視線をむけました。わたしは本当に、今まで貯金してきた恥という恥を団体で使い果たしてやろうと、彼らのひとりの手をつかみ、引きずり出そうとしました。
 実際その時のわたしは、その若者になぐりかからん勢いだったのでしょう。わたしが近づくと、みんな逃げて行くのでした。あっ、また悪い癖が出てしまった。なんで俺はいつもこうなんだろう、と思いました。
 回りを見ると、もうひとり男が踊っていました。労働センターの良き理解者となった神戸のスナック「メルヘン」のマスター、今は亡きMさんでした。あなたと妻、Mさんは本当にトキドキクラブの音楽に酔いながら、しなやかに体を動かしていました。
 踊り始めてから見る風景は、サングラスによどんでいた風景とはまるでちがいました。5月の風に身をゆだね、太陽をちりばめた光の粒のような波の階段の踊り場で、スカートをひるがえし、それが遠い国の言葉であるかのように、トキドキクラブの音に耳をかたむけているあなたがいました。 
 トキドキクラブの演奏が終わり、ボブ・マーレーの「ノウ・ウーマン・ノウ・クライ」がかかった時、若者たちが一斉に踊り始めました。
 いま、はっきりとわたしは言える。あの時のボブ・マーレーは、カッコヨク踊る彼らにではなく、あなたにこそ語りかけていたことを。
 いま、はっきりとわたしは言える。あなたの踊りが、自分をとりもどしていく時速100キロの青春の救急車だったことを。
 あなたの過ごしてきた授産施設で、あなたの青春は少女のまま、ひん死の重傷だったことを。
 それから半年後、わたしたちは事務所の土間を改造し、たこやきの店「れんげや」を開店しました。あなたはわたしの妻とたこ焼きを焼くことになりました。
 あなたが焼くふぞろいのたこやきのファンも現われました。
 きっとわたしたちは、どこかでさよならの仕方を間違えたのだと思います。自分を取り戻していくあなたの変わりように、わたしたちはついて行けなかった。
 短い間にいくつもの恋を通り過ぎたあなたは、そのたびに別の「もうひとつの場所」を見つけてきました。その時のあなたにとって、労働センターが自由への旅のはじまりの、小さな駅の待合室でしかなかったことも仕方のないことでした。
 十三の映画館で、Tさんたちと一緒に芝居をした時、たこ焼きやの女を演じたあなたは、生き生きと輝いていました。あなたはあの時、本当のたこ焼きやさんを捨てることを決めたのではないかと思います。
 それから半年後、あなたは労働センターを去って行きました。
 寒い冬、なれない手付きでたこ焼きを焼いたあなたもまた、豊能障害者労働センターの30年をささえているのだと思います。
 Yさん、元気ですか、いまどうしていますか。
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