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2011.12.05 Mon 島津亜矢を選べない「紅白」のグレード

 昨日の「BS日本の歌」に出演した島津亜矢は完全復活でした。伸びのある声も歌唱力もそうですが、やっぱりこの半年できれいになっていますよね。
 彼女はもともと歌い出すととてもしなやかな立ち姿になり、どんどんきれいになるひとですが、それでも若い時の顔立ちとちがい、どこか凄みのある色気のようなものが立ちのぼっている気がします。12月28日の大阪がますます楽しみになってきました。

 以前にも書きましたが、彼女は純情な少年の心を歌うことに天賦の才能をもっているとわたしは思っているのですが、その中でも「瞼の母」や「大利根無情」のように破滅していく若者の心情を語る歌とセリフは絶品で、わたしは思わず涙が出てしまうのです。
 いくらでもちがう生き方を選ぶことができるはずなのに、どうしても自分を悪い方向へ、どうしようもない方向へと追い込んでいく人間の業のようなものが現実の人生にもよくあることですが、歌や芝居にはそれがなくてははじまらないとも言えます。
 かつて寺山修司は「ひとは遊びでは負けることができる」と、競馬のコマーシャルで言いましたが、彼流に言いかえれば、ひとは虚構や夢の中では負けることや破滅していくことに喜びを求めると言えます。さらに言えば、ひとは現実の生活ではやってはいけない破滅を実現してくれるフィクションを、歌や映画、芝居に求めているのだと思います。
 島津亜矢が歌った「刃傷松の廊下」はご存じ忠臣蔵の浅野内匠頭が吉良上野介に斬りかかる有名なシーンを歌にしたものですが、彼女が歌うと、若さゆえの自己破滅へとつきすすむ浅野内匠頭の心の闇がきわだってくるのでした。
 それはセリフの巧みさとも重なるのですが、彼女がいつのまにそんな演技力を身につけたのか、ファン歴の浅いわたしにはよくわかりません。
 「瞼の母」に至っては、CDに収録されたものと最近のものとは歌の部分はまだしも、セリフはまったくちがっています。「たずねたずねた母親に、せがれとよんでもらえぬような…、こんなやくざに……、だれがしたんでい」というくだりがCDではほとんど「ため」がないのですが、2008年リサイタルのDVDで聴くと、忠太郎の絶望的な悲しみと切ない怒りが、長谷川伸の芝居そのままに聴く者の心をゆさぶり、わたしはいつも泣いてしまいます。
 昨日の「刃傷松の廊下」のセリフでも、この物語を深く理解したところでの彼女の演技力が光っていました。

 「恋慕海峡」については多くの方が絶賛しておられるように、演歌の王道を行く名曲だと思います。個人的には「旅愁」や「想いでよありがとう」が好きで、今回のツアーでは阿久悠のアルバム収録曲に力を入れているようなので、12月28日の大阪公演を観てから感想を書きたいと思っていました。
 わたしはこのアルバムを今でもずっと聴いているのですが、今度のツアーでは全曲歌ってほしいと思っていましたので、とても楽しみにしています。
 わたしは演歌歌手のCDなど島津亜矢以外に買ったことはありません。もっとも、今は日本のポップスも2年前に「いきものがかり」を買ったのがほんとうに何十年ぶりという次第です。今はビッグネームになっているボブ・ディランやビートルズ、ジョン・コルトレーンなどのアルバムが出る度にわたしは、彼らの音楽的な冒険に感動したり、つまらないと失望したりしてきました。日本のポップスでもアルバムの製作は欠かせないものです。
 それにくらべて他の演歌歌手がどうなのかわかりませんが、島津亜矢は毎年2曲以上の新曲をシングルCDで出していて、これもまったく知らなかったのですがカラオケ盤も一緒に出るみたいですが、アルバムとしては独自につくってはいないようです。
 かろうじて、カバー曲を収録した「SINGER」や「BS日本の歌」シリーズにかえって独自性を感じますが、今回の阿久悠のアルバム製作は、すべてオリジナルの新曲を収録したもので、島津亜矢とそのチームの意欲が伝わってきます。ですから、まずは新曲をできるだけ歌ってほしいと願っています。

 「紅白」のこと、わたしもさびしく思います。かつて80パーセントもの視聴率だった時代はすでに終わってしまった「紅白」ですが、それでも40%の視聴率を誇る音楽番組であることにちがいはありません。まして、「演歌」と「Jポップス」のアーティストが一緒に出演するただひとつの番組でもあります。
 さまざまなご意見があると思いますが、わたしはいろいろなジャンルのアーティストが年に一度でも一緒に出演することは意味があると考えています。もし島津亜矢がこの番組に出たとしたら、今までポップスしか聴いたことのない音楽好きのひとたちが「演歌」への偏見を越えて彼女の歌に感動し、ビッグな才能に驚くことでしょう。また、いまの時代感覚にもっとも敏感なアーティストの中で、彼女にこそ歌ってもらいたいと申し出る若い才能の持ち主と意気投合することもあるのではないかと思います。
 Jポップスの評価はどうあれ、今現在の流行り歌を量産していることは認めざるを得ず、それらのグループが出演するのは時の流れだと思います。むしろ、わたしは「紅白」のプロデューサーは「演歌」枠をいじくるといろいろな圧力がかかるのを恐れているのではないかと思います。
 私が島津亜矢のファンだからと身びいき分を引いたとしても、Jポップスに太刀打ちできる感性と実力と音楽的冒険を兼ね備えている演歌歌手は彼女ひとりだと言っても過言ではなく、「紅白」が音楽番組としてのグレードを上げるためにこそ、島津亜矢は出場した方がいいと思います。ただし、演歌であろうとそうでなかろうと彼女のグレードの高さに見合う楽曲提供がなければなりません。その意味で、阿久悠のアルバムにはとても刺激的な楽曲がそろっていると思います。
 たしかに「紅白」に出ることでショービジネスが広がることからこの番組に出場する方がいいのかも知れませんが、独自のパフォーマンスを広げる彼女は来年も多くのファンをつくりだすことでしょう。わたしや、わたしの友人がそうであったように…。
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中原眞理夫 : URL 島津亜矢の歌の魅力

2014.12.05 Fri 18:34

島津亜矢の歌心と詞心の二つの才能

いろんな演歌歌手の歌を聞いて来たが、島津亜矢という歌手は、歌心と詞心との二つの才能を持ち合わせている。

最近、その歌ぶりは演歌の心を憎いほど聴衆を酔わせる歌唱力が抜群に良くなってきたし。歌というものは、聞き手と一体になれることが必要である。島津亜矢はそれをひとつの歌でも、綿密に詞の意味を吟味して
自分のものにしている。

それだから聴衆を引っ張って行き、釘付けさせるのである。そういう、歌に思い入れを入れている歌手として、演歌の嫌いな人にも
なかなかやるじゃない、彼女の演歌だけは聞けるという魔力を持っているのではないかとおもう。

tunehiko : URL お便りありがとうございます。

Edit  2014.12.05 Fri 19:59

中原眞理夫様。はじめまして。お便りありがとうございます。
わたしも同感です。歌を歌うことにかけては若い時から天才でしたが、最近は「歌を読む」ことにも天才といってよく、昔らかいう「歌を詠む」ことができる稀有の歌手だと思います。
これからの彼女の10年が楽しみです

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