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2015.08.29 Sat 健一自然農園代表の伊川健一さんのお話を聞いて

 8月26日、みのお市民活動センターに行き、豊能障害者労働センターの主催による健一自然農園代表の伊川健一さんのお話を聞きました。
伊川さんは1981年奈良県大和郡山市で生まれ、15才で自然農法を軸に生きることを決意し、19才で健一自然農園を開きました。現在、奈良の大和高原で愉快な仲間と5ヘクタールの自然農園を営み、自然茶を全国に届けています。
農業から観光・教育・福祉・環境問題・ものづくりを織り込んでいくことで、永続的な未来をつくるべく生き生きと活動されています。

 伊川健一さんのお話を聞いてまず驚いたのが、1981年生まれの彼が15才の時、自然とひととのあり方を考え、自然農法による農業で生きることを決意したことです。時代は高度経済成長からバブル崩壊、その後の失われた20年の途上で就職氷河期といわれた頃でしたが、日本社会はまだかつての成長神話にとらわれていました。実はいまも過去の栄光と夢を追いかけているのかもしれませんが…。そんな時代に伊川青年は成長神話の呪縛からはなれ、自然農法による起業へと歩き始めました。高校生活の3年間を自然農法の学習にあてた後、19才にして就農し、健一農園を開園するという行動力は若さだけでは説明できないものだと思います。
 茶畑だった耕作放棄地を借りた時、放置されていたお茶の木は3メートルにもなり葉を茂らせ、落ち葉が土に還り、その土は驚く程にフカフカで生き生きしているのを目の当たりにします。最初の計画では無農薬野菜の栽培を考えていた彼は、自然の生命力を破壊しないで茶畑として再生させようと考えます。そこが彼のすばらしいところで、その「気づき」がなければきっと健一農園は今のすがたになっていなかったことでしょう。

 「できる限り草が生えるに任せて、茶を覆ってしまうようなら刈り取って、その場に敷いてゆきます。朝露のおりた茶畑に行くと、白くて薄い絹のようなものが茶を覆っています。これはクモの巣です。茶畑には無数のクモがいてせっせと獲物を捕まえています。茶の葉を食べる虫もいますが、大量に発生することはなく、自然にバランスをとっていきます。そのためには、多様な草や生き物の生き生きとした茶畑の状態を保つことが大切です。」

 先日、わたしも豊能障害者労働センターのスタッフも実行委員会にかかわり、アフガニスタンで医療と農業を中心に支援活動を続ける中村哲さんの講演会を開きましたが、伊川青年の茶畑再生は、中村哲医師が医療支援だけでなくいのちを救う水が必要だと井戸掘りと用水路の建設に乗り出し、農作地をよみがえらせたこととつながっています。世代も活動場所も目的もかけ離れているかに思える2人の活動はきびしい自然と折り合いをつけ、その土地の生活文化に学んだ理念や思想に裏付けられていて、言葉のひとつひとつに格別の説得力がありました。
 一切の農薬・肥料を用いず、自然に逆らわず寄り添うお茶作りは全国のたくさんのひとびとの圧倒的な賛同と応援にささえられて、現在の健一農園は東京ドーム2個分にも広がり、地域の障害者団体や高齢者のグループなどに管理を委託している他、お茶の栽培から収穫、製品工場などで多くの雇用を生み出しています。
 当日、豊能障害者労働センターで販売しているお茶を試飲させてもらいましたが、スーパーやコンビニで販売されているお茶とはまったくちがう味で、傷ついた心や緊張した体をゆっくりとほぐしてくれ、100年のいのちたちの歌が聴こえてくるようでした。
障害者が運営を担い、障害者を雇用するためだけに事業を進める豊能障害者労働センターは障害者団体の枠を超えた社会的事業所として数々の試みをしてきました。その試みは世界的に見てももっと評価されていいと思いますが、健一自然農園との共同プロジェクトは豊能障害者労働センターの独自事業と合わせて、成長神話の呪縛から解放されたGDPでは測れない豊かさをめざす「新しい自立経済」へのチャレンジとして、これからの豊能障害者労働センターの活動の方向性を示唆するものだとわたしは思います。

 伊川健一さんのお話を聞いていて、わたしは河瀬直美監督の映画「殯(もがり)の森」(2007年)を思い出しました。カンヌ映画祭新人監督賞にかがやいた河瀬直美監督の「萌の朱雀」(1997年)は、豊能障害者労働センターでも上映会を開きました。
 映画「殯(もがり)の森」は山間のグループホームを舞台に、33年前に亡くした妻を想う認知症の老人と、幼い子どもなくした介護福祉士の女性のふれあいを中心に人間の生と死を見つめる映画で、カンヌ国際映画祭の審査員特別大賞を受賞しました。奈良県出身の河瀬直美がふたたび故郷の奈良でつくったこの映画の中で、広大な茶畑でかくれんぼをするシーンがとても印象的だったことを思いだしたのでした。
 この2人に交流があるのかどうかはわからないのですが、河瀬直美もまた故郷奈良への深い思いから映像作家になったひとで、どこかでつながっているか、これからつながっていく予感がします。
 わたしが豊能障害者労働センターの在職時、「萌の朱雀」の上映会を開きましたが、その時、わたし自身をふくむ障害者の運動が都市型で、高度経済成長の中で取り残されてきたことへの異議申し立てが中心だったことを痛感しました。
 映画「萌の朱雀」が描く滅びゆく山村の現実を突き付けられた時、障害者の運動もまた都市集中型の政治経済システムから脱し、いままで埒外にされてきた農村や山村をふくむローカルなネツトワークによる自然との調和のとれた持続可能な政治経済システムの構築へと、新しい出発をしなければならないのではないかと思いました。
 今はまだその模索の途中ではありますが、豊能障害者労働センターが1997年の「萌の朱雀」上映会から18年の時を経て、くしくもその足掛かりを奈良のお茶農園との協働でつかもうとしていることに深い感慨を持つとともに、その活動の持続からきっと障害者問題から提起する新しい社会像が姿を見せてくれることを信じてやみません。

健一自然農園

豊能障害者労働センター・積木屋は健一農園のお茶を独自ブランドで販売しています。

映画「殯(もがり)の森」 


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