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2012.04.30 Mon 大阪新歌舞伎座の島津亜矢

 4月29日、大阪新歌舞伎座で行われた島津亜矢のコンサートに行きました。27日、28日、29日の3日間、合計5回公演で、この日も午前11時からと午後3時30分からの2回公演でした。わたしは昼の部に行きました。少し前に体調をくずされていましたから、「だいじょうぶかな」と心配しながら開演を待ちました。
 今回は花道からの登場で、オープニング曲の「亜矢の三度笠」を歌いはじめる彼女の晴れやかな姿を見て、ほっとしました。正直なところ連続公演の疲れもあり、声の調子は完璧とは言えなかったと思いますが、それはあくまでの彼女にしてはということで、今回はじめて誘った友人のOさんは、「今時こんなに声が出て歌の上手い歌手はいてへんよ」と言ってくれました。
 わたしはといえば、なぜか涙があふれて止まらなくて、右に座っていたOさんにも左に座っておられた女性にもとても恥ずかしかったのですが、ハンカチで何度も涙を拭いて見ていました。何と言ったらいいのか、島津亜矢が満席の新歌舞伎座の舞台に立ち、歌っている姿は限りなくいとおしく、こみあげる気持ちを抑えられなくなってしまったのです。
 「亜矢の三度笠」の後、「月がとっても青いから」、「潮来花嫁さん」、「津軽のふるさと」、「蘇州夜曲」、「蟹工船」、「長崎の鐘」など(プログラムにはもっとあったのですが、はっきり憶えていません。ごめんなさい。)、昭和の歌たちが長屋の袋小路を抜け、時には明日のいのちもわからない戦場を走り、がれきとなり果てた故郷の夜空を染める星や月を見上げ、貧しさと平和と希望が切なく混ざった黒い土を耕し、速度にとりつかれた時代の行方を案じ、アスファルトの下に広がる海を渡って来た百年にもおよぶ叙事詩が今、島津亜矢の心とからだをくぐりぬけてわたしたちに届けられました。
 それぞれの時代のそれぞれの時とそれぞれの場所で、苦しい時も悲しい時も楽しい時もうれしい時も一生懸命に生きてきたたくさんの心とからだに寄り添い、なぐさめ、はげまし、歌いつがれてきたそれらの歌が島津亜矢の「底なしの歌心」によってよみがえる時、この百年の間に流された無数の涙もまたたどりつくべき港を見つけたように聴く者のひとみから流れ出るようなのです。
 そして、「ヨイトマケの唄」。わたしは2007年のリサイタルのDVDでしかこの歌を聴いていませんが、この歌を聴くと子どもの頃、お店兼6畳一間のバラックで一膳飯屋を切り盛りしながら髪振り乱して働き、わたしと兄を育ててくれた母、片手に山と積まれた薬を飲まなければ生きていけなくなってしまった母、1997年7月13日の朝、一瞬大きく目を見開いたすぐ後にいのちの気配をわたしの前から消してしまった母の碧く透き通った瞳、わたしの知らない彼女の幸せな人生もあったのだと思うことで自分の親不孝をごまかしたまますでに15年も生きてきたことなど、わたしと母と兄との語りつくせない思い出がよみがえってきます。
 この曲をライブで聴けそうだとファンサイトの情報で知っていて心の準備はしていたのですが、いざ聴いてしまうとやはり不覚にも号泣しそうになってしまいました。
 島津亜矢はオリジナル曲でもカバー曲でも、年を重ねるごとに心の奥のより深いところで歌を受けとめ、愛おしくすくい上げるようにていねいに歌っていて、「ヨイトマケの唄」も2007年の時とはまたちがう情感がこもった歌になっていました。
 一転、ドレスに着替えて歌った「愛は限りなく」は、2005年のリサイタルで歌われた曲ですが、伸びやかで美しく、少し硬質で透明な歌声は健在で、それにここ数年めざましい表現力の深さが加わり、島津亜矢のカバー曲の中でも珠玉の一曲と言っていいでしょう。
 この曲は1966年のサンレモ音楽祭で、作者のドメニコ・モドゥーニョとジリオラ・チンクエッティによって歌われ優勝しました。日本ではジリオラ・チンクエッティの歌でヒットし、伊東ゆかりなどいろいろなジャンルの歌手がカバーしています。
 ジリオラ・チンクエッティといえば1964年、同じくサンレモ音楽祭で優勝した「夢みる想い」が日本でも大ヒットしました。わたしと同じ1947年生まれでもあり、先に書きましたように、ようやくわたしも洋楽に関心を持ち始めた頃に最初に好きになった歌が「夢みる想い」だったことを、島津亜矢の歌で思い出しました。その頃、ラジオしか音楽を聴く手段がなかったわたしでしたが、なぜかしら「Non ho l'età non ho l'età」と、意味もわからず口ずさんでいました。
 島津亜矢の「愛は限りなく」はオリジナルや他のカバーよりもドラマチックで、大好きになりました。
 「見上げてごらん 夜の星を」では、満天の星たちが遠く何億光年の光の河を必死にわたり、届けてくれた手紙を読むように島津亜矢は歌いました。「上を向いて歩こう」とともに永六輔作詞によるこの歌はほんとうに多くの歌手が歌いつぎ、自然災害が発生するたびにたくさんの被災者の方々をはげましてきた歌ですが、島津亜矢が歌うこの歌はまた格別で、地球というこの星に生まれ、大地と海と山と川に育てられたわたしたちに、夢見る力を信じ、ひとを愛することの素晴らしさと共に生きる大切さを教えてくれる希望の歌となりました。

 昨年の暮れのリサイタルは阿久悠のアルバムを中心に構成された、とても野心的なステージでしたが、今回の劇場版コンサートはまたちがった意味で意欲的なものでした。
 ひとつには5月の座長公演をひかえて、それに出演されるグループの殺陣のパフォーマンスと、島津亜矢自身の殺陣への挑戦を「関の弥太っぺ」で披露してくれたりと、芝居を意識した演出がありました。
 もうひとつは、リサイタルとは一転して阿久悠の歌を「恋慕海峡」とシングルカットを予定している「一本釣り」にしぼり、そのかわりに今までのライブで歌ってきた歌を網羅する演出になっていたことでしょう。ある意味、それは演歌歌手・島津亜矢の「お約束」でもあるのでしょうが、一方で今の島津亜矢がそれらの歌を彼女の現在・未来とつながっていく歌の荒野でどう歌い直すのかを聴くことができる、とても刺激的なパフォーマンスでした。
 まさしく島津亜矢はいま、大きく変わろうとしていることと、その変化はわたしたちをより勇気づけてくれるものであること、そして、演歌でありながら「演歌を越える演歌」というか、すでに島津亜矢は「島津亜矢」というジャンルでしかとらえられない領域へと踏み込み、わたしたちを連れて行ってくれる歌手なのだと確信しました。
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