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2018.12.28 Fri 「時代」をけん引する「憑き物」や「魔力」を持ち、より広くより遠くをめざした20世紀のくびきから解き放たれた「新しい大衆」が待ち望む歌手・島津亜矢

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 4年連続、5回目の紅白歌合戦に出演する島津亜矢の歌唱曲が「時代」に決まりました。「時代」は、1975年、「アザミ嬢のララバイ」でデビューした中島みゆきが同年に発表した2作目の楽曲で、同年のヤマハ音楽振興会主催の「第10回ポピュラーソングコンテスト(ポップコン)」と「第6回世界歌謡祭」でグランプリを受賞しました。
 真実のほどはわかりませんがこの年の9月、彼女のお父さんが脳溢血で倒れ、こん睡状態に陥ってしまいました。彼女はその9日後にデビューし、10月に「第10回ポピュラーソング・コンテスト(ポプコン)」を控えた大事な時でしたが、お父さんの意識は戻りませんでした。彼女は病室から会場へ向かいました。そこで披露されたのが「時代」でした。当初は別の曲を歌う予定でしたが、急きょ変更したと言われています。
 お父さんはそのまま翌年に亡くなり、彼女のデビューもグランプリ受賞も知らないままとなりました。そんないきさつから、この歌がお父さんの死を契機につくられたという誤解も生まれましたが、実際はそれより前、一説によると18歳の時につくられたとも言われています。
 この歌の底の隠れている深い悲しみを「もうひとりのわたし」が優しく見守り、ありふれた言葉ですがどんな悲しみや痛みも「時が解決していく」という死生観といってもいい達観したメッセージは、自分自身に向けられたなぐさめと励ましと少しの諦めと共に聴く者の心をも悲しみの果てにまで導き、そこから匂いたつように「生きる力」が沸き上がってくるのでした。
 この時彼女は23歳という若さで、そこから始まる音楽の長い旅の終わりを暗示するかのごとく、まずは自分自身への一人語りから始めたのだと思います。それから後、彼女の歌が時代への「啓示」や「警鐘」や時代を体現する語り部となり、ジャンルでは語れない果てしなく広く深い独自の歌をつくり続けることになるのですが、「時代」はまだ彼女の冒険が始まる前の、しなやかで慈愛に満ちあふれた歌になっています。
 この歌で死ぬのを思いとどまったという何人もの証言は決して誇張とは言えず、歌にもし力があるとすれば国家や集団が一つの方向に個人を抑えつけることでも、過酷な状況に置かれた人間にありふれた元気を届けることでもなく、ひとつの歌が聴く者の声なき叫びを呼び起こし、絶望からよろよろと立ち上がるひとに静かな勇気を届け、暗闇に一筋の朝の光を届けるような、そんな歌の力を「時代」は半世紀にわたって歌を必要とする心に届けられ、歌い継がれてきたのでした。
  「時代」は中島みゆきの初期の名曲として、数々の歌手がカバーしています。
 中でも研ナオコのカバーはどちらかというとひとりの女性の深い悲しみによりそうように歌い、薬師丸ひろ子のカバーは自分自身を励まし勇気づけながら、一人の女性の旅立ちを後押しするように歌っていて、どちらも素晴らしい歌を聴かせてくれました。
 島津亜矢の「時代」はこの2人のふり幅を大きく包み込むような歌唱になると期待します。

 さて、2013年に「新・BS日本のうた」で卓越した歌唱で「時代」を歌ったとはいえ、この歌を紅白で島津亜矢に歌わせるNHKにまず驚いてしまいましたが、同時に紅白のスタツフがどんな思いでこの歌を島津亜矢に託したのか、推理してみたくなりました。
 もとより、紅白がかつてのように出演歌手にその年のオリジナル曲、さらにはヒット曲を選曲していた時代とちがい、オリジナルでも何年も同じ歌を歌ったり、カバー曲を選曲することになってきたのは、音楽の持っていた世代や心情を越えた大衆性というべきものがなくなってしまい、特にもっとも音楽と親しむ若い世代で大ヒットしていても、それより上の世代にはほとんど浸透しないということがあると思います。
 わたしにしても今年電撃デビューした人気グループKing & Princeはまったく興味がわかないのですが、あいみょん、米津玄師は結構いいなと思っていて、同世代に限らず結構若いひとにどう受け止められているのか尋ねるのですが「知らない」と言われることも多く、大衆芸能の極致のような紅白という番組をヒット曲だけで構成することはすでにできなくなっています。
 そこで、今までは特に演歌・歌謡曲のジャンルで以前のヒット曲を何度も歌うことになり、それがまた音楽シーン全体から見ればとても偏った状態になってしまい、演歌枠をここ数年一気に削ることになりました。
 島津亜矢はその固定された演歌枠のために長い間出演がかないませんでしたが、皮肉というべきか奇跡と言ってもいいでしょうか、その激変によって紅白出場がかなえられたのです。というのも、紅白出場を阻まれてきた長い年月に、彼女の歌唱力というような言葉では説明できない、歌うことへのあくなき情熱と、ジャンルにとらわれない好奇心と冒険心とたゆまぬ努力が彼女を歌が生まれる秘密の花園へと導き、いつの間にか、ただ声量のある高音の伸びのあるだけという評価を覆し、どんな歌にも真摯に向き合い、たった3分ほどの短い時間に一篇の小説や一本の映画のような物語を歌い、歌い残す歌姫と評価されるようになりました。
 演歌歌手でありながらあらゆるジャンルの歌を歌い、聴く者に驚きと感動を呼び起こす島津亜矢の存在がじわりじわりと浸透するようになったのは、NHKの音楽番組のスタッフが長年彼女を高く評価してきたからと言っても過言ではありません。
 最初はマイナーな勢力だったその人たちが島津亜矢と共に年を重ね、中堅からベテランになっていくプロセスが、彼女を紅白へと導いたのだと思います。
 しかしながら、今まで演歌のベテランたちの出演の言い訳にされてきた「歌唱力」や「実力」で紅白の出場が決まるという「神話」もすでに終わり、国民的番組から年末最大の大衆音楽イベントとして定着しつつある紅白は、いよいよ実力だけでも一部の熱烈な人気だけでもない、「時代」をけん引する「憑き物」や「魔力」を持ち、より広くより遠くをめざした20世紀のくびきから解き放たれた「新しい大衆」が待ち望む歌手のひとりとして、島津亜矢を選んだのだと確信します。アルバム「SINGER」シリーズや「SINGERコンサート」、中島みゆきリスペクト「歌縁」の出場など、島津亜矢のJポップス歌唱への評価が急速に高まったのは氷山の一角で、彼女はいよいよ演歌の出自を誇りに持ちながら、デビューした時には思いもしなかった「新しい音楽の旅」に出発したのです。
 時代に遅れた演歌歌手から時代が追いつくのを待ち続けた歌姫として、歌の女神に愛された数少ない歌手の一人として紅白の舞台に立つ島津亜矢を、とてもまぶしく思います。
 そんないきさつも想像すると、歌唱曲「時代」はかつて徳永英明が紅白で2度も歌ったこととは違う意味を、島津亜矢もNHKもわたしたちもかみしめるものになることでしょう。
 発表された曲順もそのことを意識したものになっていて、なんと世界的ソプラノ&ミュージカル歌手・サラ・ブライトマンとYOSHIKIが共演するステージの後になっています。最高峰の歌姫と称されるサラ・ブライトマンの歌唱力とクイーンを思わせるクラシックとロックを融合した圧倒的なパフォーマンスは、当日の会場を歓喜の渦で包むことでしょう。その余韻がなかなか抜けきれないところから、島津亜矢が「時代」を歌いだす。番組のディレクターも観客も視聴者も、そして島津亜矢本人も、最も緊張するところではありますが、もっとも「おいしい」ところでもあります。
 1人のファンとして言わせてもらえば、その派手なパフォーマンスに呑み込まれず、その余韻を一緒に楽しみながら島津亜矢が、できれば初期の中島みゆきのようにギターの弾き語りか信頼する吉田弥生のピアノを中心にした伴奏で静かに歌ってくれれば、先のやや大時代的なパフォーマンスを凌ぐものになると思います。この歌はとても静かな歌で、目立たない地味な歌のように思われがちですが、歌そのものが持っている深いメッセージは必ずや大晦日にふさわしい切なくも悲しくもやるせなくも、ささやかな未来を信じる、同時代の夢を数時間後の特別の朝に運んでくれることでしょう。
 この記事が今年最後になると思います。一年間、ありがとうございました。

島津亜矢「時代」( 2013年)

研ナオコ「時代」

薬師丸ひろ子「時代」 (2013年)
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