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2015.06.24 Wed 島津亜矢と美空ひばり NHK歌謡コンサート「柔」

 6月23日、「NHK歌謡コンサート」に島津亜矢が出演し、「柔」を歌いました。美空ひばりの命日のあたりで、この番組では毎年「美空ひばりを歌い継ぐ」という特集番組を放送します。
 島津亜矢は毎年この特集番組で「柔」を歌っていて、わたしの好みでいえば「函館山から」、「哀愁波止場」、「みだれ髪」などを歌ってくれたらと思うのですが、一方で島津亜矢がこの歌を歌える数少ない歌手のひとりであることを思えば、毎年出場を依頼してくれるこの番組の制作スタッフに感謝しなければいけないのかも知れません。

 今回あらためて島津亜矢が歌う「柔」を聴いて、よくも悪くもその後の美空ひばりの歌手人生を決めてしまったこの歌のオーラを感じました。ほんとうは美空ひばりの歌のジャンルは無限で、この天才歌手にかかれば演歌もまたワールドミュージックに、ポップスもまた演歌へと変身してしまうのでした。
 それはいま島津亜矢にこそ言えることで、彼女はまだその天賦の才能を存分に生かす歌に出会えていないところが、美空ひばりとの大きな違いなのでしょう。時代の違いはなんともいたしかたなく、歌を受け止める「大衆」はすでになく、「個衆」から「孤衆」へとどんどん細分化されるいまの時代には、彼女のようなスケールの大きな歌手はなかなか受け入れられないのかも知れません。その意味では、美空ひばりですら晩年、いまのバーチャル幻想の彼方で身を縮ませる心に歌を届けるのは至難の業であったと思います。
 そんな厳しい現実の中で、島津亜矢はほんとうによくやっていると思います。今回の歌唱も美空ひばりの歌をなぞるのではなく、1964年という時代、昨日よりも今日、今日よりも明日がよくなることをひとびとが信じて疑わなかったあの時代の「日本」を思いおこさせる丁寧で力強い歌になっていました。

 わたしは正直のところ、毎年この時期に各テレビ局が放送する「美空ひばり特集番組」に食傷気味で、このブログでも書いたことがありますが、もういい加減美空ひばりのくびきから解き放たれてもいいと思ってきました。さらに言えば、とくに演歌のジャンルの歌い手さんも作り手もプロデューサーも美空ひばりに依存することで「演歌」を延命させているように思えて、新しい冒険に身を投じる気概を感じられないと思ってきました。
 そうしている内に、たとえばEXILEのあつしの美空ひばりトリビュートがけっこういい感じで美空ひばりの本質にせまっていたりします。もっとも最近スピチュアル信仰で少しこわいうわさもあり、心配ですが…。
 実際、美空ひばりを演歌のジャンルのみで「歌い継ぐ」のは無理があり、美空ひばりの足跡が矮小化されていると感じるのは、わたしだけではないはずです。
 「悲しき口笛」、「東京キッド」から「哀愁波止場」、「柔」、「悲しい酒」、そして晩年の「みだれ髪」、「川の流れのように」まで、ジャズ、ブルース、歌謡曲、演歌あわせて1500曲をレコーディングしたといわれる彼女の足跡は、演歌のジャンルのみならずJポップとアイドルが席巻する今の音楽シーンにおいても輝きが増すばかりで、世界のポップス、ロックがいまだにビートルズのくびきから逃れられないように、わたしたち日本人は当分「美空ひばり」から逃れられないのかも知れません。
 前日にTBSで放送された美空ひばり特集を観ましたが、いろいろなひとが異口同音に証言するのは、この天才歌手が戦後の焼け跡から高度経済成長の頂点まで戦後民主主義とともに伴走したということです。
 彼女が早くからひとつのジャンルに収まっていれば、彼女自身にふりかかったさまざまな悲しみもなかったかも知れないと思うほど、戦後すぐの野外コンサートで何万人の観客の前で歌った少女時代から最後の東京ドームのコンサートまで、あまりにも無数のひとびとと人生を共にし、悲しみを分け合い、ささやかな幸せを願いながら、ひとびとが必要とする歌を歌いつづけてきたために、自分の小さな幸せまでも貪られてしまったのでしょう。
 よく、人生の経験が芸を育て、歌手なら深みのある歌をうたえるようになるといわれますが、美空ひばりを思う時、わたしは反対に彼女の歌が無数の悲しみを呼び寄せ、同時代のさまざまな不幸をひきつけ、彼女の心も肉体も食いつぶしてしまったのではないかと思うのです。1980年代の松田聖子から始まり、現在のAKBまで、いろいろなアイドルが出現しましたが、ほんとうのアイドルは自分のいのちまでも削りながら時代の暗闇にうごめく民衆の声なき声におしつぶされてしまう美空ひばりそのひと以外に、戦後70年に存在しなかったといえるでしょう。
 彼女の歌には戦後の焼け跡の煙とほこりとがれきが最後までありました。あの独特の声と枯れているようでねばっこい節回しは、長い間演歌と思われてきましたが、世界のさまざまな大地と瓦礫と荒野で生まれたばかりの希望の歌とつながっていたとわたしは思います。
 そして、美空ひばりを歌い継ぐとは実は彼女の生きた時代の記憶をよみがえらせ、その大地と瓦礫と荒野を引きつぎながら、美空ひばりが力尽きた場所から新しい出発をすることなのだと思います。そして、それにもっとも近い場所まで美空ひばりを追いかけ、たどりついた新しい荒野の前に立っている数少ない歌手のひとりが島津亜矢であることを、わたしは確信します。
 もっと歌を! と風が吹き、もっと愛を! と荒野がさわぐ時、島津亜矢のこれからの10年を美空ひばりが照らしているように思います。
 今回の番組はいつにもまして出演した歌手のさまざまな想いが歌に表れていて、また美空ひばりの歌の旅路をたどろうと一生懸命な様子がうかがわれ、とてもいい番組だったと思います。
 個人的には、およそちがった出自のように思える八代亜紀が声の出にくさをカバーしながら五木ひろしと歌った「愛燦々」が、コラボとしては音域がちがいすぎて歌いにくそうだったにもかかわらずよかったと思いました。
 また、天童よしみが「ある女の詩」、キム・ヨンジャが「真っ赤な太陽」を熱唱した他、五木ひろしの「川の流れのように」が秀逸でした。この人の場合、ほんとうに美空ひばりを愛し、尊敬し、彼の歌手人生の水先案内人としていることが伝わる熱唱でした。

 今週の土曜日に神戸のライブに行きますので、またライブの模様を報告しますので、しばらく島津亜矢週間になりそうです。

島津亜矢「柔」

美空ひばり「柔」

美空ひばり「人生一路」
前にも書きましたが、わたしは美空ひばりにもっとも近いエンターテイナーは忌野清志郎だと思います。忌野清志郎は歌のうまさはずば抜けていて、しかもそのうえに派手なパフォーマンスによる大衆的でキッシュでサービス精神にあふれたステージは、まさしく美空ひばりと同じだと思います。
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