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2012.03.26 Mon 島津亜矢の「大器晩成」、そして「度胸船」

島津亜矢「大器晩成」

 昨年の夏、わたしは大阪のてっぺんといわれる能勢町に引っ越してきました。里山につつまれ、少し北へ自動車で走れば京都府に入る、のどかな町です。生まれてこのかた、こんなに緑に包まれたことはありませんでした。
 春になればうぐいすの鳴き声が目ざましになり、夜は漆黒の闇のかなたから何億光年の時を越えて、星たちが煌めいています。
 わたしは週に3回ほど、新幹線の新大阪駅の近くに働きに行きます。1時間に1本のパスに乗り、トンネルを10個も越え能勢電鉄の山下駅に出て、そこから電車を乗り継ぎ約1時間で職場にたどり着きます。バスの窓からは山と川と大きなダムが続き、最後のトンネルを過ぎると街に出るという感じで、ほんの10分ぐらいしか乗っていないのですが、まるで一本の映画を見ているような気持になります。
 以前にも書きましたが、その間ずっとイヤホンで島津亜矢を聴いているのですが、昨年は大阪の都心部より一足早い秋の訪れに、「阿久悠」のアルバムがぴったりでした。とくに、「秋に紅葉の こぼれる道を」と歌う「旅愁」や、「秋には枯れ葉が 悲しく舗道にこぼれて」と歌う「はにかみ」を聴いていると、日に日に紅く染まる里山と島津亜矢の歌が溶け合い、ひときわ切なくなったものでした。

 その中でも時々マイブームが変化し、最近は「大器晩成」を聴くことが多くなりました。このアルバムは20周年記念に発売されたもので、島津亜矢の20年の足跡がよくわかります。わたしはデビュー当時の島津亜矢の不敵で若々しい声とやや過剰な「演歌調」をそれなりには楽しんでいますが、もしそのままの歌手ならこれほどまでのファンにはならなかったと思っています。
 彼女がすごいなと思うのは、演歌歌手のお約束のようなこぶしやうなりを猛スピードで振り落とし、どんどんとナチュラルでみずみずしい声を獲得してきたことにあると思います。それは個性と評価(誤解)される「くせ」を捨てることでもあり、とても勇気のいることだと思います。実際、ほとんどの歌手が年を重ねるにつれてそんな「個性」を身につけるのにくらべ、彼女は反対に「個性」を捨てることでより深い表現力を身につけてきました。
 彼女を評するのにまず「豊かな声量」と言われますが、それは単に声が大きいからではなく、その声は歌が誕生する場所、大地や空や海から彼女のこころとからだを通って届けられる原初の声で、どんなに小さな声でもわたしたちのこころとからだが共鳴し、くっきりと聴こえるのだと思います。もって生まれた才能もさることながら、天使の声を獲得するためにくりかえされてきた努力は並大抵ではなかったことでしょう。
 「大器晩成」はわたしを島津亜矢に引き合わせてくれたあのKさんに届けたCDでもありますが、島津亜矢の音楽的冒険をギュッーと詰め込んであって、デビュー当時からファンの方々が目撃されたはずの島津亜矢の奇跡を、後から追いかける楽しみがあります。
 とくに、「大器晩成」、「恋日和」、「海で一生終わりたかった」、「度胸船」、「海鳴りの歌」、「道南夫婦船」、「壽舟」、「北海峡」、そして「帰らんちゃよか」と聴いてくると、ベストアルバムでありながら「阿久悠」のアルバムにあるものとまたちがう、ひとつの物語を語ってくれているようです。
 そのなかでも、いまいちばんわたしが気に入っているのが「度胸船」です。
「度胸船」は1988年に最初は「あすなろごころ」のカップリングで発表された歌で、デビューから2年、星野哲郎作詞と市川昭介作曲の、彼女の隠れた名曲のひとつです。

親父来たぞと 吹雪を呼べば
風がほめるぜ よくきたと
写真だけしか 知らないけれど
海を見せれば 勇み立つ
熱い血をひく 度胸船

 星野哲郎が島津亜矢という稀有の才能と出会い、とめどない情熱を託した歌の数々は、それまで多くの歌手に提供してきた名曲とはまたちがう、彼の祈りのようなものが感じられます。「度胸船」は生涯海を愛した星野哲郎が最後の愛弟子・島津亜矢のためにはじめて書いた海の歌ですが、もしかするとこの歌が彼女の大きな進化の第一歩だったのかなと思います。
 この歌をレコーディングした時の彼女はまだ17才で、「袴をはいた渡り鳥」、「出世坂」に続く3作目ですが、すでにこの時は最初の2曲のようなこぶしやうなりはなくなっています。「息長く歌い続けるために」と周囲のアドバイスがあったのか、この時期は事務所との問題などもあったようですし事情はわかりませんが、この歌を最後に若くて思い切りがよく、わたしが「不敵」と呼んでいる声は少しずつ奥に隠れていくのですが、今に至る豊かな表現力を最初に獲得したのがこの歌のように思います。
 それはまた、この後次々と島津亜矢のために海の歌をつくりつづけた星野哲郎にとっても、最後の冒険だったのかもしれません。
 昨年の津波でご家族、友人を亡くされた方、また海の仕事の再建がままならず不安と怒りと恨みをお持ちの被災地の方々のみならず、星野哲郎の海の歌は時には心の傷をうずかせる歌かも知れません。心やさしい島津亜矢はおそらく、海の歌を歌っていいものかと思い惑い、被災地での単独のコンサートを躊躇しているかもしれません。
 それも事実だと思いますがそれを越えて勇気を出して、昨年の秋、登米でコンサートを開いたように、被災地のひとびとに星野哲郎の海の歌を歌ってほしいと願っています。
「度胸船」の歌詞にあるようなひとびとが、たくさんいらっしゃると思いますが、いつかこの歌がひとびとの心をいやしてくれるときが来ると信じています。
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