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2018.05.03 Thu 闇夜の中で唐十郎がただひとつ「希望」をくれるとしたら少年少女の純愛。唐組「吸血姫」

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 「愛染病院の皆様方!お久しゅうございます。そして、本日はありがとうございます。よくお出でくださいました。」
 唐組・第61回公演【唐組30周年記念公園第一弾】、「吸血姫」は、高石かつえを演じる銀粉蝶の圧倒的な存在感と華やかさとあざとさにあふれた口上で始まりました。
 毎年この時期にやって来る唐組の芝居を観るのを楽しみにしてきました。わたしは状況劇場の時代の60年代後半の芝居は見逃してしまい、1974年の「唐版 風の又三郎」から毎年見てきましたが、1988年の状況劇場解散後、唐組旗揚げから30年になるのですね。
 状況劇場から唐組へと紅テントの演劇空間は微妙に変わってきましたが、唐十郎の芝居には目の前で繰り広げられる物語の展開の裏側に日本の近・現代史の暗闇が広がり、芝居の中で語られる事件や戦争や災禍がその暗闇の歴史のるつぼで再構成され、テント小屋の密室空間にせり上がってきます。
 テント小屋は母親の胎内のようですが、暖かかくて居心地の良い所ではなく、現在と過去が交錯し、かつてどこにでもあったはずの忘れられた場所、記憶の中にかくれていたもうひとつの町へと引きずり込まれる、なつかしくもおそろしい暗闇でもあります。
 わたしたちの日常で起こる理不尽な出来事や裏切り、新聞の三面記事に仕組まれた悪意が増殖し、現実原則から解放された物語は起こらなかった歴史のらせん階段を昇っては堕ちながら、少年少女の純情な夢を切り裂き、分け入ることで反歴史と呼べるもうひとつの歴史を呼び覚ますのでした。
  「吸血姫」は、1971年に状況劇場によって初演された芝居で、唐組による47年ぶりの再演でした。わたしは2002年に「新宿梁山泊」によって再演された舞台を観ています。その時は唐組の稲荷卓央、鳥山昌克、また状況劇場の怪優・大久保鷹が客演し、近藤結宥花、小檜山洋一など、当時の梁山泊の役者たちとともにこの芝居の奥深い荒野に身をゆだねるような刺激的な芝居だったと記憶しています。
 唐十郎の芝居にはいくつもの物語が同時進行し、それらが交錯しながらやがて一つの物語に収れんし、最後の最後にその物語さえもテントの密室から解放され、夜の闇に消えていくのですが、「吸血姫」の場合も1937年から38年にかけて一世を風靡した小説と映画「愛染かつら」を導入部としています。海の底に沈む「愛染病院」、そこは心の闇を抱えた者と死んだ人間たちが「あっち」というもうひとつの現実を生きつづけていて、献血車を差し向けては現実の街から歴史の生き血を何千年も吸い続けているようなのです。

 江ノ島愛染病院に働く高石かつえ(銀粉蝶)と白衣の天使隊は歌手デビューを目指し国際劇場で歌うことを夢見ている。病院長浩三と旧知のマネージャー花形は、かつえで一山当てようと目論んでいたが、かつえは徐々におかしくなっていく。そこに謎の引越し看護婦・海之ほおずき(大鶴美仁音)が人力車で登場し、天職を探す少年(福本雄樹)を保護する。彼女は関東大震災で焼け出された人々の姿が忘れられずさすらいをつづけていた。
 長期間不在であった病院長(大鶴佐助)は人妻(藤井由紀)を連れて戻る。狂言回しの中年男(久保井研)はある時は大陸浪人川島浪速となり、時間と空間の引っ越しをつづける引越し看護婦ほおずきは、関東大震災や満州の荒野を経て、古賀さと子、川島芳子と化身しながら永遠の少女に回帰していく。その過程で失われる「青春、愛、挫折、希望」。

 この芝居の最初の見どころは一幕の終わりに、謎の引っ越し看護婦・海之ほおずきが人力車に乗って登場する場面です。それまでの高石かつえを中心にした芝居が一瞬にして止まり、まったく異次元の芝居が突如現れます。この役を演じる役者は演じるというよりは芝居の始まる前からすでに謎の引越し看護婦・海之ほおずきに乗り移られているのです。
 生電球の照明のもとで純白の白衣を着たほおずきのどこか切羽詰まっていて、この芝居の行方を知ってしまったような冷たく透明なセリフ回しにわたしたち観客は思わず息をのみます。2002年の新宿梁山泊の芝居では近藤結宥花が演じ、わたしは一目で彼女のファンになったものです。伝え聞くところによると、状況劇場の初演はやはり李礼仙で、おそらく彼女は決してこの役を他の役者に譲ることはなかったでしょう。
 今回、この役を演じたのは唐十郎の長女の大鶴美仁音で、ときおり他の役者に押されてしまう場面もありましたが、時代を引っ越す少女の初々しさがせつなく記憶に残る演技でした。そして、びっくりしたのは院長の浩三を演じた唐十郎の長男の大鶴佐助で、役者・唐十郎のDNAを存分に発揮した演技だったとわたしは思います。
 この芝居の初演が1971年だったことは象徴的だと思います。70年安保の荒々しく暴力的な時代の波が足早に通り過ぎ、若者たちをはじめひとびとがそれまでとはちがう別次元の価値観に戸惑いながら、おそるおそるもう一度街に出始めた時代でした。街の至るところにあった「戦後」は少しずつその影さえも消えていき、右も左も高度経済成長という巨大なジェットコースターに振り落とされそうになるのを必死でこらえながらサラリーマンになっていった時代でした。
 わたしのように政治的関心の乏しい者であっても、70年安保が残していった宿題の大きさにどのように向かい合うのかと心をざらつかせていたころ、世の中はそんなことはまったくなかったかのように欲望をかりたて、わたしたちを孤独な牢獄にとじこめていくのでした。わたし個人もヒッピーのような暮らしから脱出し、絶対にありえないと思っていた結婚をし、まだ町工場に近かった会社で働き始めました。
 そんな時代の裂け目に、唐十郎は切ない青春も、無垢な愛も、言い訳ができる挫折も、人間が最後にかかる病気と言われる希望も、由比正雪の戯曲ではありませんが「てけれっつのパ」と笑い捨ててしまいました。
 彼は静かになっていく街のいたるところに赤テントという異空のシェルターをつくり、戦後の民主主義の下でアスファルトに固められたがれきの底から、1923年の朝鮮人虐殺を引き起こした関東大震災を呼び起こし、1931年の満州事変のまっただ中の暗い幻想にわたしたちを放り投げるのでした。それらはこの日本社会が封印してきた病の歴史で、愛染病院に蓄えられた血と暴力と犯罪の歴史なのだと思います。
 そして、闇夜の中で唐十郎がただひとつ、わたしたちに「希望」をくれるとしたら、彼の芝居に必ず登場する少年少女の純愛で、それこそが歴史をたがやす鍬であることでしょう。
 唐十郎の初期作品の劇中歌は小室等・作曲が多く、名作が数多くあります。おそらく「吸血姫」の劇中歌は小室さんだと思うのですが、わたしが大好きな歌があります。ひとつは「ほおずきの歌」、もうひとつは「夏の海辺に」で、ほおずきの歌は「唐ゼミ」公演のユーチューブがありました。この芝居のテーマ「夏の海辺に」は適当な音源がなく、歌詞を紹介します。

夏の海辺に行った時
まだ見たこともないものを見た
遊びなれた砂浜に
病院が一つ立っていた
門という門は閉ざされ
窓という窓にクギ
塀を乗り越えやさしい花々の咲き匂う
中庭に降りると
そこに俺の見たものは一面の墓
花々に囲まれた墓石ばかり
しかも
白ずくめの看護婦たちが
あたりをさまよい
おいらの希望を愛に染めた

《劇中歌集》8.ほおずきの歌 劇団唐ゼミ

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