ホーム > 子どもたちの民主主義 > 学校はだれのためのもの2

2012.03.17 Sat 学校はだれのためのもの2

 中学2年の時、わたしたちの学校にひとりの教師がやってきました。度のきつい丸い黒ぶちメガネをかけた彼の授業は一風変わっていました。教科書そっちのけで議論を始め、いつも脱線してしまうのでした。
 その日の授業はアメリカの南北戦争でした。「みなさん、リンカーンは偉い人だと思いますか」と彼が言いました。わたしたちが「偉い人です」と答えると、「なぜ、偉い人なんですか」と質問しました。「奴隷解放をしたからです」と言うと、「奴隷解放したリンカーンは偉い人なのか、議論しましょう」と教科書を閉じ、フリートークになるのでした。
 そうなるきっかけはいつも、教科書に書いてあることがほんとうにそうなのかと彼が問いかけるところからはじまりました。わたしたちはそれまで、教科書に書いてあることは正しいと信じていました。ですから教師である彼が教科書を否定するような発言をするのに、ほんとうにびっくりしてしまいました。
 教師対生徒全員という形でにぎやかな議論をしているうちにあっという間に時間がすぎ、授業が終わってしまうことが何度もありました。どうもそんなことになるのは私のいたクラスだけで、その教師は「このクラスはとてもいいです」と満足していたようですが、まわりのクラスからは「いつもやかましく言いあいばかりして、授業が進まないクラス」と言われていました。
 結局その教師は、ひとりの生徒の親に「かたよったことを子どもに教える」と言いつけられ、学校を去っていきました。1961春、街も社会も民主主義も第二次世界大戦後の一枚目の服を脱ぎ、新しい服に着替えようとしていました。

 ずっと後にドイツの革命家、ローザ・ルクセンブルグから、黒人奴隷がアメリカ南部の綿農場に送り込まれたのはイギリスの綿織物工業のためだったと知りまた。事実、南北戦争の時、イギリスは南軍に荷担しました。リンカーンが「人民の、人民による、人民のめの政治」をかかげ、民主主義国家としてのアメリカ合衆国をつくるために奴隷解放を真に願ったことはまちがいないのだと思います。けれどもイギリス資本から独立しようとするアメリカ北部の資本主義が、最下層の労働者として黒人奴隷に目をつけたという、もうひとつの側面を持っていたことも事実としてあったのでしょう。
 1861年にはじまった南北戦争は、リンカーンが「奴隷解放宣言」を出したことで国内外の支持をあつめた北軍が優勢になり、1865年に北軍の勝利に終わりました。黒人が人権を獲得していく大きな一歩だったのはたしかなことなのでしょうが、その後のたたかいが過酷なものだったことは公民権運動をはじめ、長い歴史が教えてくれています。
 ブルーズは南部の黒人たちの過酷な暮らしの中から生まれ、奴隷解放後の最下層の労働者としての黒人が職をもとめて南部の農場を渡り歩き、やがてシカゴやデトロイト、ニューヨークなど北部の都市に移動する中で発展していったといいます。黒人霊歌、ブルーズ、R&B、ロックンロール、ハードロック、ヒップホップと、アメリカの壮大な音楽の歴史は、マイノリティの切なくもいとおしい心が踏み分け、突き進んできた荒野とともにあったことを、海をへだてたわたしたちもやがて知ることになります。

 長い時を経て今ふりかえると、授業のおくれも気にせず議論にあけくれたその教師との時間が、とてもたいせつなものだったと思います。
 教科書に書いてあることを疑ってみることで、教科書や書物に記述された歴史の下にその時代を必死に生き、そして死んでいった無数のひとびとの悲しみや怒りや夢や希望があったことを、その教師の授業を通じてわたしは学びました。
 そしてそのもうひとつの歴史は今を生きるわたしたちがページを開くことを待ちつづけていること、そして感じたことを率直に話し合うことで、一つの事実にかくれたたくさんのひとびとの真実を発見するたいせつさを、その教師はわたしたちに教えてくれたのだと思います。

 わたしがこの体験を通じて橋下徹さんに言いたいことは、教育を「国際競争力に勝つ優秀な人材育成」の道具ととらえ、企業の社員教育と変わらない論理で教育の成果を近視眼的に図るようなことはやめていただきたいのです。
 子どもたちが友だちと出会い、どれだけちがった個性と共に生きることができるかを学び合う場としての学校が牢獄と化し、どれだけの子どもたちが学校に行くことを恐怖ととらえているかを、わたしたち大人は知らなければならないと思います。
 教育のコストパフォーマンスは経済効果をはかるのとはちがいます。親でもまわりの大人でもなく、ましてや国家や社会でもなく、子どもたち自身にとって教育とは何か、いい教師とはどんな教師なのかは、教育という制度が生まれた近代以来、はっきりとした答えが出ていませんし、これからもその答えはないのではないでしょうか。
 効率が悪いかもしれないけれど、テストではかるような成果がないかも知れないけれど、何十年たった後に、学校で学んだことが一人の人生を変えることだってあります。
 学校を社会や産業にとって優秀な人材をつくる工場とみなし、教師を従業員とする橋下さんたちの「教育改革」は、こどもたちを傷つけるだけです。
 アメリカでブッシュ政権が10年前につくった「落ちこぼれゼロ法」は、今回の橋下さんの「教育改革」と共通したところがありますが、アメリカではこの政策はすでに失敗しているのです。教師はテストでこどもたちを競争に駆り立て、学力が上がらなければ教師を入れ替え、学校を廃校にする。その結果教師は疲れ果て、障害児や「学力の低い」子の入学を断るなど、橋下さんたちの「教育改革」の行方を教えてくれているようです。
 学校のランクづけはこどもたち心を傷つけます。多くの子どもたちから「僕の点が悪いせいで学校がなくなるの?」と聞かれるそうです。
 こどもにこんな悲しい言葉を言わせる教育は、誰のためにあるのでしょう。

2012年3月13日 朝日新聞夕刊 「君が代、口元もチェック」

2012年3月4日 アサヒ新聞朝刊 「落ちこぼれゼロ 夢の果て 大阪に先行10年 NY150校淘汰」
関連記事

web拍手 by FC2

Comments

name
comment
comment form

Trackback

FC2Blog User

  1. Trackback