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2011.12.30 Fri 島津亜矢2011年リサイタル梅田芸術劇場1

島津亜矢2011年リサイタル

 28日は仕事納めの日でしたが、すこし早くに終わらせてもらい、梅田芸術劇場へと心を急がせました。
 待ち合わせしていたのは豊能障害者労働センターのスタッフで、彼女とはもう長い付き合いなのですが、今年はじめて唐十郎と新宿梁山泊の芝居や小室等、桑名正博のライブと、わたしの趣味によく付き合ってくれました。どれもすごく喜んでくれて、その中でも唐十郎の芝居ははじめてで、「もっと早くから観ていたらよかった」と悔やむぐらいに感激してくれました。
 前にも書いたことがありますが、わたしはそんなに音楽ファンと言うほどではなく、ただ単に青春時代をビートルズやローリングストーンズ、ボブ・ディランなどの音楽とともに通りすぎたにすぎません。友だちからはわたしが国内外にかかわらずロックやジャズやR&Bなどをよく聴く方で、森進一だけは例外だけど演歌は嫌いだと思われていました。それが突然島津亜矢を熱く語るものですから、正直のところなんとかしてほしいと迷惑に思われていることでしょう。
 彼女も最初は「聴いたことがないので何とも言えないです」と言っていたのですが、わたしがあんまり熱心に話すのとで少し興味を持ちはじめたところにすかさずDVDを観てもらいました。それで島津亜矢の魅力をわかっていただき今回、おそるおそる本物を見てみようということになったのでした。
 紀伊国屋書店の前で待ち合わせたのが3時で、ロビーの開場はすでにはじまっていましたがちょっと一杯ひっかけて行こうということになり、近くの居酒屋で焼酎を一杯だけ飲んで気分をより高め、いざ、梅田芸術劇場へと向かいました。

 わたしたちの席は2階席の真ん中2列目で、開演10分前ぐらいまでは空席がけっこうあり、やはり延期となってあわただしい年末でキャンセルも多かったんだろうと思っていましたが、それからいつの間にか席が埋まり、会場全体ではほぼ満席と言う感じでした。
 東京のリサイタルのDVDを観て、特に阿久悠のアルバムに収録された全曲を歌いきるステージの緊張感がたまらなく魅力的だったものですから、今回のリサイタルではどんな構成になっているのかと、そわそわしながら開演を待ちました。
 果たして島津亜矢はオープニングの「一本釣り」から「わたしの乙女坂」、「明日があるなら」と続き、わたしの願いどおり全曲を歌ってくれました。毎日何度も聴いているこのアルバムのひとつひとつの歌を彼女の肉声で聴くことができ、ほんとうにうれしかったです。

 わたしはビートルズを聴いた時から、自分が歌う歌を自分でつくるシンガーソングライターばかりを追いかけてきました。「上を向いて歩こう」、「黒い花びら」、「帰ろかな」、「いい湯だな」、「こんにちは赤ちゃん」などたくさんのヒット曲を作詞した永六輔さんが作詞を止めた理由のひとつに、小室等のように自分の歌を自分でつくるひとたちが現れ、それがほんとうの姿だと思ったからだと話されましたが、わたしも長い間そう思っていました。
 けれども、島津亜矢という歌手を知ってからその考えは見事に打ち砕かれてしまいました。かつて唐十郎が「特権的肉体論」をかかげ、戯曲があって演出プランがあって、役者はそれに従うことで作られるのではなく、役者の個性的で冴えた肉体が、舞台の上で特権的に語りだす事から芝居がつくられると言ったように、歌もまた肉声で歌ってこそ歌であるという、あたりまえのことを島津亜矢は教えてくれたのでした。
 今回のステージで島津亜矢が「麗人抄」を歌いはじめた時、身震いするほどそのことを感じさせてくれました。阿久悠作詞、弦哲也作曲のこの名曲は、しかしながら作詞作曲されただけではまだ歌ではなく、島津亜矢の肉声となって歌われた時はじめて歌になり、悲しい愛の行方を知ってしまったひとりの女性が肩を震わせている切ない後ろ姿が浮かびあがるのでした。
 この歌に限らず、島津亜矢は歌い手である前に歌詞や楽譜になっていない歌の原野に分け入り、声なき歌に耳を傾ける最初の聴き手なのだと思います。実際、どの歌を歌っても彼女はその歌のもっともやわらかい大切なところを探すように歌うのです。
 彼女はこれからも、阿久悠の心情に近づこうと必死に聴き続け、必死に歌い続けることでしょう。だからこそ、CDとして収録された時から東京公演をへて、今回のステージでの熱唱につながっているのだと思います。

 それから阿久悠の写真が掲げられ、彼の残した言葉が読み上げられました。
 夢は砕けて夢と知り
 愛は破れて愛と知り
 時は流れて時と知り
 友は別れて友と知り
 阿久悠でしか残せなかっただろうこの言葉は、いつのまにか老いの入り口にたっていることに気づくわたしにとって、胸に迫るものがあります。その後につづく「旅愁」、「想い出よありがとう」をわたしが好きなのは、甘く傷つきやすい青春がはるか遠くに過ぎ去った後の人生のほろにがさがつづられているからですが、島津亜矢が歌うと年齢も性別もちがうのに見事に私の心を震わせるのです。
 「海で一生終わりたかった」で、星野哲郎の心情を見事に歌ったように、彼女は阿久悠の心情をも見事に歌ってくれただけでなく、わたしをふくめて多くの人の心情をも歌ってくれるのでした。それが彼女が歌姫であるゆえんであり、歌はひとりの個人的な経験や心情から生まれながらも、島津亜矢の肉声を通ることで多くのひとの体験や心情を呼び起こし、共感をもたらすのだと思います。
 今回、阿久悠の作詞による10曲が島津亜矢によって歌になったことは、島津亜矢のファンに限らずとてもうれしい出来事だと思います。実際、阿久悠の新曲はこの10曲しかなく、そのすべてが島津亜矢のために作曲されたことを思うと、彼女が今回この10曲をすべて歌い、阿久悠の歌の世界をわたしたちと共有したいと思ったのは自然な気持ちだったにちがいありません。
 このリサイタルの報告はまだもう少しつづきますが、今日はここまでにします。
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