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2016.06.27 Mon 島津亜矢・大阪新歌舞伎座特別公演「お紋の風」

島津亜矢「お紋の恋」

 6月23日、大阪新歌舞伎座に千穐楽となった島津亜矢特別公演を観に行きました。
 6月4日から始まった20日間、一日お休みがあったものの昼夜の2回公演の日もあり、合計28回の公演となりました。
 島津亜矢が座長公演を始めたのは2012年の名古屋・御園座での「会津のジャンヌ・ダルク~山本八重の半生~」が最初で、この時は思い切って名古屋にまで足を運び、緊張いっぱいの芝居を観ました。
 翌2013年は大阪新歌舞伎座での「獅子の女房~阪田三吉の妻・小春の生涯~」で、前年の波乱万丈の人生を気丈に生き抜いた女性から一転、心こまやかに夫を支えながらも、いざという時には夫を最良の道に導く気丈さを持った女性を演じ、役者としての大きな一歩を踏み出しました。
 そして2014年、大阪新歌舞伎座と東京明治座で山本周五郎の「おたふく物語」を原作にした「おしずの恋」では、江戸下町で回りの人々に助けられながらひたむきに生きるおしずの家族への愛と、ひそやかな恋が実り、新しい人生を共に歩み始めた夫を思いやる健気な女性を見事に演じました。山本周五郎原作のこの芝居で、名代の大女優が演じてきた「おしず」を島津あやに演じさせた六車俊治の演劇人としての慧眼には、どれだけの敬意を表しても足りないとわたしは思います。彼はいわゆる座長公演に色濃くある自己満足と熱烈なファンだけをたよりに作られる芝居にとどまらず、新歌舞伎座に足を運ぶ手厳しいお客さんにも通用する芝居を島津亜矢に求めたのだと思うのです。
 もちろん、まだほとんど舞台経験のない、歌手が本業の島津亜矢に本格的な演技を求めたわけではないと思います。歌手・島津亜矢のそれまでの芝居体験が歌の表現力を飛躍的に進化させただけでなく、歌手にとってもっとも大切な「歌をよむ力」をも与えたとするなら、今度は島津亜矢に芝居のほんとうのおもしろさを伝え、その芝居空間の中を泳ぐことのできる舞台女優になってもらいたいと思ったにちがいありません。
 15歳の島津亜矢に、ただ歌がずば抜けてうまく、声量も他の追随を許さず、いわゆる「男歌」を歌わせたら天下一品の怖いもの知らず、という評価で終わってほしくないと思った星野哲郎が「愛染かつらをもう一度」で心のひだをつたい、はじめて奥行きのある繊細な歌を彼女に提供したように、六車俊治もまた舞台女優としての新しくもきびしい道を用意したのだと思います。
 そして、六車俊治に脚本家、演出家としての野心を駆り立てたのはほかならぬ島津亜矢自身だったのではないでしょうか。たとえば仏像の彫り師が何でもない木から仏像をつくるのではなく、その木の中にもともといらっしゃる仏さまを仰ぎ、向かい入れるように仏像を彫り出すように、またかつて武満徹が「私は作曲という仕事を、無から有を形づくるというよりは、むしろ、既に世界に遍在する歌や、声にならないつぶやきを聴き出す行為なのではないか、と考えている。」と言ったように、六車俊治はすでに本業の歌手としては時代を超越した歌姫であったとしても、役者としては未熟というほかはない島津亜矢に、舞台女優としての原石を掘り当てたのだと思うのです。
 彼は「おしずの恋」のパンフレットにこう書いています。
 「どんなに苦しくとも、まっすぐ前を向いて生きるおしず。そのキャラクターは、島津亜矢さんにぴったりです。島津さんの歌声に感じる悲しさ、しかし、明るい力強さ、そしてそのまっすぐな心は皆さんもよくご存じのことと思います。」
 彼が言い当てている「悲しさ、しかし、明るい力強さ」、それこそが本業の歌のみならず、努力だけでは手に入らず、また不断の努力によってしか掘り出せない役者としての「原石」で、演技力のあるプロフェッショナルな役者であっても手に届かないものなのだとわたしは思います。
 今秋、明治座で日本が誇る舞台女優の藤山直美が「おしず」を演じます。わたしはこの芝居をぜひ島津亜矢に見てもらいたいと思います。あらゆる意味でこの大女優を島津亜矢が越えることはないでしょう。しかしながら、藤山直美が大女優であるゆえんもまた、「悲しさ、しかし、明るい力強さ」と、培った演技力におごらず不断の努力を重ねる真摯さとひたむきさにあり、それは歌手・島津亜矢にあるものとまったく同じ宝物なのです。
 そして、山本周五郎の小説に登場する女性たちが島津亜矢そのひと自身であることもまた、この演出家は見抜いていたのでしょう。

 料理茶屋「蔦萬(つたまん)」の女中、お紋(島津亜矢)は早くに両親を亡くし、祖父で植木職人の藤七(左とん平)と二人暮らし。お紋には密やかに想いを寄せる相手がいた。店の馴染み、新庄藩の物頭・楢岡又三郎(橋爪淳)である。又三郎もまた、健気で明るいお紋に行為を抱いていた。
 自分が実は藩主の庶子で、自分の意に反して世継ぎ問題に巻き込まれた又三郎は武士を捨て、貧しくても自分らしくお紋と藤七と3人で暮らそうとするが、実の父親である藩主に武家の役割をさとされ、やむを得ず後目を継ぐ決心をする。そして建前上、正室を迎えることになるが、自分が本当に愛しているのはお紋ひとりで、一生大切にするからお紋を側室にしたいと藤七に願い出る。  藤七はお紋に詳しいいきさつと又三郎の深い思いを告げず、「奴はお前を妾にしたいと言った」と嘘をつく。あんな男はあきらめて、2人で遠くへ行こうと言い、お紋もそれに従う。
 後に蔦萬の人たちがやってきて、又三郎が必死にお紋を探していることと本当のいきさつを聞かされたお紋が藤七を問い詰めると、藤七は言うのだった。
 「堪忍してくんな、わかっていたんだ、若さまの気持もおまえの気持も。だがな、それじゃ奥方になって来る方が気の毒じゃないか。一生の良人とたのむひとが自分には眼もむけず、同じ屋敷のなかで他の者をかわいがっているとしたら、お紋、お前がそのひとだったら悲しくもつらくもないか。老いぼれてもおれは江戸っ子だ、ひとに泣きをみせてまで、自分の孫を幸せにしたかねえ」
 「よくわかってよ、恨んだりして、あたしがいけなかったわ…あたしだって江戸っ子だわ、また引っ越しましょう、どこか遠いところへ」
2人が行く道のまわり、林をそよがせ枯草をゆすって、野分がふきわたっていた…。

 前作「おしずの恋」ではひそやかに思っていた者同士が夫婦になり、お互いが相手を思うがゆえに生じるいさかいを乗り越えて幸せになりますが、この物語は武士と町人、社会の支配層と被支配層、富める者と貧しい者という深い溝にはばまれ、引き裂かれていきます。時代劇では殿様のお部屋さまになることは名誉と富を手に入れることとして描かれることがほとんどですが、この物語では町人が社会の理不尽に立ち向かい、助け合う長屋文化を支えに凛々しく生きる姿が描かれています。
 一度限りの人生を自分らしく自由に潔く生きることが、富や名誉や権力よりもはるかに豊かで大切だとする山本周五郎の戦後社会への警告が込められたこの物語は、成長することがわたしたちを豊かにする前に他者を傷つけることになりかねないような今の社会にも通じる警鐘のようにも思うのです
 昨年の名古屋公演に行けなかったわたしは、2年ぶりに役者としての島津亜矢を観ることができました。そして実は願望をこめてつらつらと書いてきたこと以上に、彼女が風格さえただよう新人役者のところまでたどり着いたことを目の当たりにしました。
 新人役者というのは失礼だと思いますが、やはり芝居の世界は奥深く厳しいものがあり、年に一度2、3か月ではたどり着けないものがあるのは仕方ないことです。しかしながら彼女はきっと歌を歌うときにも、ひそやかに役者に通じる修行をしているのでしょう。そんなに芝居に詳しいことはありませんが、部屋に入るところや部屋から出ていく立ち振る舞い、共演者との掛け合いなど随所で芝居の空間になじんでいました。芝居をやり始めてからまず本業の歌の世界で目覚ましい進化を果たした島津亜矢が、いよいよ芝居の世界でも座長公演という看板をはずしていいほどひたむきな役者へと進化する可能性を感じました。
 わたしはあと何度かは、山本周五郎の原作と六車俊治脚本・演出による芝居をしてもらいたいと思っています。そうすればきっと舞台女優と呼んで何の違和感もない島津亜矢が、木から仏が出てくるように立ち現れることを確信します。

 一部の芝居だけで決めている長さを越えてしまいました。次回は2部のことと、「うたコン」をはじめ最近の歌番組への出場機会が極端に少なくなっていることなど、ファンとして気がかりに思っていることなどを書いてみたいと思います。

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