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2015.01.31 Sat 島津亜矢・新歌舞伎座公演2

 1月26日の新歌舞伎座公演の続きを書く前に、あの日の島津亜矢は体調が良くなくて病院で点滴を受け、楽屋入りしたのが開演40分前だったそうです。ごく近いファンの方々はその事情を知っておられたようで、果たして声が出てくれるか、なんとか乗り切ってほしいと祈るようにごらんになっていたそうです。
 
こんばんは。昨日は、大阪新歌舞伎座さんで、コンサートでした!お足元の悪い中、たくさんのお客様ありがとうございました。昨日は、ファンの皆様にはご心配もおかけしまして、本当にごめんなさい。
私がなかなか楽屋入りしなかったので、きっと皆さんにご心配おかけしてしまったのですねー。体調が悪くて、病院で点滴を受けておりました。楽屋入りしたのが、なんと開演40分前、なかなかスムーズに動く事が出来ず不安な思いでしたが、皆様の温かい応援に支えていただいて、乗り切ることができました。本当にありがとうございました。
(2015.01.27 島津亜矢公式ブログより抜粋)
 
 全国各地の舞台に立ち、自分を待つたくさんの人々の前で歌い続けることに人生をささげた島津亜矢ですから、今までも何度もこんな経験をしてきたことでしょうが、この日も命を削るような苦しさをかくして、光の当たる舞台へと出てきてくれたのですね。そんなこともつゆ知らず、舞台の上手から下手まで一生懸命元気にふるまう島津亜矢の熱演に感動していた私ですが、後から知って今でも目に焼き付いている彼女の立ち振る舞いがいとおしくて涙が出てきます。
 いつも以上に高音部が強く残響もややきつめの華やかなPA(音響)は、素人の推測ですが彼女の体調を配慮した音響だったのかも知れません。それらすべてをのみこんでいつも以上のパフォーマンスを届けてくれた彼女に驚嘆しながらも、くれぐれも体を大切にしてほしいと思います。

 2部ではまず関島秀樹をゲストに迎えた「帰らんちゃよか」が心に残りました。この歌も「感謝状」も「かあちゃん」もそれぞれのエピソードが数多くあると思いますが、この歌についてはやはりバッテン荒川との縁につきると思います。
 関島秀樹の「生きたらよか」からバッテン荒川の「帰らんちゃよか」が生まれ、その歌を聴いた島津亜矢が「ぜひ歌わせてほしい」とバッテン荒川にお願いしたというエピソードが披露されました。この歌についても以前に何度も書いてきましたが、今回関島秀樹の伴奏でこの歌を生で聴くと、あいも変わらずで申し訳ないのですが、寺山修司が残した「人生を語るには方言しかない」という名言を思い出します。この歌はとりあえずは「演歌」の体裁を保っていますが、島津亜矢の歌そのものはその枠をはるかに越えたものであることは多くの方々が指摘されていて、やはりこの歌をつくった関島秀樹の伴奏で歌うとフークソングの形態に変わり、それもアメリカのフォークソングがカントリーソング(民謡)をルーツにしていることを思えば、この歌はもっとも初期のフォークソングらしい「地方」の復権をその背景に持っているのではないかと思います。
 たしかにすでにこの歌で語られる故郷の父親はすでに去り、「望郷」をテーマにした歌がつくられにくい時代へと加速度を増す中で、この歌の「故郷」はつい先日島津亜矢が木8で歌った井沢八郎の「ああ上野駅」で歌われる集団就職のように忘れ去られる運命にあるのかも知れません。
 しかしながら、政治がとってつけたようにまたぞろ「地方再生」を声高に掲げる一方で、いま大ブームとなっているトマ・ピケティの「21世紀の資本」や水野和夫の「資本主義の終焉と歴史の危機」などがベストセラーになるほど、「成長なくして富の再分配はない」とするのか、「成長しない経済での富の分配」を求めるのか、大きな分かれ道にわたしたちは立っています。かつてチャップリンが「人生には三つのものがあればいい。希望と勇気と少しのお金。」と言ったように、わたしは高度経済成長に翻弄された人生を振り返り、「成長のない経済」は全体としては少ない富しか生まないものの、決して貧しい暮らしではないかもしれないと思うのです。
 横道にそれたみたいですが、これからのわたしたちの未来を思う時、「帰らんちゃよか」はいったんは単なる懐メロになってしまうかも知れないですが、いつかは「方言」が日本の社会の在り方を変えることを伝えるスタンダードな名曲として歌いつづけられるのではないかと思うのです。
寺山修司が言った名言の後を受けて、「政治も経済もまた、方言でしか語れない時代」がやってきたのかも知れません。

 そして、新曲「独楽」をはじめてライブで聴きました。この歌については、2月3日の火曜日に放送されるNHK総合「歌謡コンサート」で歌うことになっていますので、その時のこともふくめて書こうと思っています。
 ただ、ヒットチャートでの好調な出足はファンの方々の熱烈な応援のたまもので、実際のところ日本の音楽シーンから見てヒットしてくれるかどうかはわたしにはわかりません。
 かつてロックシンガー・近田春夫が「音楽産業は消滅する。いろいろな商品のオマケになったり、ドラマや映画に花を添えるようなもので、音楽そのものが商品にならない時代がやってくる」と大胆な発言をしましたが、たしかにいまの流行歌はいつもなにか添え物でしかない歌ばかりが実態のない電脳空間を空虚に流れている感があります。
 もちろん、時々歌は思わぬ形でヒットすることがしばしばありますから、聴く者に勇気と自信を与え、背中を押してくれる応援歌「独楽」が多くの方々の心に届くことを切に願ってはいますが、それよりもなによりも、30周年という大切な年に立ち会えなかった星野哲郎へのオマージュをこめ、静かな決意をあらたにする島津亜矢に拍手を送りたいと思います。
 ヒット曲というものが何をさすのか虚しい時代だからこそ、島津亜矢とそのチームが30年という節目に世に出した歌は、「目先のことにちょろちょろせず」、星野哲郎が島津亜矢に託した意志を継ぐことを自らにもわたしたちにも、そして星野哲郎にも宣言した名曲だと思います。「損か得かで動いてなるか 情けと絆で動きたい」(独楽)と歌う島津亜矢には、「どんな時代も肩寄せあって 俺とお前はぶれずにいきる」(温故知新)と島津亜矢に歌わせた星野哲郎のたましいが乗り移っている気迫を感じます。
 「瞼の母」については何度も書いていますので、以前の記事を紹介するにとどめますが、今回たまたまテレビ放送で、わたしがけっして嫌いではない歌手がこの歌を歌っていたのですが、言い悪いではなくその歌手もふくめて他の歌手のほぼ全員がこの歌を「語る」歌ととらえているのに対して、島津亜矢ただひとりこの歌の中に入り、この歌を「生きる」歌としていることをあらためて感じました。
 そしてまた、彼女の進化を物語るように「こんなやくざに、だれがしたんでい」の歌詞が胸に突き刺さり、またまた涙を流してしまい、隣の席の女性に笑われてしまいました。

 2月3日、NHK総合午後8時の「歌謡コンサート」は4人の歌手だけで構成されていて、島津亜矢は「I WILL ALWAYS LOVE YOU」、「愛染かつらをもう一度」と新曲「独楽」を歌います。これを読んでくださったみなさんの中で、島津亜矢をご存じでない方には、ぜひともご覧いただければと思います。

島津亜矢「帰らんちゃよか」(伴奏:関島秀樹)

ばってん荒川/島津亜矢「帰らんちゃよか」

過去の記事島津亜矢「帰らんちゃよか」10月7日歌謡コンサート・2014.10.09 Thu

過去の記事島津亜矢「帰らんちゃよか」・2013.09.16 Mon

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