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2011.08.28 Sun 唐池まつりと梶敏之さん、尚子さんのこと2

 梶尚子さんの突然の死で、お祭りを中止するべきかみんなで考えました。けれども、このお祭りを楽しみにしてくれて、いろいろな準備をしてくれていた尚子さんがいちばん望んでいたことは、敏之さんが地域のひとたちと共に生きていくことで、そのことを形あるものにするための最初の試みなのだから、決行しようと決断しました。
 お祭り当日、午前中は尚子さんの葬儀で、私たち全員が出席しました。葬儀が終わると大急ぎでTシャツとジーパンに着替え、出ない力をふりしぼり、祭りの準備をしました。たよりない竹を立て、それに友人グループから借りてきた盆踊り用の電線を張り、電球を入れて行きました。電源は公園のそばの支援者のコンセントから引っ張ってきました。
 数少ない売店を用意し、「お客さん来てくれるかな」と空を見上げました。
 夏の終わりとは言え残暑はきびしい中、去っていく夏を惜しむように蝉が合唱していました。

 お祭りが始まる時間になると、なんと公園にいっぱい子どもたちも大人たちも来てくれました。焼きそば、綿菓子、たこ焼きの前は長い列ができました。豊能障害者労働センターが活動を始めて3年になっていましたが、こんなにお客さんが来てくれた催しはありませんでした。
 電源を借りた支援者は、「電気メーターがぐるぐるまわってる」と、うれしそうにいってくれましたが、やはり家庭用でするのは無理な話で、よく停電になりました。
 いまから思えばとても稚拙で、無計画で、乱暴な企画でしたが、お客さんで来てくれた市民が手伝ってくれたりして、お祭りは無事終わりました。
 後片付けをしながら、だれかがポツンといいました。「梶君のお母さんがたくさんの子どもたちをよんできてくれたんやな」。
 わたしたちは最初はこのお祭りを一回きりと考えていました。けれども毎年、梶敏之さんと彼につづく障害のある子どもたちが、どれだけ地域でともに学び共に遊ぶ友だちと出会い、どれだけの障害者が地域であたりまえに暮らせるようになったのかを、梶尚子さんに報告したいと思いました。そして、梶尚子さん追悼の祈りをこめて、このお祭りを毎年恒例にすることを梶尚子さんに約束したのでした。
 そして時がたち1988年5月、全国のたくさんの方々の支援をいただいて建設した豊能障害者労働センターの事務所(現在の前の箕面市桜ケ丘事務所)に仮住まいとして、梶敏之さんは自立し、紆余曲折をへて現在は市内の一戸建ての住宅で自立生活をしています。
 それから今日まで、わたしたちはいろいろな人と出会い、またいろいろな人とさよならをしました。それでも、年々わたしたちの活動は広がり、豊能障害者労働センターだけでも7つのお店を運営し、友人グループも誕生しそれぞれお店を広げ、いまでは各障害者団体のお店のネットワークが唐池祭を運営しています。

 久しぶりにお祭りをのぞいてみると、なつかしい顔がいっぱいでした。みんなとても歓待してくれて感謝の言葉もありません。
 そして、いちばんうれしかったのは、このお祭りによく来ていた障害のある子どもたちが今はお父さんやお母さんになっていたことでした。
 この光景こそ、梶尚子さんが夢見ていたものですし、わたしたちもまた、この夢を現実にするためにこの30年をたたかってきたのだと思うと、涙がこぼれます。
もちろん、今がすべてよくなったわけではありませんし、30年前と何もかわっていないことも多くありますが、それでも彼女たち、彼たちがこの街で育ち、大人になり、子どもの親になりながら毎年の唐池祭りに参加し、運営を担うまでになっていることを誇りに思いました。
 どんなことにも終わりが来ることはさけられないことですし、このお祭りがいつかはなくなってしまうのはやむをえないことだと思います。しかしながら、このお祭りが育ててきたといってもいい「障害のある子もない子も、みんな街のたからもの」というメッセージは、この街の日常として市民に受け入れられてきたこと、そして、この街のすべてのとびらが固く閉じられていた30年前、いやそれよりももっと前から、ひとりの障害者の母親がそのことを夢見てたたかい、憤死したことだけは、わたしたちは決して忘れることはありません。
夏の終わりを歌う、蝉の鳴き声と共に…。

夏の朝、蝉があんなに鳴いている
赤ん坊が小さな手でまるごと
世界をつかもうとするかのように
死者たちが世界の終わりを
伝えようとするかのように

何年も、時には十七年も大地に抱かれ
短い夏に新しいいのちを生むと死んでいく
ぼくたちがうまれるずっと前から、蝉は
さけぶことでいのちをつないできたのだ
それを、愛と呼んでいいと思う

無数の夏と、無数の大地と、無数の愛
世界の中心も、冬のソナタも
ロックンロールもブルースも
これほどまでにせつなく、必死に求めあう
愛を歌うことはできないだろう

鎮魂歌ではない、応援歌なのだと思う
死んでいった者たちが届けてくれる夏の手紙
いっしょうけんめいで、せつないラブソング
ぼくたちもまた、これからどれだけの夏に
さよならをくりかえすのだろう

夏、ぼくたちはとてつもなく大きい
大切ななにかをなくすことで
あたらしい夢をつくるのかもしれない
それを知っているから蝉たちは
今朝もあんなにさけんでいる
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