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2011.12.20 Tue 島津亜矢2011年リサイタルDVDを観てしまいました。

 島津亜矢の2011年リサイタル「曙光」DVDを観てしまいました。
 わたしは今年からコンサートに行くようになり、年末の梅田芸術劇場を入れると4回になります。もちろん、彼女のファンの方々から見ればコアとはいえないファンですが、それでもわたしとしては異例の出来事で、昨年からよく話題にしていたものの「そんなに本気とは」とまわりからびっくりされたりあきれかえられたりで、ほんとうは私自身もびっくりしています。
 それというのも今年のはじめに大阪の八尾で実物を見て以来、とりこになってしまったのでした。それからはテレビで見るよりもリサイタルやコンサートの方が断然ステキで、といってそんなにお金に余裕がないので大阪近辺である時にはできるだけ行くことにしました。
 次にそれ以前のリサイタルのDVDを一ヶ月に一本の割合で買い、何度も見てはその感想をこのブログに書いてきました。それも2005年と2010年を買えばやっと追い付くというところに来ました。ここからはすでにリサイタルかコンサートで観たステージを後から見るという感じで行きたかったのです。
 ですから、年末の梅田芸術劇場での公演をとても楽しみにしていて、それを見るまでは新しいDVDは買わないようにしようと思っていました。ところが大阪府箕面市のミュージックショップ・ピッコロのOさんから「新しいDVDが入りましたよ」と言われました。いったんは「後から買います」と言ったものの、わたしが買うことを考えて取り寄せてくれたのかも知れず、また何かと話題になった阿久悠の歌を彼女がどんなふうにステージで歌うのかと思うと誘惑に負けてしまい、買ってしまったのでした。
 ほんとうは次に島津亜矢の書くのは2007年の「ヨイトマケの唄」と決めていたのですが……。

 第一部ではオープニングの「一本釣り」から「恋慕海峡」まで、アルバムに収録されている全10曲を歌ってくれたのですが、あまりのすごさに圧倒され、深い感動と興奮でしばらく言葉が出ませんでした。そして、気がつくといままでのステージの涙とはまったくちがう涙がいつのまにか頬をつたっていました。
 このアルバムがつくられたいきさつはそれなりにどこかで読みましたが、ほんとうによくぞこれらの歌が生まれてきてくれたものと、かかわったすべてのひとに感謝します。CDで何度も聴いているのですが、こうしてステージで彼女が一曲ずつていねいに歌ってくれると、阿久悠の詩の広さと深さをあらためて知らされるとともに、島津亜矢の歌心をくぐりぬけてたどりついた彼の願いや祈りがわたしたちに届けられるのでした。
 生涯に5000曲の歌をつくったといわれる阿久悠は演歌からポップスまでいろいろな歌手を通して彼の世界を表現してきました。それをたった一人の歌手が歌いきることは至難の業だと思うのですが、島津亜矢は見事にその一曲一曲を自分の歌として歌いきるだけでなく、10曲の歌が彼女によってまるで一冊の小説を読んでいるように、あるいは一本の映画を観ているようにつながり、それらの歌の底流に流れている阿久悠の「時代へのもうひとつの恋歌」を、まるで巫女さんが口うつしするようにすくい上げるのでした。
 このアルバムの10曲の中で、「旅愁」と「一本釣り」だけは男性が登場人物、もしくは語り手になっていますが、その2曲もふくめてこのアルバムではさまざまな恋する女性が登場します。若い女性も歳を重ねた女性も、今を激しく求める恋も過ぎ去った恋も純愛にゆれる心も、阿久悠がつくり上げた数々の物語がこの10曲に凝縮されているようなのです。
 島津亜矢は阿久悠の冒険を追いかけるように歌い語るこのステージで、また新しい領域に踏み込んだことを確信します。そこには一層艶やかで官能的で、すごみさえ感じさせる色気を秘めた女性がたたずんでいるのでした。
 DVDで観るだけでもぞくっとするのですから、その現場に立ち会われた方々がどれほどの衝撃を受けられたのか想像できます。島津亜矢のファンの方々の中には、はじめて来られたお客さんがびっくりするのではないかと心配された方もいらっしゃったようです。
 けれどもわたしは、お客さんも彼女の踏み込んだ新しい領域の入り口で、彼女の新しい魅力に圧倒されながらも心をふるわせておられたように感じました。そのようすは、10曲の歌が連作のようにつながっていることをすぐに理解され、静かに拍手で応えておられたことでもよくわかりました。

 阿久悠が、「美空ひばりが歌わない歌をつくる」ことを心がけて作詞をはじめたことはよく知られています。それはなにも美空ひばりをきらいだったわけではなく、戦後の焼け跡から立ち上るように美空ひばりの歌が復興から高度成長までの時代を表現した約半世紀をへて、阿久悠は大きく変化した新しい時代の歌をつくろうとしたのでしょう。
 日本人の情念、あるいは精神性は「怨」と「自虐」だけなのか。
個人と個人の実にささやかな出来事を描きながら、同時に社会へのメッセージとすることは不可能か。
「女」として描かれている流行歌を「女性」に書きかえられないか。
 80年代に入り、より個人的な恋や願いをストレートに歌うJポップなどの台頭で、阿久悠は歌づくりにある種の絶望を持ってしまったといわれます。彼が時代を変えることができるかもしれないと思ってきた「歌謡曲」は空中分解しJポップスと演歌にわかれ、そのどちらもが歌に社会性や時代性を求めることがほとんどないまま、ここまで来てしまいました。
 わたしは、もし阿久悠が生きている間に島津亜矢のこの歌声とスピリッツときちんと出会っていたらと思わずにはいられません。そして偏狭だと非難されることを恐れずに言えば、阿久悠の歌の世界を理解し、その美しく力強くやさしい声と並はずれた歌唱力で歌える島津亜矢と出会っていたら、彼の歌づくりの情熱はさめないまま、彼女の才能に応えるように数多くの名曲をつくってくれたように思います。
 そして、彼が望んでいた「美空ひばりが歌わない歌」を歌える歌手のひとりとして島津亜矢を認めたであろうと思います。
 彼が生きている間にそれが実現できなかったことを、ほんとうに残念に思います。
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帖佐太郎 : URL 阿久悠さんのこと

2017.03.18 Sat 16:39

tunehiko様

お久しぶりです。
コメントは原文が過去のものでも、tunehiko様にはすぐにキャッチできるような仕組みになっているのでしょうか?多分そうだと思っていますが。

tunehiko様の島津亜矢に関するブログ(エッセイ)は10個程度みておりますが、最近のものに集中しており、少し前のもの(当エッセイのような)は少しずつ拝見させて頂いてます。
先日、10日くらい前でしょうか民放のBSで阿久悠氏の作詞家として辿って来た道を紹介する番組がありました。たしかに、彼が晩年悩みひそかに最前線から退くようになったのはtunehiko様仰るような理由からだったようです。一度は成功したかと思われた新しい歌謡曲も空中分解し、Jポップと演歌に分れ、そのそのどちらもが歌に社会性や時代性を求めることがほとんどないまま、ここまで来てしまいましたという説明は見事に1989年頃以降の日本の歌謡界を表現されていると思います。
逆に言うと、もはやそのような流行歌を必要としている人々が少なくなってきている証でもあるのではないでしょうか。ある人がいわく、どんな統計をもとにいっているのか判りませんが、若者のうち1割程度は全く音楽に興味を持っていないというのです。考えてみればtunehiko様の年代の方以上や私のようなもう少し若い年代のような者くらいまでは、歌というものはただのBGMでなく日々の生活の中で、その節々で「歌」は今の時代より、より濃厚でかつおおきな存在感のあるものでした。今は歌は趣味のうちのひとつであるという感覚を持っている方も多くいらっしゃるでしょう。今から考えると昭和時代は何と歌が豊かであったことかと感慨深いです。先日、TVのローカルで「今日の日は昔何があったのか」という昔の出来事を振り返る短い番組の背景に流れている橋幸夫の「雨の中の二人」(雨が小粒の真珠なら~♪」を久しぶりに聴いて、懐かしい思いと同時に昔は素晴らしいいい歌がたくさんあったと別途YOUTUBEで聴き直しました。そして、何故かそのまま続いてYOUTUBEで流れてきた倍賞千恵子の「さよならはダンスの後に」も非常に懐かしく新鮮でした。「雨の中の二人」https://youtu.be/YHLbwNe9Fs8「さよならはダンスの後に」https://youtu.be/iyIEdF_O8TA
時代の変遷の中で歌が変貌し続けるのは宿命でしょうが、歌が先頭に立って時代を動かせるような力を持ち得るのか、今の時代には可能性は低いのでしょうが、ファンのひいき目であることも承知の上で申せばもしそのようなことができるとしたらやはり島津亜矢しかいないのでしょう。
その意味で阿久悠さんと亜矢さんはニアミスをしただけでしっかりとした出会いがなかったとすればtunehiko様仰るように非常に残念な事でした。もし、阿久悠さんが亜矢さんの資質に気付いておれば、再び創作意欲が燃えあがったに違いなく、そうすれば時代を引っ張っていける歌が必ずや生まれたはずと思います。

tunehiko : URL ありがとうございます。

Edit  2017.03.24 Fri 09:05

帖佐太郎様、ご連絡いただいた野良返信が遅れましたことをおわびします。
わたしは2011年5月から島津亜矢さんの記事を書くようになったのですが、昔の記事を読み直すととても恥ずかしく思います。
しかしながら、その頃はポップスやロックしとか身近に感じなかったわたしが、島津亜矢さんに出会い、長い間遠ざかっていた演歌と再会、そのどきまぎする様子が書かれていて、また何も気にせずに自分の考えをシンプルに書いていて、今よりもいきいきしているような気もします。
どちらにしても、かなり前の記事を読んでくださり、ありがとうございました。この返信こそ、目に留まるかどうかあやしく、「亜矢姫倶楽部」の方に掲載するのがいいかもしれませんね。

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