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2011.10.03 Mon 上を向いて歩こう

しあわせは 雲の上に
しあわせは 空の上に
上を向いてあるこう 涙がこぼれないように
泣きながらあるく一人ぼっちの夜
                  永六輔作詞・中村八大作曲「上を向いて歩こう」

 1961年、わたしがまだ中学二年生だった時、テレビはまだ特別なものでした。わたしの家族は母と兄とわたしの三人で、板塀で囲ったようなバラックの家で、府道に面した部分で大衆食堂を母が一人で切り盛りしていました。
 いわゆる私生児で父はときどき家に来ましたが、そのころわたしはそのひとが父であるとはっきりわからなかったし、わたしたち家族の身の上を特別なものだとは思ってもいませんでした。
 今から思えば、となり近所の人々がそれとなくわたしたちの家族を見守ってくれていました。そして、まわりの人々もまたそれぞれの事情をかかえていました。
 「福祉」ははるか遠くの空で踊り、わたしたちの地面には降りては来ませんでした。
 わたしたちの街に、電器製品の修理をしていた「どものおっさん」がいました。どぶ川の上に建てたバラックで、ひとり住まいでした。
 大人たちの話によると、「どもりがひどく、仕事につけなくて嫁さんに逃げられた」らしい。
 電気自体がまだ全国に行き届いていなくて、ほとんどのひとたちはまだ新品を買うことはなく、彼はどこからか手に入れてきたこわれたラジオの修理品を売り、それをまた修理することで生計を立てていました。
 実際、それほどくわしい電気の知識がないらしく、よくこわれたのですが、なんとなくみんなが彼の生活を支えていたのでした。
 そのすぐ後にものすごいスピードでテレビ、洗濯機、冷蔵庫、いわゆる「三種の神器」が広まり、彼もテレビの修理をはじめたものの知識がともなわず、やがてこの街からいなくなりました。入れ替わりにわたしたちの家にやってきたのがテレビでした。
 わたしたちはみんな、テレビに夢中でした。今のように時間通りに終わらなくて、「しばらくお待ちください」という灰色のブラウン管を見つめつづけている間に、時代の風景が大きくつくりかえられていたことを、わたしたちは知るよしもありませんでした。
 戦後16年、日本全体が不安定なグライダーで、地面から浮き上がろうとして墜落し、墜落しては浮き上がろうともがいていました。
 夢と希望と失望と欲望と巧妙な嘘と裏切られた正義…。
 わたしたちの足元の地面はまだアスファルトのオブラートには包まれず、黒くよどんでいました。ちぎれた鉄条網がわたしたちの足を傷つけ、布製のグローブからボールは野原をころがっていきました。
 わたしたちが見つめつづけた灰色の風景の中を、少年の夢は地面の黒い闇からもうひとつの白い闇へと飛んで行ったのでした。

 永六輔さんの名前をはじめて知ったのは、この年、1961年にはじまったNHKの「夢であいましょう」という番組でした。永六輔作詞の「今月の歌」で、「上を向いて歩こう」を坂本九が歌っていました。

 しあわせは雲の上に、しあわせは空の上に、上を向いて歩こう。
 そうだ、しあわせ。この歌の「しあわせ」こそが、わたしの少年時代の夢となりました。少年のごうまんな夢は、自分のきびしい現実を消しゴムで消してしまいました。
 夏には夜中の2時まで店を開き、銭湯帰りの客に添加物いっぱいのみかん水を売り、朝には工員目当てにどんぶり鉢に卵の入った味噌汁とどんぶり鉢いっぱいのごはんを売るために五時に起きる。そんな過酷な日常をくりかえしてわたしたちの生活をささえていた母。
 やぶれた靴下と足の裏の間にたまりにたまった土と垢。
 お店のチューインガムを盗んでは近所の友だちに配り、こっぴどく母に怒られ、駐在所にひきずりまわされた昼。
 板塀の一枚で区切られた部屋の節の穴から、部分日食を観測したあの日。
 金持ちの家の子のお古の半ズボンをはかないと駄々をこねた屈辱の朝。
 そうだ、しあわせ。現実のいっさいを黒い地面にたたきつけ、なぜかしらサラリーマンになりたい!
 サラリーマンの意味もわからず、とにかくこの地面から飛びたてば、しあわせになれる。幻のサラリーマン。
 そうだ、上を向いて歩こう。ブラウン管でゆれている銀座のビルたち。背広を着て、ネクタイをしめて、昼にはしゃれたお店で昼ごはんをたべよう。
 切れたタコのように、遠く遠く、この街から出て行こう。
 その時、わたしは無意識にその後につづく「涙がこぼれないように」という歌詞を心の奥にしまっておきました。
 わたしの心の遠いかなた、あの「しあわせ」はどこかの空でまだ泳いでいるのか。

 もし子ども時代への復讐がひとを大人にするなら、あの地面の黒い闇も野原も母の食堂のくすんだテーブルクロスの上にこぼれたキッコーマン醤油のシミも、従兄弟が乗ってきたあの街ではふつりあいのキャデラックも、小便臭い映画館のくたびれたスクリーンも、わたしが大人になるための秘密のとびらだったのかもしれません。
 そして、タコに乗って飛んで行ったはずの子ども時代のわたしと、空を見上げ、いまもタコを見つめ続けている大人になったわたしの間で、季節は変わり時は過ぎ、まわりの景色は変わってしまいましたが、見えないタコ糸がはげしい風にちぎれそうになる時、聴こえてくる歌はこの歌、わたしの「上を向いて歩こう」…。


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