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2011.08.01 Mon 2008年島津亜矢リサイタル「無双」2

 最近のわたしは、1ヶ月に1枚、島津亜矢のリサイタルのDVDを買うのを楽しみにしています。ファン歴2年のわたしは、昨年はもっぱらテレビとユーチューブで聴くだけでした。
 とくにユーチューブには島津亜矢がたくさんあって、どんどんはまっていきました。その中でもREOREO0141さんがUPしてくれる動画は、演歌が嫌いとおっしゃるご本人が島津亜矢になぜ傾倒するのかがわかる選曲で、今も何度も観ています。そして、REOREO0141さんがUPされると、kodokunasamposhaさんがすばらしいコメントを寄せられていて、いつも感動します。
 また島津亜矢のファンサイトはほとんど訪問しました。いろいろな方々のブログを読み、わたしの感動がたくさんの方々と分かち合えるものであることと、その方々が長年島津亜矢をささえてこられたことも知りました。
今年になって生の島津亜矢を聴きにリサイタル会場に行くようになると、その感動は大きく、同じ構成でも行けるところなら何度でも行くようになってしまいました。
 ライブに行くようになると、わたしが知らなかった時代のリサイタルがどんなものだったのかを知りたくなり、2000年以後の毎年のリサイタルのDVDを観てみたいとおもうようになりました。
 歌や音楽に魅入られるのに理由はありません。気づけばかなりのファンになっていて、ファンになれば冷静に観れるわけなどありません。彼女がステージに現れ、歌いはじめるともう、わたしの心は彼女の歌の世界に迷い込んでしまうのでした。
 どんなジャンルの音楽でも、あるいはどんな芸能や芸術でも、けっきょくはどれだけ「こことはちがうところ」へと導かれ、非日常を体験できるかで決まるとわたしは思っていて、島津亜矢はいつもわたしを遠くへと連れていってくれるのでした。
 実際、どのライブでもテレビ出演でも、過去のリサイタルのDVDを観ても、いつもその時の精いっぱいのパフォーマンスと、それをささえる安定した歌唱力でステージをつくり上げる彼女に感激してしまいます。声の調子が悪いとか想うことがまったくありません。
 天才であることはまちがいのないことですが、人間ですから必ずあるはずの好調不調の波をできるだけなくすために並々ならぬ努力を積み重ねて来られたのだと思います。

 2008年リサイタルの彼女は、最初はこちらが気恥ずかしくなるぐらい、とてもかわいいというのが第一印象でした。
 「海ぶし」、「演歌桜」、「富士」、「海で一生終わりたかった」とオリジナル曲の後、「影を慕いて」、「君恋し」、「哀愁列車」、「赤いランプの終列車」、「ああ、上野駅」、「無法松の一生」、「川の流れのように」と昭和メロディを7曲歌いました。
 そして、前回に書いた「戦友」、「瞼の母」とつづきます。くしくも「戦友」が「お国のために」命を散らす歌なら、「瞼の母」は国家に反逆し命を散らす凶状持ちの歌ですが、どちらにも共通するものは報われざる青春を死に急ぐ青年の無垢な心で、島津亜矢はその純情を体の底から絞り出すように歌いました。
 ドレス姿で歌う「会いたい」、「化粧」。そして西部劇スタイルで登場したコミカルな舞台で歌った「黄色いリボン」、「メリージェーン」と、DVDでも楽しめましたがごらんになった方はきっと大笑いしながらも、島津亜矢のレンジの広さに圧倒されたのではないでしょうか。
 個人的な趣味を言えば「化粧」は中島みゆきの個性に少し引っ張られすぎで、もっと亜矢さんらしく歌ったほうがいいかな、とも思いましたが、それもまた、島津亜矢の人柄でしょうね。
 第二部のはじまりは三波春夫の「紀伊国屋文左衛門」の熱唱で始まりました。島津亜矢の三波春夫シリーズは評価が分かれますが、たとえば島津亜矢の「俵星玄蕃」を聴くと、わたしはたまたま晩年の三波春夫と永六輔のイベントのスタッフとして身近に三波春夫がこの曲を歌うところを聴いていて、「蕎麦屋か」というところが三波春夫の高みにはまだ届かないような気がします。それは当たり前のことで島津亜矢はまだ若すぎるだけで、彼女にしか三波春夫を歌い継ぐことができないのですから、これからがお楽しみということなのだと思います。
 けれども、たとえば「大利根無情」などを聴くと、このシリーズに限らず「戦友」、「瞼の母」、「一本刀土俵入り」などにつながる歌の主人公が青年や少年なら、すでに見事なパフォーマンスで歌い切っていて、お客さんが思わず泣いてしまいます。わたしもきまって何回聴いても同じせりふのところで涙が止まらなくなるのです。
 「紀伊国屋文左衛門」は主人公が若く、わたしには十分に歌の世界に入りこむことができました。
 それからはまた、星野哲郎の作詞による彼女のオリジナル曲と「帰らんちゃよか」がつづきます。
 いつのライブでもそうですが、たとえば「海鳴りの詩」のはじまりに、彼女は後ずさりしながら両腕を大きく広げます。そのとき、あたかも芸術の女神ミューズが降り立ち彼女の手のひらから歌の破片がきらきら舞うかのようです。
 そして、名作歌謡劇場「おつう」では、またかわいい彼女が現れます。ひとり芝居ともちがい、また単にせりふ入りの歌でもない奇妙なパフォーマンスで、わたしはまだこのシリーズをどこか気恥ずかしい気持ちで見ています。けれども、最近の島津亜矢が女心を見事に歌えるのは、もしかするとこのシリーズのおかげなのかなと思っています。

 ともあれリサイタルの時の島津亜矢はとびきりかわいくて、心が解放されています。先日のNHKの「歌謡コンサート」での硬い表情、そしてまわりの雰囲気もどことなくよくなくて、それでもけなげに「柔」を歌った島津亜矢に拍手を送りながらもとてもかわいそうに思えたのにくらべて、ほんとうにリラックスしています。
 ほんものの亜矢ちゃんに会って、ほんものの歌を聴こうと思えば、やっぱりリサイタルに行くしかないと思いました。
 11月の梅田芸術劇場でのリサイタルがとても楽しみです。

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