ホーム > 2014年03月

2014.03.29 Sat あらためて、能勢町の新学校建設について

 朝晩は冷え込みますが、能勢の里にもようやく春が来ました。少し前はまだ歌の練習中だった鶯も本格出番となり、わたしの目覚まし時計は鶯の歌になりました。
 また、昨年にわたしの家の玄関に巣作りをしたツバメが早くもやってきて、玄関ポーチにはつばめのふんが落ちています。昨年の春、突然やってきたつばめ夫婦が巣作りをはじめたものの工事が進まず、途中であきらめかけたようでしたがなんとか完成し、数羽の子どもを生みました。親つばめが何度もえさをくわえては巣に戻り、一生懸命に子育てをする姿を間近に見て、とても感心しました。
 今年はすでに巣があるのでつばめも楽なのかなと思うのですが、昨年と同じ親つばめなのか、それとも巣立っていった子つばめなのか、それとも群れとしての記憶をたどりまったく別のつばめが借家にするのか、調べてみるとどの場合もあるようでよくわからないらしく、ほんとうに生きものたちの摂理の不思議さを感じます。ただ、なんとなく一家族単位で考えてしまう人間と違い、もしかするとグループ単位の家族観がつばめにかぎらずいろいろな生き物にあるような気がします。そういえば昨年、なかなか巣立たない子つばめを、親とはちがう数羽のつばめたちが応援にやってきたことを思いだします。

 さて、こんなにすばらしい里山の地なのに、豊かな里山に抱かれて育った若い人たちも都会に出て行き、高齢化と人口減少に悩まされる町の一つです。古くから能勢で暮らしてこられたひとたちの貴重な生活文化や知恵が生かされ、それを引き継ごうとする若いひとたちが夢を持って暮らしていけるような町になっていけたらいいと思います。
 そして、町内外を問わず、年代を越えて能勢町の未来を共有する、そんな新しい里山の町になることを切実に願っています。
 しかしながら、能勢町の行政が描く未来は、新参者のわたしよりもずっと前からそう願ってきた能勢町民の想いとはかけ離れた、とても暗い設計図のように思います。もちろん、わたしは行政の仕組みもわからないですし、町づくりについて専門的な知識にもとづいたプランを考えたりもできません。高齢化と人口減少が進む中で一生懸命働いておられる能勢町行政のひとたちや、それを支えているひとたちの想いがどんなものなのか、そしていま能勢町がすすめている町づくりがどんなプロセスでできてきたのか、たかだか3年前にこの魅力的な町に夢を持ってやってきたわたしにわかるはずもないのでしょう。
 そのひとたちの日々の努力に敬意を表しながらも、そして能勢町行政がいま突き進んでいる道をもう引き返せないのだとしても、この町の古い生活文化や歴史をよく知らない一町民の素朴な疑問と素朴な願いを書いてみようと思うのです。

 以前にも書きました能勢町の学校の統廃合・新学校建設はもうどうにも止まらず、学校建設は少し遅れているようですが、早くも対象の子どもたちの制服づくりが進められています。
 「新しい学校がすぐそばにできる」と、わたしの住む地域のお母さんたちはとても喜んでいるようで、制服づくりはいやがおうにもその高揚した気持ちを掻き立てるようです。
 一方、うんと遠くなる地域のお母さんたちは、学校が遠くなることへの不満があるものの、いままで学校が近くにあっても長い道のりを歩いて通ってきたことから解放され、「安全なスクールバスに乗れる」という安心感と期待もあると聞きます。
 新学校建設に突き進む能勢町行政もそれを行政にせまる能勢町会議員たちも、そのほんとうの真意ははかれないものの、「豊かに自然に恵まれ、子どもたちが生き生きと学習できる」とか、「日本一の教育環境をつくる」とか、子どもたちやその親たちに明るい夢をばらまいています。
 わたしは以前にも書きましたが、42億円ものお金をつぎ込み、しかもそのうちの30億円を能勢町が負担してまで新学校を建設し、能勢町のそれぞれの地域の生活や文化、風土に育てられ、また育ててきた能勢町民の大切な財産でもあり、また災害時の避難所として活用すべき現在の学校をすべて廃校にしてしまう愚かな行為を進める能勢町行政にも、それを行政に強制する多数派の議員たちにもあきれ返るばかりです。
 しかも、多数派の議員さんたちは昔から能勢町に住み、能勢町をもっとも愛している方々のはずなのに、自分たちが培ってきた能勢町の歴史を自ら捨ててしまうことを父や母、祖父や祖母、先祖代々がどう思うことでしょう。
 また、現町長は新学校建設をやめるとは言わないものの、現在の学校をすべて廃校にするのを見直すことを公約にされ、わたしをはじめ多くの町民がそれを信じて投票したにも関わらず、あっさりと前町長時代の計画通りとし、さらには小中一貫校にかぎりなく近い新学校の建設へと舵を切ってしまったことに、とても失望しています。
 一方で、現在の学校の耐震化をすすめることはむだ遣いになり、さらには新学校の建設を妨げるという多数派の議員たちの愚かな決議で、現在の学校のうち3つ学校の体育館以外の耐震工事は不可能になってしまいました。文部科学省の「一日も早い耐震化工事」の最終通達に能勢町は反し、他の市町村が積極的な耐震化工事を実施する現状に逆行した結果となっています。
 全国の市町村の中には体育館だけでなく、一部の校舎もふくめて耐震化することが進められています。阪神淡路大震災でも東日本大震災でも、障害者をはじめ災害時要援護者の中には避難したものの体育館で過ごすことができずに、危険な家に帰ったり車の中で過ごしたりするしかないひとたちも数多くいて、一部の校舎でも過ごせるような配慮をするべきという市民の声が多数あがっているからです。また、調理室などを耐震化することで避難所での食糧供給がスムーズになるばかりでなく、避難者自身による調理も可能になります。
 学校は歴史があればあるほど、地域のコミュニティの拠点であり、緊急時には被災住民のよりどころになるところです。だからこそ国も開校時の子どもたちの安全だけでなく、緊急時の避難所の機能も考えて耐震化を市町村にすすめてきたのだと思うのです。
 能勢町の現在の学校の耐震化には50億円かかり、新学校の建設費は42億円と少ないと言われましたが、50億円のうち国からの補助がかなりあり、新学校の建設よりも能勢町の負担はすくないのではないかと思います。
さらに、ブログ「能勢町 学校統廃合を考える」によると、文部科学省の官僚は新学校の建設にかかわらず、現在の学校の耐震化をすすめないことはゆるされないと明言したそうです。
 こんなことを考え合わせると、能勢町はわざわざ破産への道を自ら進んでいるようにさえ思います。人口が減るからといってすべての学校を廃校にして新学校の建設に多額のお金をつぎこみ、人口減少を食い止める施策として観光資源の活用や若者の農業支援といいながら、もっとも観光に適した土地を学校という閉鎖型の建物に使い、外からの観光客を素通りさせてしまう…。なんとおろかな選択でしょう。
 そんなお金の使い方をするより、保育所や幼稚園を増やし、若い人が子育てしやすい環境づくりをし、能勢町の若者の流出を防ぎながら町外の若者の流入をうながすように、町内での雇用の場をつくりだすことを、町行政も町議会も町民も、みんなで助け合ってできないものなのでしょうか。

web拍手 by FC2
関連記事