ホーム > 2017年06月14日

2017.06.14 Wed 島津亜矢「いのちのバトン」と「夜がわらっている」

simazu2017-2.jpg

 新歌舞伎座の感想の続きを書く前に、11日の「NHKのど自慢」と13日のBS-TBSの「名曲アルバム」に出演した島津亜矢について、少し書いてみようと思います。
 たしかに新歌舞伎座公演の頃から喉の調子があまりよくないと本人もブログに書いていることもあり、様々な感想が寄せられています。いつもより声量もなく、また少し緩慢な様子だったとか、周りに気を使って抑えめにしたとか、新曲「心」が発売されることで、キャンペーンとしてはこの歌と別れることへの感傷など…。
 わたしはここ最近まで音楽番組から遠ざかっていたことや、新歌舞伎座の時もすこぶる音響がよくなかった3階席でしたのであまりそのあたりの事情には疎く、反対にかなり素晴らしい歌唱だったと思っています。
 彼女の若い頃は聴く者が聴き入り、沈黙してしまうほどの圧倒的な声量と歌唱力が魅力でしたし、それを否定するつもりはありせんが、大人の女性となり数々のステージと座長公演を経験し16歳からの歌の道を経た今、島津亜矢の歌は大きく進化していることをあらためて実感します。
 それは、たとえばたくさんのひとに届く歌を歌いあげるのではなく、たくさんのなかのひとりひとりに届く歌を歌い残すことができるようになったことです。生身の人間ですから体調や声の調子が悪い時も必ずあり、そんなときでも最高のパフォーマンスをお客さんに届けようとする姿勢は若い頃も今も変わりませんが、ライブの時はもとより音楽番組に出演していても彼女は観客のひとりひとり、視聴者のひとりひとりに語りかけていると感じます。それは彼女の視線だけでなく、歌う言葉もしぐさも、まさにひとりひとりと握手し、ひとりひとりの顔を見ているように錯覚してしまいます。
 何度も書いてきましたが、座長公演の演劇体験によってもともと持っていた彼女の感性がよりとぎすまされたのだと思います。それまで高い評価を得てきた「名作歌謡劇場」がモノローグから相手が見えるダイアローグへと大きく豊かな表現に変わったように…。
 ともあれ様々な事情が本当であったとしても、それよりもわたしは今まで新曲として少し力が入るきらいがあった「いのちのバトン」がメリハリの利いた物語となり、親が子に託す願いがしみじみと伝わる歌唱だったと思います。
 今年は「いのちのバトン」に引き続き、「心」を発売することになりましたが、「いのちのバトン」がポップス調なので本来の演歌路線の新曲を出すことになったともいわれています。わたしは島津亜矢の露出が増えてきた中で、このチームがポジティブにもう一段の勝負をかけたのだと思っています。そもそも、「いのちのバトン」はわたしも当初ポップスと思っていましたが、よく聴きこむと演歌そのものなのではないでしょうか。
 来年のことはわかりませんが、できれば年の初めは本来の演歌・歌謡曲で、あと一枚を縁ができた中島みゆきや桑田佳祐、今活動休止中の水野良樹、あるいは以前に提供したもらった小椋佳に「山河」のような大きな曲か、「函館山から」のような珠玉の抒情歌を提供してもらい、発表してくれたらいいなと思います。

 13日のBS-TBSの「名曲アルバム」は時々見るのですが、BS日テレの「心の歌」のフォレスタとちがって、大学のサークルもふくめてアマチュアの合唱団がいろいろなジャンルの歌を歌います。そして、合唱団に交じってプロの歌手が何曲か歌うのですが、今回は星野哲郎特集で、島津亜矢と天童よしみがサプライズ出演し、島津亜矢は「感謝状~母へのメッセージ」と、「夜が笑ってる」を、天童よしみが「風雪ながれ旅」を歌いました。
 わたしの子どもが大学の時に合唱サークルに入っていて、定期演奏会に何度か行くことがあり、合唱の素晴らしさをはじめて知りました。
 この番組のように演歌を合唱するというのはめったにありませんが、不思議にどの曲も合唱曲として聴くことができました。とくに島津亜矢の「感謝状~母へのメッセージ」は、いつも聴き慣れているアレンジとちがい、合唱曲ならではのアレンジがかえって弦哲也の曲を引き立たせていましたし、何よりもポップスなどで培った島津亜矢のナチュラルな歌唱と稀有の声質が合唱とよくマッチしていて、いつもはべたに聴こえる星野哲郎の歌詞がより深く心に届きました。
 2曲目の「夜がわらっている」は「君の名は」、「黒百合の歌」が空前のヒット曲となった織井茂子の1958年の楽曲です。この時代の歌謡曲は歌唱力と有り余る声量で人気を博した歌手がたくさんいて、その中でも織井茂子の圧倒的な歌唱力は子どもながらによく覚えています。島津亜矢の「黒百合の歌」は貴重な映像が残っていて、その熱唱がたくさんの人々に驚きと感動を与えてきたことを物語っています。
  「夜がわらっている」には、わたしは少し違和感を持ちました。
 島津亜矢のカバー歌唱の特徴は、たとえばオリジナル歌手がペースメーカーとして並走するマラソンランナーのように、リスペクトをこめて最初はオリジナル歌手がその楽曲を受け取った時と同じところにたどり着きます。そこから先、オリジナル歌手がレースを離れた後にはじめて彼女独自の歌の解釈で、その楽曲が生まれた時代の風景とその時代の人々が抱きしめた夢までも解きほぐすように歌い、オリジナルを損なわないまま現代の歌としてよみがえるのです。
 もちろん、その歌い方だけがベストではなく、さまざまなアプローチでオリジナルをよみがえらせるカバーの達人と言われる歌い手さんがたくさんいます。
 その中でも、ちあきなおみのカバーは絶品で、彼女は最初からオリジナルとはかけ離れたところから独自の解釈と表現力で、オリジナルの歌が生まれたところに到達しています。
 今回の「夜がわらっている」は、どちらかといえばちあきなおみのアプローチに似ているなと思っていたところ、ちあきなおみの「夜がわらっている」を聞くと、かなりよく似た歌になっていました。
 島津亜矢にしてもひとつのアプローチに限ることもなく、「夜はわらっている」の歌唱はちあきなおみや浅川マキの表現力や歌の解釈を学ぶきっかけになるのかも知れません。
 それにしても「男はつらいよ」や「さようならは五つのひらがな」、「黄色いさくらんぼ」、「風雪ながれ旅」など星野哲郎の歌を合唱で聴くと、歌詞に込められた繊細な心情が見事によみがえりました。

島津亜矢「夜がわらっている

織井茂子「夜がわらっている」

ちあきなおみ「夜がわらってる」
web拍手 by FC2
関連記事