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2012.02.13 Mon 島津亜矢・水森かおり「BSにほんのうた」

 「BSにほんのうた」を観ました。島津亜矢と水森かおりのスペシャルステージは、期待以上の素晴らしいライブになりました。
 「さくら」と「瞼の母」のことについては後で書くとして、島津亜矢は何度かスペシャルステージに出演していますが、こんなに楽しそうな彼女を見たのははじめてではないかと思います。水森かおりが2つほど年下で同世代であることや、何といっても水森かおりの人柄の良さが随所に感じられて、島津亜矢がいのちのわたしも水森かおりが好きになりました。
 カバー曲の選曲は本人たちがするのかディレクターがするのかわかりませんが、水森かおりの選曲はかなりよかったと思います。とくに「月がとっても青いから」、「港の見える丘」などを聞くと、このひとはいい意味で歌謡曲、流行り歌を歌う流行歌手としてのセンスがあると思いました。
 40分のスペシャルステージは2人の「競演」の場でもあり、おのずとお互いがお互いを高め合い、熱いステージになることが多いのですが、今回はそれぞれのファンの方々の掛け声も多く、一段と盛り上がりました。
 さて、今回の島津亜矢は声の調子も最高に良く、本人もとても気持ち良く歌っていると思いました。
 まず「さくら」ですが、ほんとうにこのひとはどこまで歌の道を究めるのかとびっくりしてしまいます。2003年リサイタル「不動」と「Singer」にこの歌は収録されていたのですが、あれから9年の間によりみずみずしく、よりナチュラルに、「青い時」の別れを歌ってくれるのでした。森山直太朗のこの歌は、卒業をテーマにしたたくさんの歌とちがい、「もう会えない」という予感をかくして「また会おう」と呼びかける切ない心を見事に表現していると思っていて、わたしの大好きな歌です。島津亜矢が歌うと、この歌が深い心情を歌ったほんとうにいい歌だとあらためて感じます。彼女のカバーの最大の特徴は、こんなに特徴をなくしてもいいのかなと思うぐらいフラットな声とシンプルな歌唱で、その歌が誕生する「もうひとつの場所」へと誘ってくれることです。
 この歌の登場人物の年齢からはずいぶん遠くに来ているはずなのに、歌うことで彼女はますます若返っているのかもしれません。
 「瞼の母」にいたっては、生でごらんなった方々がおっしゃっていたとおり、いままでで最高のステージだったのではないでしょうか。CDに収録されているものも島津亜矢の若さが感じられる素晴らしい歌にはちがいなのですが、なんといっても一番のちがいはセリフにあります。以前にも書きましたが「はぐれはぐれた母親に、せがれと呼んでもらえぬような、こんなやくざに……、だれがしたんでぇ」という、まだ見ぬ母にこがれる純情をかくして渡世を渡ってきた少年の切なく哀しく孤独な心の底から絞り出されるこのセリフに、今回も涙があふれてしまいました。
 5月の座長公演を控える島津亜矢ですが、わたしは一抹の不安をもっていました。歌謡名作劇場での熱演がかえって芝居のじゃまになるのではないかという不安です。
 歌謡名作劇場は「ひとり芝居」とはちがい、あくまでもモノローグであり、マイクを通じた「歌ものがたり」だと思います。わたしは最初とまどいましたが、今では芝居でもなく歌でもない、島津亜矢が長い年月を通してつくり上げた独自のエーターティメントとして楽しめるようになりました。とくに歌謡名作劇場での歌は特にすばらしく、ここで彼女は今のようなとても自然な声で悲しみを表現できる歌い方を身につけてきたのではないかと思います。しかしながらそれゆえに、他の役者とからみあうダイアローグである芝居をするのに、歌謡名作劇場の独特の世界がじゃまになるのではないかという不安でした。
 けれども、今回の「瞼の母」で、その不安はわたしの取り越し苦労だと分かりました。実際、いままでの「瞼の母」では彼女は舞台の「芝居」空間から飛び出し、そのセリフはわたしたちの心にぐさっと刺さる凄みをもっていましたが、今回はその凄みをなくさないまま、演劇空間を自ら作り出し、長谷川伸のドラマツルギーにたどり着いたのだと確信します。そうであれば、他者とのダイアローグでつくり上げる芝居ができる準備ができているのだと思いました。
 きっと彼女は座長公演をすることで、また大きく化ける(進化する)にちがいありません。これは、お金がたくさんいるけれど、名古屋の座長公演を観に行かないといけませんね。

 ホイットニー・ヒューストンが亡くなりました。主演した映画「ボディカード」のテーマとして彼女が歌った「I Will Always Love You」を島津亜矢がカバーして話題になりましたが、ゆかりのスーパースターの若すぎる死はほんとうに残念です。
 1963年生まれの彼女は名歌手として知られたシシー・ヒューストンの娘であり、ディオンヌ・ワーウィックはおば、母の友人がアリサ・フランクリンという絶好の環境の中で育ちました。
 幼い時にゴスペルを学び、10代の時にはモデルを経験し、1985年にデビューアルバム「ホイットニー・ヒューストン」が爆発的なヒットとなり、世界的なスーパースターになりました。
1992年、ケビン・コスナーと共演した初主演映画「ボディガード」が大ヒット、ドリー・パートンの曲をカバーした主題歌、「I Will Always Love You」は全米シングルチャートで14週連続No.1を記録する自身最大のヒット曲になりました。
しかしながらそれ以後、アルコールや麻薬の依存症に悩まされ、R&B歌手、ボビー・ブラウンとの結婚も夫の暴力などでうまく行かず、決して幸せとはいえなかったようです。
彼女はスーパースターとしての栄光の陰で、彼女以後のメアリー・J. ブライジなどと比較され、黒人社会の一部から「黒人らしくない歌手」としてブーイングを浴びせられることもあり、とても気の毒でした。
 彼女のご冥福をお祈りするとともに、島津亜矢さんに「I Will Always Love You」をふたたび歌ってほしいと思います。
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