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2018.07.29 Sun 島津亜矢の新しい演歌は日本のクレオール文化から生まれる。NHK「うたコン」・「海の声」

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空の声が聞きたくて 風の声に耳すませ 
海の声が知りたくて 君の声を探してる

 先日のNHKの「うたコン」で島津亜矢が歌った「海の声」は、彼女がまたひとつ、大きな進化を遂げたことと、わたしの想像を越えてさらなる進化を予感させるとても刺激的な歌唱でした。
 島津亜矢のファンになってかれこれ10年、先輩のファンの方々のディープな想いにはおよばないものの、彼女の歌の軌跡に伴走出来る楽しさを一人でもたくさんの方々に知ってもらおうと記事を書いてきましたが、ここ数年加速度的に変幻・進化する彼女の歌の軌跡に追いつけなくなってしまいました。
 というのも、一人のファンとして島津亜矢にこんな歌手になってほしいとかこんな歌を歌ってほしいとか、ファンならではの無茶ぶりと思える妄想と願望が次々と実現するだけではなく、まさかと思える歌をまさかと思える歌唱で次々と歌ってしまう島津亜矢に、わたしはとんでもない歌手を好きになったものだと半分は自負し、半分はこれから彼女がどうなっていくのか期待と少しの恐怖すら持ってしまうのです。
 それもこれも、彼女の稀有の才能はもちろんのこと、若くしてデビューしたことで歌手としての円熟・成熟にはまだ10年は早く、持ち前の努力と好奇心で音楽的冒険をする時間がたっぷりあるからです。また、彼女のデビューから現在まで、出自である演歌の分野では不遇であったことがあらゆる分野の歌を歌う機会をつくったとも言え、最近のポップスの分野でのブレイクと呼んでいい状況が生まれたのだと思います。
 しかしながらそれゆえに、NHKの「うたコン」ですらJポップのカバーを求められることが多く、演歌は「BS新日本のうた」をはじめとするBS放送の演歌・歌謡曲番組に限られるようになりました。この現実を好ましく思わないひとも少なからずいて、島津亜矢本人にしても演歌の固定ファンを無視できず、特にCDを中心にプロデュースする新曲発表は今のところ演歌に限られ、それも演歌の王道と言える「ひとの道」を説くような歌になっています。
 正直のところ、根強いハードなファンを持っているとはいえ、いまや5パーセントにも満たないマーケットと言われる演歌の分野では、この小さな市場に島津亜矢がとどまる時代は終わってしまったのかも知れません。というより島津亜矢は現代演歌という、1970年以降に大衆音楽が大きく別れて行った後に残された偏狭なジャンルには収まらない立ち位置を、彼女自らが探しつづけなければならない宿命を背負っているのだと思います。
 それはまた、島津亜矢のファンになったわたしが彼女を通して現代演歌と出会い、明治政府の音楽教育によってゆがめられたところから生まれた「歌謡曲」の歴史の中に「日本の歌」のルーツを探す旅でもありました。
 最近気づいたことですが、過去へ過去へとさかのぼり、余分に思える要素を捨てたりはがしたりして原石を見つけるのではなく、日本固有の、そして日本国内それぞれの地域の、さらには海の向こうから押し寄せる世界の多様な音楽が混じりあい、融合してきた歴史をたどることから、島津亜矢が歌うべき日本の音楽を探し当てることができるのではないかと思うようになりました。
 海の向こうのブルースもジャズもレゲエもアフリカから奴隷として連れて来られた黒人たちが過酷な労働を強いられながら言葉や習慣を融合させ、支配階級の文化とアフリカのの文化とアメリカ大陸の文化を融合させて生まれたものでした。虐げられ貧困を押し付けられ人間としての誇りを奪われてきた奴隷たちの怒りや悲しみを内包しながら、西洋音楽と黒人音楽があらゆるところでまじりあい、世代が変わるたびに融合・混合・混血の文化、いわゆるクレオール文化が育ち、豊かな音楽が生まれたのです。
 わたしは日本でもクレオール文化が育ってきたと思うのです。たとえば在日朝鮮人の中には日本の植民地時代に自分の意志ではなく日本に来た人たちや植民地となった祖国で暮らせなかった人々、そして戦後、朝鮮半島の内乱や朝鮮戦争によって祖国に帰れなかったひとたちが数多く日本で暮らしています。ネットでは「韓国や北朝鮮に帰れ」という記事が飛び交いますが、彼女彼らの一世ですらすでに故郷はなく、また日本で生まれ、日本で育った二世以降のひとびとにとって故郷はよくも悪くも日本なのだと思います。
 日本は植民地時代に極端な日本化(皇民化)政策で朝鮮文化を抑えつけたため、日本化された朝鮮文化が隠れています。そこから日本でもなく韓国・朝鮮でもない在日の新しい故郷をアイデンティテイとするクレオール文化が花開き、日本文化を豊かにするとわたしは思います。
 一方で沖縄もまた、朝鮮戦争をきっかけに米軍が朝鮮半島に出動するための米軍基地を要求し、本土の反対運動からほとんどの基地を沖縄に移し、今に至っています。沖縄は日本の一地域でありながらアメリカの植民地のように扱われ、米軍兵による理不尽な犯罪が後を絶たないというのに、今また国はアメリカの要求通りに普天間の代替として辺野古に基地をつくる工事を進めています。(それに異議申し立ての叫びをあげる沖縄の人々の苦しみ、悲しみをわたしたちは見て見ぬふりをしていないでしょうか。)
 その中で、沖縄の風土とアメリカと日本の文化が混じりあうクレオール文化が育ち、本土をしのぐ数々の名曲が生まれました。
 「海の声」は2015年のauのCMソングです。作詞はau三太郎シリーズのCMプランナーで電通の篠原誠、作曲はBEGINの島袋優で、ユーチューブの視聴回数が一億を越える大ヒット曲になりました。
 BEGINはデビュー当時から音楽的な要素、歌詞の構成、何よりもその土地の暮らしの中から滲み出たような歌のあり方から、ブルースと沖縄民謡の大きな共通点を見出していました。
 デビュー10周年の2000年、自らのルーツである「沖縄」を見つめ直し、島唄のアルバム『オモトタケオ』を制作。この時、森山良子に提供し、その後夏川りみ他、多くのアーティストにカバーされている「涙そうそう」も生まれており、「島人ぬ宝」や「かりゆしの夜」など、沖縄の風景や島の暮らしが描かれた故郷のぬくもりを感じさせるBEGINの代表曲となる楽曲が次々とつくられました。BEGINもまた沖縄の伝統音楽とJポップを融合させるクレオール音楽の旗手にまちがいありません。
 島津亜矢が歌う「海の声」には、この歌の作詞者・篠原誠も作曲者・島袋優、そして役者でありながら見事な歌唱力でこの歌を人々の心に届けた桐谷健太による、完成されたオリジナル歌唱と一味違う歌の心があります。
スマートホンなどの通信手段を手に入れたわたしたちは、会えない人に会いたいと願い続ける時間をスマートホンに奪われてしまったとも言えます。わたしたちはポケットやカバンにスマートホンという「孤独」を持ち歩くことでしか、会いたい誰かと出会えなくなってしまったのかも知れません。「海の声」がスマートホンのCMソングを越えて大ヒットしたのは、そのことを教えてくれたからなのかも知れません。
 島津亜矢の「海の声」は、その孤独な心をやさしく抱きしめる海の深さをわたしたちの心に届けてくれるラブソングだと思います。
 彼女が今、Jポップといわれるジャンルのカバー曲を歌うことは、海の底や星空に眠っている無数の歌たちをよみがえらせて、新しいクレオール・混血の音楽を生み出す壮大な実験なのだと思うのです。そして、島津亜矢の新しい演歌・歌謡曲が生まれる場所もまた、その壮大な実験の彼方にあると思うのです。

島津亜矢「海の声」

「海の声」 フルver. / 浦島太郎(桐谷健太)


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