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2011.09.27 Tue 不敵さこそが青春だ! エルビスと島津亜矢

 前にも書きましたが、ICレコーダーを手に入れ、バスや電車に乗っている時に島津亜矢を聴くようになり、ここ半年ほど見続けてきたDVDとはまたちがう楽しみができました。
 島津亜矢はすでに歌手生活25年をこえていて、いまではかなりの数のオリジナル曲を持っています。セルフカバーはあまりしていないようですから、CDの音源は当然のこととしてレコーディングした時のものです。
 彼女はそれぞれの年にベストのCDを出していて、その年の最新曲といっしょに古い曲が入っているので、まだ島津亜矢ファン歴が短いわたしは、それぞれの歌の年代を調べ、彼女の声の移り変わりをたどるのがとても楽しみなのです。
 DVDではそれらの歌を、それから後のそれぞれの年の島津亜矢が新しく歌いこんでいるのが収録されていますし、リサイタルやコンサートに行けば今の島津亜矢がその歌をどのように受けとめて歌っているのかをわたしたち観客は感じることができます。
 その違いは当然のことながら古い歌ほどちがっていて、島津亜矢の進化がはっきりわかるのです。たとえばデビュー当時から10代の声と今の声とは別人のような声で、今の声の方がずっといい声ですし、歌唱力も段違いだと思います。
 けれども時々、ワンフレーズもない1、2音符のほんの一瞬10代の時の声が現れると、今の完璧と思える声と歌唱力だけではなく、10代の時の島津亜矢もまた今の島津亜矢の魅力をつくっていると感じます。
 その魅力の正体は誤解や批判を恐れずにわたしなりの表現でいうと、それは「不敵さ」であることです。

 「不敵さ」、そのぞくぞくとする感動を教えてくれたのは、エルビス・プレスリーでした。
 わたしは御承知のようにビートルズ世代で、エルビスは少し上の世代でどちらかというと苦手でした。
 ところが、1992年4月1日の深夜だったと思います。そのころは豊能障害者労働センターの創立時からのスタッフである梶敏之さんが前の事務所に仮住まいをしていて、わたしは彼の泊り介護で、事務所に泊っていました。
 深夜にNHKで、エルビスのライブを放送していました。このライブは1968年のNBC-TVでのカムバックスペシャルで、なんと全米視聴率70%をこえたというスタジオ形式のコンサートだったことを後から知りました。
 腰をふるわせて歌うプレスリーが、イスに座り、ギターを弾きながら、水も飲まずに歌い続けていました。今からおもえばそまつなセットで、マイクは下がってくるし、ギターのコードが抜けて音が出なくなり、「だれかひっぱったな」と言ってコードを差し込んだりしながら、かえってそれを楽しむように歌い続けました。
 なにごとも段取りをととのえ、こじんまりまとまることからは決して生まれない感情がその場からあふれ、ブラウン管から押し寄せてきました。
 すきとおる青い目と素肌に革ジャンが、みぶるいするほどセクシーでした。扇情的な不敵さとみずみずしい繊細さに、心落ち着いては聴けませんでした。
 わたしはその時のことを、10周年をむかえた豊能障害者労働センター機関紙「積木」の57号に、こう書いています。

「不敵さこそが青春だ!」
 そして、愛の歌が、ほんとうに時代を変えることがあるということを知った。
 不適であること。そう、不敵であることが青春なら、豊能障害者労働センターもまた新しいこれからの10年、不敵であることを忘れないでおきたい。そして、「助け合い」や「やさしさ」が、いつの時代でも過激であったことを思い出そう!
 
 わたしはこの時のエルビスを聴いて以来、「不敵であること」を豊能障害者労働センターの活動に求めただけでなく、わたしが好きになる歌や芝居や映画や小説の尺度にするようになりました。
 歌で言うと、浅川マキ、ちあきなおみ、中島みゆき、若い時の北島三郎、三上寛、そして小室等。ジャンルも音楽スタイルもまるでちがっていて分裂していると思われるでしょうが、「不敵さ」というキーワードでわたしの中では一貫しています。
 わたしが島津亜矢を好きでたまらなくなったのは、やはりこの「不敵さ」なのです。
 決して「生意気」とか「自分の声を誇示する」とかではないのです。わたしはいつも、彼女が終演の時にマイクを抱いて深々とお辞儀をする姿に涙がとまらないのですが、島津亜矢がとても真摯で謙虚なひとであることはよく知られていることです。
 ですから、わたしの言う「不敵さ」は、とても誤解を与えてしまうものであることは承知しています。けれども、彼女を評する時、その声量と歌唱力が言われるけれども、わたしはかたくななまでの冒険心や、こじんまりまとまらず、いつまでも未完であり続けようとする意志とたゆまぬ努力に感動します。わたしの言う「不敵さ」とは、こじんまりとした完成をもとめず、未完であることを恐れず、歌の荒野を切り開こうとする潔さといってもいいと思います。
 あのときのエルビスがそうであったように、彼女のステージでのしぐさや、遠くのある一点を見つめつづける目のかがやき、そして類まれな透明でみずみずしい声を泉にして、そこからどんな音楽でもすくい上げる姿は、わたしにはエルビスにおとらずとてもセクシーな歌姫です。
 
 アルバム「SINGER」を聴きながらこの文章を書いてきましたが、次の機会にこのアルバムのことと、2002年リサイタル「進化」のDVDのことなどを書こうと思います。


エルヴィス・プレスリー1968カムバックスペシャル 「ラブ ミー テンダー」
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