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2016.01.29 Fri 島津亜矢「望郷じょんから」・木曜八時のコンサート

島津亜矢「SINGER2」

 昨日1月28日、東京テレビ系の「木曜8時のコンサート」に島津亜矢が出演し、「望郷じょんから」を熱唱しました。
 この歌は細川たかしの1985年のヒット曲で、作詞は里村龍一、作曲は浜圭介です。
 細川たかしといえば伸びやかな高音と圧倒的な歌唱力が高く評価されている演歌歌手で、ある意味、布施明とともに島津亜矢に共通したものを感じる人も多いと思います。
 事実、今も貴重な映像が残されている2000年当時の島津亜矢は「怖いもの知らず」というか、どこまでも伸びる透明な高音とほとばしる声量、そしてたしかな音程とリズムでどんな歌も壮大に歌い上げています。当時30才前後だったと思うのですが、島津亜矢はあの時期に歌手としてのひとつの極みに到達していたことを証明しています。
 それから15年の間、彼女の歌手人生はいばらの道で、幾多の辛酸を舐めながらもまわりの人たちや熱烈に応援するファンに支えられて歩んできたと言えます。時代がすでに演歌を求めなくなっていく中での悪戦苦闘は、しかしながら彼女の歌を15年前の極みからいったん地を這いながらもそこからより高い至高点へと向かう道を着実に登り、今の島津亜矢を用意したのでしょう。
 「望郷じょんから」も15年ほど前の貴重な映像が残されていますが、まさに歌ここに極まれりというか、その歌唱力に圧倒されるばかりです。この歌は細川たかしが民謡で習得した歌唱力なくしてはつくられることがなかったはずの歌で、細川たかしでなければ歌えない歌と言っても過言ではないでしょう。事実、この歌をカバーするのはなかなか勇気のいることで、15年前の島津亜矢の熱唱を聴いていると声量にも表現力にも自信がみなぎっていて、オリジナルの細川たかしに負けずとも劣らない壮大な歌になっています。
 「望郷じょんから」は1975年に「心のこり」でデビューした細川たかしが1982年の「北酒場」、1983年の「矢切の渡し」、1984年の「浪花節だよ人生は」で日本レコード大賞グランプリ3連覇を達成した次の年の作品ですが、それまでと違う民謡のエッセンスをとりこんだ楽曲で、それ以後細川たかしの定番ともいえるスケールの大きい楽曲を定期的に発表するきっかけとなった作品で、紅白でも何度も歌われた名曲です。
 この頃でも今でも、細川たかしをさておいてこの歌を堂々と歌える歌手は島津亜矢をおいて数少ないと思います。しかしながら、15年前の彼女の歌が完璧であればあるほど若さとあふれる才能に圧倒され、打ちのめされるように感じてしまうこともあります。
 この歌はタイトル通り「望郷」の歌で、実はそんなに壮大に歌い切る歌ではないのではないかと思います。細川たかしの場合は、この歌の根底にある民謡が在りし日の故郷を歌う日本のルーツといえる音楽であるため、同じように声量豊かに歌っていても巧みに望郷の心情を表現していると思います。15年前の島津亜矢には細川たかしに負けない声量と歌唱力でこの歌をねじ伏せた感があり、やや「望郷」の念が希薄になっていたと思うのです.
 ところがどうでしょう、テレビ放送では久しぶりだと思うのですが今回の「望郷じょんから」は、15年前に持て余していた声量としなやかな高音はそのままに、見事にちがう歌になっていました。
 なんといってもここ数年続けている座長公演の芝居で培ってきた演劇性によって、一方的に歌い切る歌ではなく、本来の意味であった「歌を詠む」歌へと変わり、点から線、線から面へと歌の舞台が大きく広がり、歌に隠れている物語がより繊細によりきめ細かく伝わってくるようになりました。わたしが時々口ぐせのように書いていますように、聴く者の心の部屋にそっと「歌い残す」ことで、いつまでも彼女の歌が聴こえているような魔力に憑りつかれてしまうのです。そして限りなくあふれる声量はコントロールされ、声質も高音も中音も低音もより細やかに使い分けられるようになったように感じます。
 その結果、今回の歌には切ない「望郷の念」があふれていました。しかも、今回の島津亜矢の歌から立ち現れる望郷の念は、この歌が生まれたバブル最盛期の1985年の時にはまだほんとうのすがたがあらわれていなかった閉塞感が、いまや社会の底辺に居座っていることを物語っていると思います。
 15年前の彼女の歌は故郷へとつづく荒野を時速200キロで疾走し、草木をなげ倒すような壮絶な歌でしたが、今回の歌はすでに夢の中にしかない故郷をしのんで涙を浮かべるひとりの人間の心をていねいに愛おしく歌っているようなのです。「帰らんちゃよか」についても何度か書いていますが、日本の社会全体が取り返しのつかないところまで来てしまい、たいせつな「故郷」を失くしてしまったのかも知れないと、彼女の歌は語っているように思うのです。
 そういえばうんと昔、三上寛が「東京へ帰って来てからな、新宿のヤキトリ屋でな、飲んでいたらな、隣のおっちゃんが声かけて来た。 あんた津軽だってな、あんた五所川原、いいとこだなあ、ってな。 溜まらなくなって外へ出た。 空は寒くてな。 みんな冷たかったな、たまらなかったな、寒かったなあ。」(「五所川原の日々」)と歌いましたが、高度経済成長のど真ん中で三上寛はすでに、故郷をなくし、もう取り返しのつかない所に来てしまった自分と日本社会を歌っていたのだと今さらながら思いました。
 ともあれ、今回の「望郷じょんから」は、島津亜矢がまた一段とその豊かな才能の翼をひろげ、失われた日本人の故郷を歌う心の歌手へと進化していくプロセスの途上にいることを証明したのでした。と同時にそれは彼女が目標としている美空ひばりに近づいていくプロセスでもあると思います。ちなみに島津亜矢が目標とする美空ひばりは多くの歌い手さんが「お手本」とする演歌歌手としてだけの美空ひばりではなく、変幻自在に声質を操り、ジャズから民謡、ブルースからポップスまで歌うワールドワイドな歌手だった美空ひばりのことだと思います。
 さらに言えば、わたしは美空ひばりとともに、日本の歌手ではちあきなおみと浅川まき、島倉千代子あたりが、これからの島津亜矢が切り開くべき新しい日本の歌を牽引する先人ではないかと思います。彼女のカバーアルバム「SINGER」シリーズで、彼女たちの冒険の足跡をたどるような楽曲を収録してほしいと思います。

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