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2011.10.20 Thu 壁掛けカレンダーの切実さ 映画「ストロベリーショートケイクス」 

映画「ストロベリーショートケイクス」

 棺おけをベッドにした風変わりな部屋。マウンテンバイクと大きな水槽。薄暗い部屋に影絵のように忍び込む柔らかい光。デリヘルの仕事用の靴と、好きな男に会いに行くためのズック。そしてトランクに無造作に放り込まれた札束。
 デリバリーヘルス店「ヘブンスゲート」のNO.1デリヘル嬢・秋代は、その仕事とは裏腹に、専門学校の同級生・菊池に一途な片思いを募らせている。 
 かけられたカレンダーは月の満ち引きのデザインで、そこに一日だけ「きくち」と書き込まれている。
 「スペシャルな人のスペシャルになりたい」と恋の訪れを願う里子。好きな男に告白もせず、「ともだち」でいることをかたくなに守りながら、身体を売る仕事をしている秋代。自分らしく生きようと必死になるために過食と嘔吐をくりかえす塔子。やりがいのある仕事もなく、自分の居場所を男に求める結婚願望の強いちひろ。

 魚喃キリコのコミックス原作、矢崎仁司監督の映画「ストロベリーショートケイクス」(2006年)は、少し極端ではありますが、きっと女性ならだれでも共感できる4人の女性の日常を切り取っていきます。イチゴケーキのようには甘くはない現実をうけとめ、淡々と生きる彼女たちの日常は痛々しいがとてもいとおしく、思わず抱きしめたくなるのでした。
 そして幸せを求める彼女たちの日常がそのままわたしたちの日常に紛れ込み、切ないイチゴケーキとなって残る。そんな映画でした。
 この映画を観て、わたしの目に焼きついたのが秋代の部屋のカレンダーでした。一途に思いつづける「きくち」に電話をかけ、田舎の実家からトマトを送ってきたからあげるといって約束し、近所のスーパーでトマトを買う。
 仕事のときとはうって変わり、洗いざらしのTシャツとジーンズ。化粧もせず、黒ぶちのめがねをかけて坂道を自転車で走る後姿は、純愛に心焦がす彼女の本当の姿でした。
 「きくち」には彼女がいて、決して報われないことを知っているからこそ「友だち」を装い、居酒屋でわざと乱暴な言葉づかいで飲んでいる後姿もまた、肩のふるえが伝わってきます。
 こんないとおしくせつない彼女の恋の記念日が、カレンダーの一ヶ月分に一回あるかないかの「きくち」というメモに記されています。それ以外のメモはいっさい書かれていないのです。持ち歩く手帳や携帯電話のカレンダーにはない、壁掛けカレンダーの切実な役割がそこにはあります。

 わたしはといえば高校を卒業して友だちとアパートに住みはじめ、それから何度となく引っ越しをしました。
 一人暮らしをしたり、友だち何人かと暮らしたりしてきましたが、不思議にその頃はカレンダーにかかわる思い出はありません。定職にもつかず、ビルの清掃などで貯めたお金で1年間は昼と夜が逆転する生活でした。そんな暮らしにカレンダーなど必要ありませんでした。
 この映画に登場するひとたちと同じように、無垢ともいえる青い時を通りすぎた後、自分の暮らしやこれからのこと、かなわなかった恋、ふるいにかけられて残った友だち、心のひだにしみこんだ後悔…、そんな切ない日々を通り過ぎた部屋には、いつのまにかカレンダーが掛かっていました。
 世界の現実に目を向ければ、悲しい記念日に埋めつくされ、カレンダーのどの1日からも悲鳴が聞こえてきます。1995年1月17日や2001年9月11日、そして2011年3月11日、たくさんの世界の悲しい記念日は特別であるはずのひとりひとりの死をかくしたまま、何千、何万、何百万と死者の数を数え、おびただしい血で書き込まれた記念日を積み重ねてきました。
 その血塗られた瓦礫となった壁にもまた、カレンダーは掛かっていたことでしょう。この世界の誰彼にとって特別に悲しい記念日が1年365日では足るはずもないのです。
 けれどもその一方で、この世界に生きる60億の人々の、だれかの誕生日でない日などないと思います。さよならを数えるカレンダーもあれば、いのちと出会いと愛を数えるカレンダーもまた、たしかにあるのだと思いたい。わたしだけの大切な記念日があるように、わたしの知らない、世界でたったひとりの誰かの特別な記念日もまた、カレンダーにはかくれていると思うのです。
 そんなことを思うと、わたしたちと松井しのぶさんと、多くの関係者がつくりあげたカレンダー「やさしいちきゅうものがたり」が、どんなひとのどんな部屋に掛けられ、どんな日々をみつめることになるのか、期待と不安とせつなさでいっぱいになります。
 そして、いろいろなひとがちがった思いでちがった日に書き込みを入れてくれることを願います。このカレンダーが2万人に届いたならば、1年365日のうちの1日だけでもいいから2万の特別な記念日になることを願います。
 そして…その1日がもし悲しい記念日になったとしても、このカレンダーがその日をやさしく抱きしめてくれることを…。

 映画「ストロベリーショートケイクス」は残酷なまでに彼女たちの日常に希望を用意しないのですが、それでもラストシーンの、遊園地の観覧車が高く見えるどこかの海辺で、彼女たちは自分らしく片意地張らないで生きようと小さな決意をします。
 無理をすることはない。自分でしかありえない自分を大切にしてあげようとするその潔さが、この痛々しい映画を勇気の出る映画に変えてくれました。
秋代「神様なんか、いらない」。
里子「恋でもしたいっすねえ」。
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