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2011.10.09 Sun カレンダー「やさしいちきゅうものがたり」原画展

 箕面のメイプルホールで開かれているカンレダー「やさしいちきゅうものがたり」原画展は、今日が最終日となりました。5日間と、少し短い期間ですが、昨日までで約300人の方のご来場をいただきました。
 お気に入りのデザインを2つ選んでいただき、投票数の一番多いデザインを豊能障害者労働センターの来年春夏Tシャツにするという企画が大当たりで、普通の絵画展とちがって何度も原画を観ていただくことになりました。
 カレンダーやポストカード、絵本など、関連のグッズも好評で、とくに昨日は松井しのぶさんのサイン会をしたことで、その時間に追い求めの方が殺到しました。

箕面FM
箕面FMタッキーに出演し、原画展と救援バザーのことを話す豊能障害者労働センタースタッフ・田岡ひろみさん
 
 今回の原画展の一番の成果は、まず豊能障害者労働センターのより多くのスタッフがこの企画にかかわり、準備の段階から松井しのぶさんのイラストとあらためて向き合い、また松井さんとの交流も深まったことです。松井さんは4日の前日から開催期間中も手伝ってくださり、今日の撤収にも来てくださるそうです。
 「こんな形でカレンダーの原画がより多くの方々の目にふれることになり、いろいろな感想も聞けてほんとうによかったです。」と松井さんがお話しされていましたが、実際、いろいろな方から貴重なご意見をきかせていただき、思いをあらたにしました。
 また、音楽イベントなどではある特定の日の特定の時間に会場に来ていただかないといけないのですが、今回のようなアート展では期間中のどの時間でもご来場いただけるので、日ごろなかなかお目にかかれない方々にも楽しんでいただけました。

障害者アート展
障害者アート展

 同時開催の豊能障害者労働センターの障害者スタッフのアート展はすばらしいものでした。豊能障害者労働センターの代表・小泉祥一さんのアートから始まり、今では5人の障害者のアートが事業化されています。この事業は1994年、障害者スタッフの田井智子さんの「おかんむり」Tシャツ(「みんなちがってみんないい」)の試行製作を経て1998年に始まりましたが、いままでの商品化されたTシャツ、バッグ、エプロン、ジャケットなどが一挙に公開されていました。
 豊能障害者労働センターは障害者の給料をつくりだす為にいわゆる日銭を稼がないとご飯がたべられないため、設立当初は障害者アートを事業化するお金も時間もなかったのが実情でした。しかしながら、設立時の豊能障害者労働センターの看板を小泉さんが描いていて、その時から小泉さんの才能は周りの人々に知られていて、いつかそれを生かした事業をしたいと長年思っていました。もう一人、田井智子さんが鉛筆で描くハリネズミなどのキャラクターもとても魅力的で、こちらの方も周りのスタッフが長年ストックしていました。
 一方で1985年(製作は1984年)から、カレンダーの製作販売をはじめていて、最初は支援者に預かってもらい、地域の人たちに協力を求めながら販売していましたが、1988年から通信販売でカレンダーを販売することになりました。
 カレンダーによる通信販売が大きく成長し、販売網も広がっていったことを背景にして、1998年、いよいよ小泉さんの「プラスWe」Tシャツの製作販売を始めました。実際のところ、おそるおそる世に出したというのが正直のところで、お金もかけられないので今のようなカラーチラシはつくれず、豊能障害者労働センター機関紙「積木」の白黒印刷で紹介しただけでした。
 最初800枚つくり、売れ残りを心配していたのですが注文が殺到し、またたく間になくなってしまいました。その後追加追加で結局6000枚を販売しました。この時はほんとうにびっくりしました。
 「年末のカレンダーだけでなく、春夏に何かないのかなと思っていた」という声とともに、「障害者のアート、ほんとうにいいよね」と圧倒的な賛同を得て、うれし涙がでました。

 この事業化の成功により、カレンダーと障害者アートの二本柱が確立し、共に刺激を受けながら現在の姿になって行きました。それに加えて1995年の阪神淡路大震災、今年の東日本大震災、そして2001年同時多発テロとアフガニスタン爆撃、イラク戦争などを経験することで、ガンジーの思想とも出会いました。
 そして、宇宙から見れば小さな星、この地球とともに、ひととひとが共に助け合って生きる社会、家族を奪われ、家を奪われ、時には自分のいのちさえも奪われてしまうこどもたちが「生まれてこなければよかった」と明日への夢をみずから閉じてしまうことがない社会、障害があるというだけで今でもあたりまえに働くことができない多くのひとびとが希望を眠らせてしまうことがない社会をつくろうとする世界のひとびととつながり、共にたたかっていきたいと願うようになって行きました。
 それが、ほんとうは自分たちの生活すら危うい給料しかつくり出せていないのに、いまも被災障害者救援金をつくろうとするエネルギーになっているのだと思います。
 その13年の障害者アートの足跡を観て、そのことをあらためて実感しました。
 いまは5人も「作家」がいて、商品化するデザイン選びに困るほどで、なかなか競争が激しいようですが、これからも「世界でひとつ」のアートを商品化してほしいと思います。

バザー
救援バザー

牧口一二さん、松井しのぶさん、加納ひろみさん
左から 加納ひろみさん、松井しのぶさん、牧口一二さん

 昨日はさらに同時開催で、メイプルホールの横の公園で「救援バザー」も開かれました。こちらの方は午前中はにぎわったのですが、春のバザーのように大きなものではないので、午後からは少しさびしかったです。けれどもたくさんの人が押し寄せ、「殺気」がうずまく春のバザーとはちがい、のんびりした雰囲気で、これはこれでなかなかいいなと思いました。
 ステージでは加納ひろみさんと豊能障害者労働センターのスタッフとの共演もあった他、ゆめ風基金の牧口一二さん、カレンダーのイラストレーターの松井しのぶさん、ミュージシャンの加納ひろみさんとの珍しいミニミニトークショーもあり、カレンダーのこと、ガッツくんTシャツのことなど、牧口さんがインタビューする形で楽しくも貴重なお話を聞くことができました。
 
 この一週間ほど、忙しい毎日でしたが、今日は大阪天満宮の「古本まつり」に豊能障害者労働センターが出店していて、そこに今から行こうと思っています。
 なお、原画展は来月の5日から市民活動センターで開催しますので、見逃した方はぜひご来場ください。

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