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2013.05.28 Tue 「夜を急ぐ人」とちあきなおみと島津亜矢

 昨年の美輪明宏のステージが最近の紅白へのアイロニーをこめた警鐘であるなら、そのラジカルなメッセージは時代をさかのぼり、高度経済成長の真っただ中の1977年の紅白においてちあきなおみによって予言されていました。その時、全国のお茶の間のテレビから、あの「夜を急ぐ人」の強烈なパフォーマンスがあふれ出したのでした。
 その頃をふりかえると、わたしはまだ会社勤めをしていて、障害者の友人とも出会っていませんでした。日本の音楽にもそんなになじみがなく、三上寛と小室等、小椋佳、中島みゆきなどのフォークやニューミュージックのひとたちのレコードを買う程度で、もっぱら大御所になってしまったボブ・ディランやビートルズと、ビートルズ解散後のメンバーのソロアルバムや新バンドのアルバムを聴いていた頃でした。
 それでも多くの人々がそうであるように、その年も年末恒例の紅白歌合戦を見るともなく見ていたのですが、ちあきなおみが「夜を急ぐ人」を歌い始めると、このひとはどうなってしまったのかと、おどろきと緊張感でテレビにくぎづけになってしまいました。
 おそらく会場にいたお客さんも放送を観ていた人も、同じだったのではないでしょうか。
 テレビでこんなことができるの? 紅白でこんな歌をこんな風に歌えるの? 
 紅白のそれまでの歴史の上でも大事件だったといえる歌が終わった後、会場もテレビを見ているわたしたちも凍りついたようにかたまってしまいました。わたしは記憶していませんが、白組の司会をしていた山川静夫アナウンサーが「気持ち悪い歌ですね」と言ったそうです。
 この「夜を急ぐ人」はその年の9月に発表された新曲で、それまでにこの歌のステージングをNHKの紅白担当者も知っていたはずですし、またリハーサルもやっているはずですが、ちあきなおみの本番のパフォーマンスも聴衆のリアクションも関係者の予想をはるかに越えたものだったのではないかと思います。
 わたしはこんなすごい歌を歌ってしまったら、ちあきなおみはこれで終わってしまうかもしれないなと思ったものでしたが、前回のブログを書くために調べてみたら、この時期のちあきなおみはまさしくテレビやレコードなどから距離を置き、「歌の巡礼」に旅立とうとしていたのですね。
 その巡礼の旅はちあきなおみ自身の旅でもありましたが、実は歌謡界が古いものと新しいものが錯綜し、その行き先が見えなくて右往左往していた時代で、大衆音楽自身の長い巡礼の旅の始まりでもあったように思います。
 その中で、ちあきなおみはほんとうに苦闘していたのでしょう。デビューの頃の「魅惑のセクシーボイン」という女性差別にもつながる失礼なキャッチフレーズがいやで、自分の歌をきちんと評価してほしいと願う彼女は、その才能ととともにとても努力家だったと思います。そして「ポップス歌謡」とよばれるところで一定の評価を得たものの、演歌を歌うことになった彼女は、どこかしっくりいかないものを持っていたそうです。しかしながら船村徹によって救われ、ちあきなおみでしか歌えない演歌を作り上げました。船村徹はちあきなおみを評して「音符の裏を読んで歌う歌手」と言ったというエピソードが残されています。
 それでも彼女はやはり、既成の歌謡界に疑問をもっていたのでしょう。その後すぐにフォークやニューミュージックの作り手に楽曲を依頼したり、ファド、ジャズ、シャンソンなど、彼女にとって「ほんとうに歌いたい歌」を訪ねる巡礼の旅を始めるのでした。
 ですから1977年の紅白でのステージは彼女にとってはパフォーマンスでもなんでもなく、「いま最も歌いたい歌」を歌っただけのことだったのでしょう。
ちあきなおみについては浅川マキの「朝日楼」や北島三郎の「なみだ船」、「船頭小唄」など、島津亜矢との関連もふくめてまた書きたいと思います。
 それよりなにより、わたしは戦後の女性歌手でまず挙げられる美空ひばりとちあきなおみ、このふたりの決して順風満帆とは言えなかった歌の道を引き継げる歌手は島津亜矢しかないと思っています。
 それはとても大きな栄光への道でもありますが、同時に先人が苦闘し切り開き、道半ばで旅を終えなければならなかった巡礼の旅を、ふたりの暗闇と歌への思いもいっしょに背負いながら道なき道を一歩ずつ進まなければならない、悲惨の道でもあります。
 その覚悟を島津亜矢が持ち続けている以上、ファンであるわたしも彼女の巡礼の旅を追いかける覚悟を持ちたいと思っています。
 幸運にも、島津亜矢はいま40代はじめ、ちあきなおみが歌うことをやめてしまった後にあったかもしれない時間をもっています。そして、52才でこの世を去った美空ひばりの最後の10年とともに今を歩いています。
 さらにその後の50代から60代の島津亜矢がどんな歌を歌っているのか、また来るべき時代が島津亜矢にどんな歌を要求しているのか、想像するだけで身震いがする思いです。

ちあきなおみ「夜へ急ぐ人」
1977年の紅白歌合戦の映像です。

島津亜矢の新曲「縁」(テイチクレコード)
島津亜矢の新曲です。わたしが好きな「恋日和」などの系統の演歌だと思うのですが、島津亜矢の人間性にぴったりで、繊細で健気な女ごころを歌っています。
島津亜矢「魂(いのち)」
このブログで紹介させてもらい、とてもお世話になっているLAXMANさんの作品です。
島津亜矢の映像をみていてみつかったのですが、星野哲郎の心情がぎゅっとつまった歌を、若い島津亜矢が歌い切った隠れた名曲と思い、紹介させていただきました。


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